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VSチート  作者: 柊柳
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精霊合心



視点:ココア・ヴァリアブル


 突然だけど、抜刀技と呼ばれる剣術が使える人間は数少ない。


 一人は我が蒼穹騎士団の長である騎士団長と抜刀技を考案したレオンハルト様だけのはず。


 あの八矛の騎士であるデュラン様でさえ習得難と嘆いて諦めた程の高等技術である。


 それを……。



「抜刀技――二ノ太刀いらず」



 少年ことエアハルト君はそう叫んで、剣を横薙ぎに振り抜く。


 七歳の少年とは思えない程の太刀筋。普通の子供ならば武器の重さに負けて武器に振り回されるはずなのだけど、十分に鍛錬しているのか剣の重さに負けて体を泳ぐことなくしっかりと残身を残している。


 称賛に値する剣技であった。僅か七歳の子供が騎士団長様の真似事を出来るなんて、将来が楽しみ仕方がない。


 けど、相手が悪すぎる。なにせ、相手は騎士団長の実力に迫りつつある強敵なのだ。



「……驚いたな。まさか、抜刀技なんて使って来るとは」



 てっきり、一番槍を使って来るんでは、と笑って言う青年――ボルヒャルト先生はエアハルト君の渾身の一撃を難なく二振りのロングソードで受け流したのであった。


 エアハルト君の抜刀技は確かに悪くなかった。銀色の弧は確実にボルヒャルト先生の左脇を捉えていたのだが、何せ相手が悪すぎる。



「まさか、俺に【過重】と【軽量】を使わせるなんて……さすがだよ、エアハルト・ブリューゲル!」



 称賛の言葉が終わると同時に、ボルヒャルト先生は【音速跳び】を使用し、エアハルト君の目前にジャンプする。


 あまりの反撃の速さにエアハルト君は最初と同じように唖然とボルヒャルト先生を見やり――え、口端を曲げた?


 まるで待っていました、と言わんばかりに不敵の笑みを浮かべたエアハルト君の体が沈む。この意図を図り損ねたマルス様は二振りのロングソードで振り上げて、今まさしく振り下ろそうとした時、ボルヒャルト先生の顎目掛けて飛んで来るものがあった。



「っ!?」



 予想もしなかった攻撃にボルヒャルト先生は攻撃を中断し、後方へ跳ぶ。



「一度、地面に背中を預けて、反動を利用して放つネックスプリング。こんな場面で良くそんな荒業をするものだい」



 ネックスプリングとは、武道家とかが良く使う起き技である。仰向けの態勢から腰を伸ばす反動を利用して大きく跳ねる事で起き上がる事が出来る。


 エアハルト君が行った荒業とはネックスプリングを使って、足の裏をボルヒャルト先生の顎目掛けて跳びはねたのだった。



「騎士学校。……絶対に、まけ、られない」



 ぜぇぜぇ、と荒げた呼吸で呟き、エアハルト君は構える――徒手空拳の構えで。


 さっきのネックスプリングをやる前に、エアハルト君はせっかく用意してもらった剣を躊躇なく手放したのだ。





 視点:マルス・ボルヒャルト



 正直、甘く見ていた。まさか、七歳の子供がここまで戦えるとは誰が予想していた事であろうか。


 当初の予定では、今現在のエアハルト君の実力を図るのが目的だったのだが、実年齢に見合わない彼の卓越な身のこなしが凄すぎて油断できない。


 もったいないな、と思う。齢七歳でこれほどの実力を持っているならば、今後しっかりと教育すれば俺はおろか、兄さんやレオンハルトさん以上の騎士になる事だって夢ではないはず。


 けど、そろそろ決着がつくかな。彼は俺に奇襲をかける為に、剣を手放している。数歩で取れる距離にあるとはいえ、俺の奇襲を警戒してか武器を取る事無く徒手空拳で構えている。


 どう見ても、絶望的と言っても良い状況なのに、彼は諦めようとしない。


 勝利を最後まで信じて戦う姿勢は兄さんそっくりだな。輝きを失わずに燃え上がる双眸の煌きなんて兄さんの姿とダブらせるのに十分だった。



「……はは」



 思わず笑みがこぼれる。彼を見ていると昔の頃を思い出すな。よく、兄さんとこんな風に対面して喧嘩したっけ。


 ほんと、彼は兄さんによく似ている。だからこそ、父さんや母さんは……。



「楽しいひと時だったよ、エアハルト君。だけど、時間は有限。どうやら、そろそろ終わりの時刻が迫ってきたようだ」


「…………」



 ……ん?


 俺の言葉に反応を見せないエアハルト君。そう言えば、さっきから俺一人で語っていたけど、彼が言葉にしたのは確か……。



「おい、まさか!?」



 推論が正しければ、一刻も早くこの戦いを中断しなくてはいけない。


 けど、俺の一瞬の隙に好機を見たのか、エアハルト君は俺が驚嘆の声を上げると同時に駆け寄ってきたのだった。



「剣戟――」


「ちっ!」



 驚くべきことに、今の彼は本能のみで動いている節がある。


 だが、いつだ。いつ、そんな状態に【バトルハイ】に入った!



「あの時か!?」



 あの時、俺が【音速跳び】で一撃を放った時、既に……。


「剣戟・一番槍」




 視点:イフリート


 おいおい、俺様は夢を見ているのか。あの小僧、まさか【重心】なんて異名を呼ばれたマルス・ボルヒャルトに一撃を入れる事に成功しやがった。


 剣戟・一番槍って言ったな。確か、デュランの得意技だったな。



『見事だ、小僧。だが』



 小僧の強襲は確かにマルスの鳩尾に捉える事に成功したが、体格差から言ってダメージはほとんど見受けられないと言っても良いだろう。


 圧倒的な力量の差、小僧がマルスに勝つには反則技の一つや二つを使わなくては到底勝つことなど出来ない。



『反則技、か。あ奴、まさかアレを狙っているのか?』



 確かにアレならマルスに勝てる可能性が高い。高いが、むざむざ負ける手段を残すなどどういう事だろうか。


 それにアレは確かに強力だが使用者が限られている。




 【合心】は選ばれた者にしか使用を許されない特殊技なのだ。



 そうこう言っている間に、戦況が変わっている。互いに接近した状態で攻防を見せている。


 マルスは剣に対し小僧は拳、圧倒的なまでのリーチの差にも関わらず、小僧は見事な体捌きで補っている。


 あそこまで接近されて攻防を繰り広げられるとマルスも魔法を使う暇がない。小僧なりに活路を切り開くための判断だろう。



『ココア嬢ちゃん、残り時間は?』


「あと一分もありません」



 俺様の問いに短く答えたココア嬢ちゃんは「そこよ!」と力一杯に小僧の声援に勤しんでいる。


 その気持ちは分からなくもない。無謀な条件を付けられたにも関わらず、諦めずに戦う姿勢は悪くない。


 ……俺様も情が移りやすい性格らしい。


 他の精霊共にこんな所を見られたら「やっぱり、火の精霊は単純バカだな」とバカにされるだろうか。




 ――ふん、知った事か。




『やってみるか、精霊合心を!』




 視点:エアハルト・ブリューゲル


 強い、強すぎる。何とか戦う事は出来るが、全くと言っていいほど勝てる要素が見つけられない。


 既にボクの技は【飛燕脚】や【一番槍】は相手に見せている。見よう見まねで【二ノ太刀いらず】なんてものも使ってみたけど、打開策までには至らなかった。


 そうこう考えている間も、マルス様の剣戟は休む間もなくボク目掛けて振り下ろされている。


 右に左にと横に薙ぎ払い、その力を利用して体を一回転させてから、右肩目掛けての袈裟斬りには死すら覚悟するほどの迫力があった。


 我ながらよくここまで持ったと褒めてあげた。


 もう、良いだろう?


 もう、負けを認めて良いんじゃないか?


 充分だろ。


 たった七歳のガキが高名なお方とまともに戦いあっているんだ。


 もう、休んでもいいんじゃないかな。


 これで不合格と言われても、十分やったよボクは……。


 なのに、体はボクの気持ちに応えようとしない。


 マルス様の剣が来れば、全力で回避行動に移るし、隙があれば全力の正拳突きで反撃する。


 拳は確実にマルス様の腹部にヒットしているはずだが、悲しいか圧倒的に力不足。ヒットしても与えられるダメージが少なすぎる。


 対してこっちは、マルス様の剣が振り下ろされるたびに、剣風と衝撃による震動でアップアップだ。


 何か打開策を考えなくては、と思った矢先――。



「突け!」



 左の剣を大地に突き刺し、詠唱を行う。


 その詠唱から繰り広げられる魔法は知っている。何せ、さっき使っている魔法【剣山】の詠唱なのだから。


 ボクは自分の立っている場所が膨れ上がる感覚を感じ、咄嗟に後方へ跳び間合いを開ける。


 数秒後、ボクとマルス様の間に鋭く尖った岩の柱が出現する。アレをくらったら間違いなくボクは串刺しだろうな。



「――悪いが、俺の勝だ。エアハルト・ブリューゲル!」



 柱の奥からマルス様の勝利宣言が耳に届く。


 ブラフか。それとも、と考えている矢先にマルス様から詠唱の声が届く。



「ひれ伏せ、有象無象達よ。図が高い、これより顕現する者をどなたと心得る」



 この詠唱は――。



『奴め、精霊召喚するつもりだぞ』


「え……? イ、イフリート様?」



 振り向くと、そこには腕組みしているイフリート様の姿がって。


「何をしてらっしゃるのですか、イフリート様。危険ですから下がってください」



 精霊に対して危険かどうか知らないが、少なくともこの場にいられたら気が散って仕方がない。


『馬鹿野郎。そんな悠長な事を言っている場合か。今が好機だ。やるぞ、小僧』


「やるって……。何をですか?」


『精霊合心。選ばれた者にだけ使用を許された反則技だ』




 視点:ココア・ヴァリアブル


「我が契約の下、我が願いに応えたまえ。大地を揺るがす化身、大地の守護者よ。汝の名はノーム!」



 信じられません。まさか、あのボルヒャルト先生がこんな場所で精霊召喚を慣行するなんて。


 精霊召喚。文字通り、精霊を召喚する召喚魔法。


 しかも、ボルヒャルト先生が生み出した魔法陣から出現した姿は大地の代表格、精霊ノーム様。


 イフリート様と同格の精霊を呼び出すなんて、正気の沙汰ではない。



「今度こそ止めなくては」



 いくらなんでもやりすぎにも程がありすぎる。今度は何が何でも止めなくては。力づくでも……。



「イフリート様、お力添えを」



 と、助力を請おうとして初めてイフリート様が私のそばから離れている事に気づく。


 所在を確認しようと慌てて周囲を見渡し、イフリート様がエアハルト君のそばにいる事を確認する。


 イフリート様、一体何を……。



『やるぞ、小僧。俺様の言葉に続けて叫べ!』


「戦闘中に何を……」


『説明している暇があるか! 良いから俺様の後に叫べ!』


「分かりましたよ、分かりました! ったく、少しは空気をですね」


『つべこべ言わずに叫べ、精霊合心と』


「なんですか、その中二的発言は」


『訳の分からない事を、良いから叫べ、精霊合心と!』


「はいはい、分かりました! 精霊合心!!」



 しぶしぶイフリート様に言われるままに「精霊合心!」と叫んだエアハルト君の体とイフリート様の体が輝きだす。


 不意に自分の体とイフリート様の体が赤く光り出した事に驚嘆の声を上げたエアハルト君の体に、イフリート様が重なり彼らのいた場所が炎上する。



「ノーム、奴らに大地の怒りを授けよ【大地の拳】」



 不明の力を発動している最中も詠唱を続けていたボルヒャルト先生の魔法が完成する。


 ノーム様のお力をお借りして生み出した魔法は地面を人間の腕に形状変化させる魔法だった。


 優に砲弾の数倍もある土の拳は容赦なくエアハルト君がいた場所に振り下ろされる。



「……決まりましたね」



 静かに二人の戦闘を見守っていた理事長が呟く。その表情はどこかしか満足したような笑みだったのは気のせいではなかった。


 ひどすぎる、と思う。いえ、明らかにひどすぎる行為だった。


 だって、まだ幼い少年にここまでの仕打ちをし、挙句の果てに孫の負けに満足して笑うなんて正気の沙汰とは思えないわ。


 それはボルヒャルト先生も同じこと。彼だってエアハルト君とは叔父関係のはずなのに、指導では滅多に見せる事のない【魔装化】なんかして見せたり、精霊召喚なんて荒業したりと大人げないにも程がある。



「……って、早く手当してあげないと」



 こんなことをしている暇はない。いくらイフリート様がご助力をしてくれたとしても、今の攻撃は到底堪え切れるものではない。


 最悪の状況も考えなくては、と駆け寄ろうとした時、振り下ろされた【大地の拳】に亀裂が走り、爆散した。



「やはり、出来たか」



 己の魔法が壊された事に、どこか満足顔を浮かばせて言うボルヒャルト先生。







「見せて見ろ、その力を。【転生者】エアハルト・ブリューゲル」

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