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VSチート  作者: 柊柳
9/10

可能性の未来

視点:リンドウ・アレイスター


「……遅い」


 もう、一時間は軽く超えようとしているだろうか。

 思いのほか、ハルト坊は魔法試験を苦戦しているらしい。既に俺の倍ほどは時間がかかっている。


「そんなに難しい試験だったか?」


 試験を受けた内容を思い返して見るが、あのハルト坊が苦戦するような試験はなかったはず。

 筆記試験やら学力試験ならば、時間がかかってしまうのは致し方がない事であるが、今回の魔法試験にそんな座学的試験はなかった。

 むしろ、簡単すぎじゃなかろうかと思うほどの、試験の易しさに驚いたぐらいだからだ。


「実践試験だって、簡単な火の玉を避ける試験だったしな」


 最初の試験はただ寝るだけだった。ココア試験管殿の話しでは、俺の可能性の未来を見て、魔法の適性があるかないかを判断すると言っていた。

 はっきり言って、最初の試験の良し悪しは全くの未知数。予測不可能な試験と言ってもいい。

 むしろ、二つ目の実践試験が合否を左右すると俺は思う。


「しかし……。それを考えても」


 いくらなんでも遅すぎる。たかが、火の玉を受けて反撃するだけの試験に、これだけの時間がかかると言うのだろうか。

 そんな事を考えていると、どこからか人声が聞こえてくる。


「なぁ、聞いたか? あの、マルス様が闘うらしいぜ」


「うそ。あの【重心】のマルス・ボルヒャルトがかよ」


「何でも、相手はまだ7歳のガキらしいぜ」


「おいおい、何の冗談だよ。そのガキ、間違いなく死ぬぜ」


 7歳のガキ?

 思い浮かぶ人物など一人しかない。まさか、アイツは……。

 俺はいてもたってもいられず、楽しげに話している少年少女へと歩み寄り、さっきの詳細を聞くことにした。




視点:エアハルト・ブリューゲル


「あなたと、闘えと?」


 確認の意味で問いかけると、乱入してきた魔法使いのマルス様は「そうだよ」と頷いた。


「そんな無茶です。いくらなんでも、そんな試験は認められません」


 ボクが「分かりました」と承諾するよりも前に、ココア先生が反対の声を上げた。

 イフリート様も同意見らしく『話にもならない』と一蹴していた。


「マルス、その提案は私も承諾しかねます。一体なにを考えているんですか?」


 あろう事か、セシリア・ボルヒャルト様にまで反対されているし。


「え? ダメかな。あの兄さんの息子だぜ。きっと、面白いモノを見せてくれると思うんだけどな」


「面白いって……。マルス、これは遊びじゃないんですよ。あなただってもう大人なんだから――」


「分かってるって母さん。俺だって、酔狂でこんな話をしている訳じゃない」


「だった何を企んでいるんです」


「企むって人聞きの悪い。俺は兄さんの忘れ形見に選択肢を与えたいだけさ」


「それって」


 セシリア様が何かを言わんとする前に、マルス様の視線はボクに移る。


「どうだ? 仮に、俺に勝ったら騎士学校の件も考え直せ、と直談判してやってもいいぞ」


 騎士学校!?

 何気なく言われたお言葉は、ボクにとって希望の言葉にしか聞こえなかった。

 相手が何を企み、そんな甘言を放ったかなんて正直どうでも良い。


「……今のお言葉、本当でしょうね?」


「あぁ、約束しよう。俺に勝てば魔法試験合格に付け加え、騎士学校の試験の見直しを進言してやってもいい。中々、うまい話しだろ?」


「負けたら?」


「たはは。ガキのくせに、中々食いついてくんねえな。負けたらそれまでさ。魔法試験は不合格、騎士学校の件もなし。それだけだ」


「実践試験とやらの詳細なルールは?」


「それは、承諾と受け取っていいんだな?」


 頷き、肯定の意を見せる。


「結構。なに、ルールは至って簡単。時間は5分。俺を倒すか、5分過ぎても立っていればキミの勝ち。5分以内に意識を失えばキミの負けだ」


「戦闘手段は?」


「もちろん、好きにしてくれ。こっちは魔法を使わせてもらうんだ。どんな手段を行使しても結構だ」


 戦闘方法は自由。制限時間ありで、勝利条件が生存およびこの人を倒す、か。

 聞くだけでは、確かにおいしい話しである。考える暇もなく、相手の考えが変わらない内に返事を返すべきだ。

 それに……。多少の危険が伴った所で、勝利条件を満たせば、一度閉ざされた夢に届くかもしれないと言われて、退くのは男じゃないよな。

 脳内会議が終わる。総員一致で、この話しを受ける、と決意してくれた。


「……分かりました。この試験、是非とも受けさせてください」


「キミならそう言ってくれると思ったよ」


「ただ、ボクも今日、戦闘するなんて思いませんでしたから、棍棒の一つでもお借りできませんか?」


 ボクの申し出にマルス様は目を丸くさせる。


「棍棒? 武器の提供は別にかまわないけど、普通は剣とか槍って言わないか?」


「剣があるなら、そっちが良いですが……。魔法学園にそんな物なんてあるんですか?」


「バカにするなよ。今の魔法使いは後衛専門職じゃ生きていけないからな。近距離戦を学ばせる為に、そう言った武器は大量に所持している」。


 魔法使いと言えば、杖を片手に長ったらしい呪文を口にして、魔法を行使するイメージしかなかったんだけど、どうやらボクの魔法使い像とは少々違うらしい。


「分かりました。なら、剣に変更させてください」


「剣でいいんだな?」


「はい」


 頷き、肯定の意を見せると、マルス様は指を鳴らす。

 それは魔法を行う合図だったらしく、マルス様の指パッチンでボクの目の前に数多の剣と言う剣が出現した。


「好きなのを使っていいよ」


 こう言う魔法もあるんだな、と半ば感心している最中に言われ、慌てて剣の選別に入る。

 見る限り、どれも訓練用で使用される物だった。ちゃんと刃引きされている事を確認し、どの部類の剣を選ぶか迷いに迷って――とある剣を掴む。


「……こいつは」


 一言で言えば、不思議な形状の剣であった。他の剣と違い、刀身がえらく細長い。強度的にえらく心細い気がするにも関わらず、この剣は刀身が僅かながら反って作られている。


「お目が高いな。そいつは騎士団長様のご先祖が使用していたと言われている――」


 隣でマルス様が説明してくれているが、ボクの気はさっきからこの剣に惹かれていた。理由は分からないけど、僅かながら懐かしさを感じた気がする。

 柄を握り、鞘から抜こうとするのだが。


「……あれ? 抜けない」


 剣を抜くことが出来なかった。欠陥品か、それとも手入れを怠ってしまった為に、刀身が錆びたのか、と考えている最中――ふと、閃く。


「あぁ、それはな。まず、ツバと呼ばれる場所を親指で――」



 ――ジャキン。



 マルス様の短い悲鳴が上がる。それもそのはず、マルス様の目の前を剣先がはしったからだ。


「……あ、抜けた」


「ぬ、抜けたじゃないよ、キミ。もう少しで、俺の顔が真っ二つに斬れる所だったよ」


「斬れるって、この剣もちゃんと刃引きされているじゃないですか」


「そうなんだけど、その剣を目の前で抜刀されたら、誰でもそう思うんだよ。それは、そう言う武器なんだから」


 いまいち要領の得ない文句に首を傾げる事しか出来なかった。

 ボクの態度でこっちの気持ちを察してくれたのか、マルス様はさらに説明してくれる。


「それは、騎士団長様のご先祖が使用していたと言われている伝説の剣、カタナと呼ばれる剣らしいよ」


「カタナ? 他の剣と違って随分と強度が心持たないみたいですが、大丈夫なんですか?」


「そんな事を言われても知らないよ、俺には。ただ、その武器は叩き斬るように作られた剣と違って、切裂く用途で生まれた剣らしいよ」


「切裂く用途で作られた剣、か」


 ……うん、決めた。

 抜身のカタナを鞘に戻し「これにします」とマルス様に告げる。


「良いのか? カタナと呼ばれる剣は、他の剣と少々扱い方が違うと聞くが……」


「はい、これが良いです」


 使い慣れていない武器を選んだ事に少々心配してくれているらしい。

 それもそうかな。大事な試験にも関わらず、使い慣れていない武器を使って試験を望む奴などいる筈もない。

 けど、何でかな。こいつを見てから、ボクはこれ以外の剣を持つ気が一切なくなってしまったんだよね。

 それに、ボクはこのカタナって呼ばれている剣を知っている気がしてならない。……伝説の武器と呼ばれているから、どっかで聞いた事があるだけかもしれないけどね。

 ボクはカタナを右越しにこさえる様に紐で結び、動きを確認する。少々、鞘に振り回される感が強いけど、少しすれば慣れるかな。


「どうやら、準備は出来たようだね」


「はい。お待たせしました……。ボクはいつでも良いです」


 思考を戦闘用に切り替え、いつでも動ける様に右足を前に出して、膝を軽く曲げる。姿勢を若干落とす事で、攻撃あるいは回避をしやすくする動作をすると、マルス様は両手を突出し「まぁまぁ」と逸るボクに制止を掛けたのだった。


「焦るな少年。……って、言われても無理か。舞台つくりは入念にやらないとね」


 指を鳴らす。

 今度は、マルス様の服装が一瞬にして変化する。

 真紅のローブが消え、騎士が付けるようなナイトプレートとガントレット、レックアーマーが出現し、マルス様の体に着装されていく。

 最後に二本の木の杖が、ロングソードに変化したのだった。


「ちょ、マルス。その姿は……」


『アイツ、魔装化したぞ』


 セシリア様とイフリート様の焦る声が耳に届く。

 もしかして、ただ服装が変化した今の行いって、余りよろしくない行動なのかな。

 なんか「魔装化」なんて、あまり聞きたくない単語まで聞こえたし。


「ボルヒャルト先生、何を考えているんですか。入学すらしていない子に魔装化するなんて」


 案の定、目の前の光景に意を唱えたのはココア先生だった。

 詰め寄るココア先生に対し、マルス様は「たはは」と苦笑をして「まぁまぁ」とはにかむだけ。


「分かっているのですか。魔装化は、魔法使いの戦闘モードなんですよ。ただでさえ、実力差がある勝負なのに、あなたが大人げなく本気なんか出したら、いくらなんでも不公平でしょ」


「たはは、大丈夫大丈夫。だろ? エアハルト・ブリューゲル」


 声を掛けられたボクは咄嗟に後方に跳び、カタナの柄に手を添えた。

 何気なく声を掛けられただけなのに全身に寒気が襲ってきた。直感が本能が、その場にいたらマズイと訴えてきたあの感覚は一体……。


「くふふ、どうしたんだい? そんな怖い顔をして」


 微笑む姿は未だに代わらないと言うのに、さっきから悪寒が止まらない。

 一睨みされただけで悪寒と同時に自分が殺されるイメージをされるこれは、殺気か!?

 この男、試験だと言っておきながらボクを殺す気で戦うつもりだ。


「どうしたんだい、今頃になって緊張したのかい? 来ないなら、俺から行くぞ」


 破顔一色が崩れる。

 それが合図と言わんばかりに、マルス様は両手を広げて体勢を低く構える。


「っ!?」


 次の瞬間、マルス様の姿がボクの俄然に出現する。

 瞬間移動!?

 距離を詰められ、虚を突かれたボクは体を動かす事が出来なかった。

 カタナが届く間合いにいながら、目の前に現れたマルス様の迫力に呑まれて硬直したのだ。

 そんなボクを見下ろしながら、両手のロングソードを振り下ろすマルス様。

 ……だめだ、圧倒的なほど実力が違いすぎる。




 視点:ココア・ヴァリアブル


 ボルヒャルト先生のロングソードが無情にも振り下ろされる。その攻撃を、エアハルト君はただじっと見守る事しか出来なかった。

 それも当然の事。七歳のエアハルト君の相手は百戦錬磨の魔法剣士だ。

 お兄さんのデュラン様には勝った試しがないと本人では言っているけど、それを差し置いてもボルヒャルト戦線の実力は魔法学園の中でも群を抜いている。

 そんな二人が闘えばバカの人でも分かるだろう。十人中十人が同じ言葉を言うはず。そんな子供が勝てる訳がないと。

 それなのに、ボルヒャルト先生は力を抜くどころか、始めから【音速跳び】なんて高位魔法を行使して、エアハルト君に容赦なく襲い掛かったのだった。

 振り下ろされた斬撃は当然の如く避ける事が出来ず、エアハルト君は無情にも部屋の壁まで吹き飛ばされる事になる。


「……あり?」


 そんなエアハルト君を見て、ボルヒャルト先生が素っ頓狂な声を上げる。

 まるで予想外だ、と言わんばかりに信じられない、と言いたげに壁に叩きつけられたエアハルト君と、自分の剣を交互に見ていた。

「そこまでです! 勝負はつきましたボルヒャルト先生」

 当然の如く私はこの決まりきった戦いを止めに入りました。

 今の一撃を受けて立ち上がる事など出来ません。立ち上がれたとしても、素人の子供に玄人の魔法使いに対抗する手段などありません。


「え? ヴァリアブル先生。それはいくらなんでも判断が早すぎるんじゃないの?」


「早すぎるものですか。あれを見てもあなたは早すぎるとお思いですか!?」


「けど、彼は立ち上がったぞ」


「え?」


 ボルヒャルト先生が指さす方を見て、私は驚きました。

 受け身すら取れなかった体勢で壁に突き飛ばされたのにも関わらず、エアハルト君は激痛が走っている体で立ち上がり、鞘に手を軽く添えている。

 まだ闘うつもりなの? どう見ても、勝負は見えているのに、あなたは戦うつもりなの?

 そんなの黙って見ている訳ないじゃない。


「エアハルト君。試験はここまでです。あなたは――」


 エアハルト君の重心が下がると同時に、猛然と私達の方へ駆り出す。その速さは七歳の子供にしては異常の一言。魔法使いが良く身体機能の強化の魔法が存在するけど、それなら魔法使いの私が察知できないはずがない。つまり、今のエアハルト君の信じられない特攻は生身一つでやっている事になる。


「そう来なくっては!」


 後方からボルヒャルト先生の楽しげな声が届く。迎撃する気満々の先生は、片方のロングソードを地面に突き刺し「突け!」と声を上げる。

 それはボルヒャルト先生お得意の魔法である【剣山】の詠唱句であった。

 剣山とは地面から尖った鋼を隆起させる魔法。相手を串刺しにする目的で作られた魔法をボルヒャルト先生は躊躇なく使う。


「エアハルト君、下!」


 私は思わず叫んでしまった。

 人間とは前後左右の攻撃には強いけど、上下の攻撃には弱い。故に、ボルヒャルト先生は他の魔法を囮にしてこの魔法で仕留める戦法を好む。

 私の言葉が届いてくれたのか、地面から鋭い鋼が生えた瞬間と同時に少年は地面を強く蹴って進路方向を変える。

 驚くことに避ける動作は実に卓越していた。駆け上がる早さを変える事無く、直角方向に一歩跳躍したかと思えば、さらに一歩跳躍してボルヒャルト先生に真直ぐ走り寄るのだ。


「飛燕脚か。まるで兄さんを見ているようだ!」


 【剣山】を避けたエアハルト君に次なる迎撃を図るボルヒャルト先生は、二振りのロングソードを逆手に持ち直し、地面に突きつけて力一杯に振り上げる。

 次なる迎撃が放つ瞬間、私達は信じれない光景を見る事になる。





「抜刀技――二ノ太刀いらず」

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