不合格
「お帰りなさい、エア」
ドアを開けると、待ったいましたと言わんばかりに、我が母上が待っていた。
「ただいま、母さん。まさかと思いますが、ずっと玄関で待っていた訳じゃないよね?」
「我が息子ながらよくわかったわね。かれこれ一時間経つかしら?」
指折り、待機時間を数える母さんに呆れてしまうのはボクだけなのかな。
父さんが行方不明になってから、女手一つでボクを育ててくれたのは感謝しているけど、どうも子離れ出来ない節がある。
けれど、それを責める訳がない。
騎士の父さんと平民であった母さんが添い遂げる事をご両親、ボクの祖父母に当たる方々は許してくれなかったらしい。
そんな祖父母の反対を強引に押し切って結婚をした二人に感激すら覚える。愛する者と添い遂げる為に、育ててくれた者に絶縁状を出すなど、ボクには絶対に出来ない事だ。
だからこそ、母さんは誰にも頼る事が出来ないでいる。平民であった母さんを助けるメリットはないと思ったらしく、父さんが行方不明になったとたん、交友関係であった奥様方連中も直ぐに手のひらを返したらしい。
こう言う時、もっと子供らしい思考を持っていればと常々思ってしまう。
下手に言葉の意味を分かってしまうと、どう対処していいか皆目見当もつかない。
「それで?」
「それで、と言いますと」
「もったいないで言ってよね。騎士学校の入学試験、どうだったの?」
入学試験。
その単語を聞いて、ボクは思わず肩を落とし――慌てて笑みを繕って言った。
「たはは。ごめん、母さん。ボク、騎士になれなかったよ」
そう。
ボクは今日の騎士学校の入学試験に落ちてしまった。
校長先生に「キミは騎士として才能がない」と烙印を押されるほどに。
☆★☆★☆★☆★
視点:クラウド・エンディミア
「シャバルツ、これはどう言う事だ!」
校長室に入るなり、俺は涼しい顔で煙を吹かす騎士学校の総責任者である校長――シュバルツ・リッターにかみついた。
「これはこれは、クラウド騎士団長殿。本日は入学試験の監督、誠にご苦労――」
「まどろっこし口上は必要ない。それより、これはどう言う事だ」
「……はて? 何か学園の者が、騎士団長殿のお気に障る事でもしましたでしょうか?」
「あぁ、大いにな。この書類を見ろ」
机に一枚の書類を叩きつける。
シュバルツはその書類を手に取り「あぁ、この件か」と納得の声を上げた。
「エアハルト・ブリューゲル、“元”騎士候補生の件だね。なるほど、熱血野郎のキミが憤慨する訳か」
「一人で納得していないで、簡潔に答えろ。なぜ、なぜこいつ程の原石の塊を不合格にした!」
未だに信じられなかった。
あのエアハルトがまさかの不合格と知った時、俺は何かの手違いだろうと思っていた。
だが、確認をとっても皆が皆「エアハルトは不合格」と口を揃えて言うのだ。
「正気か、シュバルツ。お前ほどの男が、アイツの凄さを見抜けないほど節穴じゃないだろ? アイツはデュランやレオンハルトに並ぶほどの逸材だ。もしかしたら、この国に必要不可欠になりうる騎士となる可能性も高い。奴はそれほどの逸材だったんだぞ」
「えぇ、私もそう思います。だからこそ、とても残念に思えて仕方がありません」
「何をいけしゃあしゃあと。なら、何でエアハルトに「不合格です」なんて言いやがった。あまつさえお前、アイツに「キミは騎士として才能がない、諦めなさい」なんて言ったんだよ」
エアハルトは若干7歳にして、中々卓越した技能を持っていた。特に目を見張ったのは基本である歩法と間合いを正確に図る空間把握能力であった。
騎士の俺達にとって、歩法と間合いを図る技巧は必要不可欠と言っても過言ではない。
一瞬の爆発力、本能に従った緊急回避技術など目に見張るものがあった。この俺の【二の太刀いらず】を初見で避けた奴など数える程しかいない。それほどの逸材なのだ。
「エアハルトの不合格を撤回しろ、シャバルツ・リッター」
「それは出来ない。やりたくても、私の権限では出来ないんだよ」
権限、だと。
「つまり何か? エアハルト・ブリューゲルの入学を上層部が拒否した、と言う事か!?」
そうだ、と首肯するシュバルツ。
「なんだよそれ。八矛の騎士、デュラン・ブリューゲルの息子なんだぞ。親が騎士の者は成績無関係で合格していただろうが!」
「その、デュラン・ボルヒャルトの父、ヴァッサー・ボルヒャルト殿からの指示なんだよ」
「ヴァッサー殿が……」
信じられなかった。
あの、ヴァッサー・ボルヒャルト殿が孫であるエアハルトの騎士入学を妨げたのかよ。
「あの様子だと、魔法学校にも騎士学校と同じような指示を下しているだろうな」
「それが、それが祖父母のする事かよ!」
「私に言わないでくれ。私だって、今回のヴァッサー殿の指示には承服しかねているのだ。けど、けど……」
俯くシュバルツ。これは、上から相当の圧力が来ているようだ。
シュバルツも本当は未来の騎士になっていたエアハルトを騎士学校に迎えたかったはずだ。
それでも「騎士に向いていない」なんて、心にもない事を言わざるを得なかった、と考えていいだろう。
国の方針に反論が出来ない立場にいる故、承服しかねる問題も目を瞑らざるを得ないのは分かる。
けどさ……。
やっぱり、納得いかないよな。
あの、エアハルトが騎士にならないのは、我が国の損失に等しい。
試験の時の動きを思い出して、何が何でも騎士にさせたい気持ちで溢れていった。
☆★☆★☆★☆★☆
【剣戟・一番槍】
【二の太刀いらず】を味わったにも関わらず、エアハルトは剣先を俺に向けたまま力強く大地を蹴って突進してくる。
後の先を取る事は難しいと判断した上の、先手の攻撃。
「突き技とは考えたもんだ」
俺の【二の太刀いらず】を攻略するのに、エアハルトは先の先、つまり俺の技が極まるよりも早く、自分の技をぶつけようと考えているようだ。その為に、予備動作のない突き技を選んだのだ。
その選択肢は正しい。
斬る動作は、一度、剣を振りかぶる必要がある。その時点で一拍子の予備動作が必要になる。
俺との実力差がはっきりしている以上、斬りかかる事はよっぽどの隙か、好奇な時ぐらいしか当たらないだろう。そんな無様な姿を見せるつもりはないが、策略次第ではいくらでも可能だ。
故に、相手の実力差を瞬時に察した判断力も中々なものだ。
だからこそ、力が入ってしまったのかもしれない。
我ながら見事と自己満足してしまいそうなほど、完璧な【二の太刀いらず】を放ってしまったのだから。
獲物を捉えた感触があった。手応えありだ、とほくそ笑んだ直後「しまった」と口に出して後悔した。
いくらなんでも今の【二の太刀いらず】はやりすぎだった。刃引きしているから両断する可能性はないが、それでも齢7歳の子供に実戦で放つ抜刀を放ったら軽く骨を砕く威力を持つはず。
慌ててエアハルトが吹き飛んだであろう場所を見やると、剣先が目前に迫っていた。
「なっ!?」
咄嗟に首を右に振って回避する。
顔面すれすれを通る刀身を見送り、無事に避けたのを確認して、剣閃が飛んで来た場所を見て驚いた。
「信じられないな。まさか、【二の太刀いらず】を受けて、挙句の果てに反撃してくるなんて」
と、自分で言っておきながら、自分の言葉に不可解を覚えてならなかった。
体格差がある以上、あの斬撃を受けてはたして無事で済むだろうか。無理だろう、と考えるのが必然だが、それだとエアハルトの突きがすぐ間近まで飛んで来た説明がつかない事になる。
なら、次に考えられる事は、俺が手応えを感じたのが何らかしらの勘違いで、実際の所はエアハルトが俺の【二の太刀いらず】を見切って、上手い具合に回避した事だが、それはエアハルトの防具を見て、直ぐに違うと証明されてしまった。
エアハルトの防具であるプレートメイルが、俺の斬撃による軌道に沿った形でへこんでいる。さっきまで、そんなへこみはなかったから、俺の【二の太刀いらず】でつけたダメージだろう。
すると、余計に分からない。完璧な【二の太刀いらず】を受けて、ダメージが受けていないなんてどんな奇術を使えば……まてよ、奇術だって?
「今の攻撃、中々よかったぞ。エアハルト」
「お褒めに預かり光栄です、騎士団長殿」
「謙遜なされるな。まさか、その歳でデュランの【飛燕脚】をマスターしたのか?」
「あっ、やっぱり分かりました?」
飛燕脚。
やはり、さっきのは直角歩法術【飛燕脚】であったか。別名「当って砕けるな」なんて、完成直後のデュランが言っていたが。
「無茶をする。その技は、本来は打撃専門だぞ。斬撃でやる奴があるか」
「すみません。けど、これぐらいしないと、勝てる見込みがなかったもので」
勝つもり。今あ奴はそう言ったか?
そうか、勝つつもりだったのか。
それを聞いて、無性に嬉しさが込みあがってくるのは、俺も歳を取った事なのだろうか。
「けど、どうやらここまでのようですね」
剣を投げ出すエアハルト。
投降の意思と読み取ったのか「それまで」とシャルロットの試験終了の声が上がった。
膝から崩れ落ちるエアハルト。どうやら、完全に衝撃力を殺し切れなかったらしく、脇腹を抑えながら倒れていった。
「エアハルト!」
剣を鞘に納め、エアハルトへ駆け寄る。
シャルロットも近くにおいてあった救急箱を持ち出して近寄る。
「だ、大丈夫です。さ、さすがに、すぐ動くのはつらいですが」
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いま思えば、俺はなんて失態をしてしまったのだろう。
同僚の息子と相見えた事が想像以上に嬉しかったのは自分で意外だったとしか言いようがなかった。
アイツの不合格の理由が、俺との闘いで途中棄権してしまった事である、と理由づけされた事に申し訳なくて仕方がない。
「すまない、デュラン。お前の息子を騎士学校に入れてやれなかった。俺の責任だ」
この時、俺達は知る由もなかった。
いや、俺とシュバルツ以外は想像もしなかったであろう。
俺達騎士団は、守護の剣の一本を手にする事を自ら逃してしまった事に、近い未来知る事になるだろう。