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VSチート  作者: 柊柳
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エアハルトの一日



 もう、こんな時間か。

 何気なく時間を確認してみると、そろそろ仕事に行かなくてはならない時刻になっていた。

 騎士学校の入学試験を落とした事がよっぽどショックだったのか、寝転がっても一向に寝付くことが出来なかった。

 試験を受け終わった後は「全力を出し切った。落ちても後悔ない」と豪語していたけど、いざ不合格通知を受けると「どうしてあの時、ああしなかったのだろう」と未練タラタラな呟きを一晩中発していた。

「……止めよう。終わった事でうじうじしたって」

 また涙が溢れてくる。何度も何度も涙を拭って、これ以上泣かないと我慢しようとするのだが、それでも両目から涙が止まる事がなかった。

 き、騎士に、騎士になりたかった……。

 なりたかったよ。

 父さんと同じ騎士になりたかった。誰かを護れる盾に、悪を断つ剣になりたかった。

 騎士になれば、母さんの生活も少しは楽になれると思ったのに、どうして入学試験を落としたんだよ、エアハルト・ブリューゲル。


「……って、いかんいかん。仕事だったんだ」


 視界に時計が映り、これ以上咽び泣く時間はない事を知る。

 布団から抜け出し、涙でぐちゃぐちゃになった顔と、沈みきったテンションを上げる為に顔を洗う事にした。


「っあ、つめてぇ」


 井戸水から汲み取った水を手で掬い、叩きつけるように顔面に張り付ける。

 熱を帯びた顔に冷水を打ち付ける事で、高まった感情も少しずつ落ち着きを取り戻していく。


「……よし。今日も精一杯仕事をするんだぞ、エアハルト・ブリューゲル」


 沈んだ気持ちを切り替え、今日の仕事の予定を思い出す。


「今日は……。やべぇ、ミルクの配達仕事があったじゃないか」


 時間を思い出して、慌てて家に戻る。

 母さんは、まだ寝ているか。今日も緊急出動があったのかな? やけにリビングが散らかっているし。

 医療機関に勤務している母さんは、日夜問わず人の命を救う為に働いている一人だ。

 母さん曰く、若いときは白衣の天使って褒められたらしく、父さんも白衣の天使の虜になっていたと聞く。

 白衣の天使がどんな比喩表現かは知らないけど、母さんは医療機関から大変重宝されている。父さんが行方不明と知らされた一時期、仕事に没頭していた結果、今では国の中でも随一の医者と謳われているほど。

 王宮からも顧問医師のお誘いを受けていたのだが、母さんは王宮顧問医師になるよりも人に愛される医師になりたいと言う理由で王宮のお誘いを断っている。

 それは立派な志と思うが、いかんせん医術はお金がかかる。王国認定の医療機関に勤務しているからと言って、医者の配給金額は大人一人が一月分生活出来るぐらいのお金しかもらえない。母さんはそれを隠したがっていたが、隠し事が下手な母さんだから直ぐに知ってしまった。

 毎日の生活が厳しいのにも関わらず、ボクに騎士学校を通わせる為に自分の生活を切り詰めて、少しずつお金を溜めてくれていた。

 それが申し訳なくって、ボクも毎日の生活費ぐらいは稼げるようになりたいと知人に頼んで仕事を貰っている。

 今日のミルク配達の仕事も、その知人の紹介があったからこそ働かせてもらえる仕事なのだ。

 だから、紹介してもらった知人の為にも、ボクは仕事場に遅れる訳にはいかないのだ。




☆★☆★☆★☆★☆




「おはようございます!」


 仕事場に入り、大きな声で挨拶する。ここの人達の心情は「挨拶は一日の活力源。大きく元気よく!」となっている。

 一度、他の仕事と重なり、疲れていたこともあって無言で仕事場に入った時、問答無用でラリアットと関節を極められた。

 時間は……ぎりぎりセーフか!?


「おう、遅かったな! あと少し遅かったらクビだったぞ」

「旦那、おはようございます! すみません。以後気を付けます」

「おう、気をつけろ。……と、いつもなら気合の一発の一つでもするのだが、今日だけ勘弁してやる」

「……え?」


 旦那のらしくない一言に、俺は耳を疑った。


「どうしたんですか、旦那さん?」

「は? どうしたって、何がだ?」

「だって旦那さんの教育方針は『激痛は成長の種だ』じゃないですか。こんな時、気合のビンタの一つや二つするのが当然でしょ?」

「おう。そいつは否定しないな」

「……旦那さん、熱でもあるんですか? それとも、どっかで拾い食いでもしたんじゃないでしょうね? まさか、浮気がばれて奥さんに逃げられた現実に耐えきれなくなって、現実逃避している訳じゃありませんね。……いやいや待てよ。まさか、旦那さんの偽物か、あんたは!!」


 と、旦那さんらしからぬ行動の原因を長々と述べ終わった後、頭上に衝撃が走った。


「っあぁ」

「バカな事を言っていないで、さっさと行け。バカエアが」

「よかった。いつもの旦那さんだぁ」


 ジンジンと痛みが感じる頭部を我慢しつつ、俺はおかしな旦那さんが元に戻った事に胸を撫で下ろし、自分の持ち分のミルクを担いだ。



☆★☆★☆★☆★☆



「……聞いたぞ、エア。その、残念だったみたいだな」


 担当分のミルクを配り終え、一息ついていると旦那さんが言いずらそうに口にする。

 ……なるほど。朝のあれはそう言う理由があったのか。


「母さんから聞いたんですか?」


 旦那さんは「あぁ」と短く答える。

 どうやら、旦那さんにも心配をかけてしまったみたいだ。

 前々から「ボクは騎士になるんだ」と豪語していたから、どれだけボクが騎士になりたかったのか、旦那さんは知っている。

 ボクは精一杯の笑みを作り、大げさに肩を竦めた。


「お恥ずかしい限りです。あんなに「ボクは騎士になるんだ」って言ったのに、この体たらくでした」

「……エア」


 そんなに気まずそうな顔をしないでくれよ、旦那さん。

 せっかく気持ちを入れ替えて仕事に勤しんでいたのに、旦那さんの心配な顔を見ていると……また、涙が込みあがるじゃないか。


「今日の仕事は、これで全部でしたよね?」

「……あぁ。今日はこれで終わりだ」

「では、また明日来ますので、今日はこれで帰らせていただきます」


 早々に自分の言いたい事だけ言ってその場から去る。背中越しから旦那さんの「エア」と呼ぶ声が耳に届くが、足を止める事はしなかった。




☆★☆★☆★☆★☆




 逃げる様に……実際に逃げたようなものか。

 旦那さんの仕事先から逃げ出した俺は、次に午後からの仕事先であるリンドウ士がおられる畑へ足を運んだ。

 仕事の時間は午後からなのだが、何もしないでいると不合格のショックをぶり返してしまうので、どうにか仕事を早めてもらえないか、と交渉しに来たのだった。

 リンドウ士の畑は、旦那さんの仕事場から歩いて一時間はかかる。いつもなら、騎士になる為の鍛錬だ、と意気揚々と言って走って行くんだけど……。今日はゆっくり歩いて行こうかな。

 と、思った数分後、足が自然と駆け足になっていた。習慣って恐ろしい、な。




☆★☆★☆★☆★☆



「こんにちは!」


 自分に喝を入れる意味で、元気よく挨拶したのだが、一向に返事が来なかった。


「……あれ?」


 何時もなら、挨拶した直後に「おう」とか「遅いぞ、バカ」やらと言って来るんだが……。


「こんにちは! エアハルト・ブリューゲルです!」


 反応なし。

 おかしいな、普段ならば仕事は始まっている時間なんだが。

 家にいないとなると、もう既に畑へ行っているのかな。

 畑へ行ってみるか。


「……あぁ、いたいた」


 畑へ足を運ぶと、鋤や鍬を運んでいる男性を確認する。

 トレードマークの赤いロングタオルを首にかけている所を見ると、あれは間違いなくリンドウさんだ。


「しかし、何か様子がおかしいな?」


 何時もならば、一人で農作業を行う事で有名なリンドウさんなのだが、今見る限り、数人の大人の方々がリンドウさんの所に集まっている。

 リンドウさんをはじめとした大の大人たちは、険しい顔を浮かべながら腕を組みつつ「う~む」と唸り声を上げていた。


「……こんにちは、リンドウさん。何かあったんですか?」

「おう、ハルト坊。見てみろよ、これ」


 顎で畑を見ろと言われたので、リンドウさん達の脇を抜け、畑を見て唖然とした。


「これは……ひどい」

「あぁ。せっかく育てた野菜や果物がほとんど食べられている。これじゃあ、次の年を越せるかどうか……」


 頭を抱えるリンドウさん。

 普段明るく振舞ってくれるリンドウさんの笑顔はなく、苦悶の表情で満ちていた。

「しかし、一体全体なにがあったんでしょう?」


「俺が知る訳ねえだろ! 翌日の今日、畑を見に来たらこうなってたんだ!」


 怒声が飛ぶ。

 己の畑を滅茶苦茶にされて、冷静に状況から推理を話し合う事は無茶だった。

 荒れ果てた畑に足を踏み入れる。

 近日中には収穫の時期になるはずだった畑は見るも無残な姿に豹変されていた。野菜や果物が埋められていたと思われる場所はほとんどが掘り返されていた。掘って直ぐに口にしたのであろうか、野菜や果物のカスがあちこちに転がっている。


「……妙だな」

「何が妙だ、ハルト坊」

 俺の呟きに、絶望のどん底に落されたリンドウさんが問うてくる。


 振り向く事無く、地面とにらめっこしながら答えた。


「足跡が見当たらないんですよ」

「……なに?」


 リンドウさんの表情が変わる。

 訝しげに周辺を見渡し、俺の言葉が本当だと知る。


「ハルト坊」

「なんです、リンドウさん」

「これはどう言う事だ?」

「それをボクに訊きますか、普通」

「若いから頭の回転が速いだろ」

「……考えられる点は二つかと」


 たぶん、と前置きして言葉を続けた。


「一つは人為的。つまり、誰かが足跡を消す様な魔法を使って、この畑の食い物をかぱらった」

「盗賊や山賊って線か? レスティア国でそんな噂、一つも聞いた事ないぞ」

「ですから「たぶん」と前置きしたじゃないですか。人間の線が低いとなると、あとは魔獣がやった線が濃くなりますが、足跡を消すぐらい頭がキレている奴など聞いた事がありませんし」

「魔獣? いや待てよ。まさか、な」

「何か心当たりあるんですか?」

「いやな。お前の話しを聞いて【銀狼】の名前を思い出して……」

「ぎんろう、ですか?」

「あぁ。銀色の髪を持つ狼」

「狼って……。ちょっとリンドウさん、狼は肉食系でしょ? アイツらがいつ草食動物になったんですか?」

「おや? 博識なハルト坊が【銀狼】を知らないとは意外だったな」

「その口ぶりから察するに、まるで誰もが知っている存在ですね」

「色々と面白い説があるからな。女神に逆らった獣やら、女神に忠実だった犬だったり、魔王と心中したって説も面白い」

「……神様絡みの説が多いですね?」

「当たり前だろ? 【銀狼】は勇者の案内人なんだぞ」

「……はぁ」


 正直、リンドウさんの言葉を完全に理解する事は出来なかった。

 そもそも、こっちは畑荒らしの犯人を問うているのに、どうしてそこで神話絡みの話しが出てくるのだろう。

第一に、女神に逆らった説と女神に忠実だった説って矛盾しているじゃん。勇者の案内人とか言っているけど、魔王と心中しているよな。


「……勇者様や神様説は今度詳しく聞きたいものですが……。リンドウさん、ボク達は犯人の当てを推理していたんじゃありませんでしたっけ?」

「そう、だったな。しかし、犯人を見つけた所で意味ないだろうな」

「食べられた農作物は返ってきませんからね。すると、どうします?」


 俺の何気ない質問に、リンドウさんは軽い口調で言ったのだった。


「こうなったら、俺も潔く魔法使いにでもなるかな」

「四十代後半の大の男がなに夢みたいな話をしているんですか。全然潔くありませんし」


 けど、後にこのおっさん……もとい、リンドウ・アレイスターが後の史書にのるほどの大魔法使いになるなんて、この時のボクは夢にも思わなかった。


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