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縫い目は、言い訳を致しません

作者: 黒色鮎
掲載日:2026/08/16

間違い等がありましたら、お気軽に指摘して下さい。

 うちは王都の裏通りで三代続く仕立て屋だ。

 看板は出していない。

 紹介のあるお客さましか受けない。


 わたしは親方の娘で、十三から針を持っている。

 今年の冬でようやく十七の成人を迎える。

 そろそろ婚約者を見つけないといけない時期なったことに、毎日憂鬱になっている。

 そんな気持ちを忘れるため、日々仕事に打ち込んでいるのであった。


 そんなある日。

 夜会の翌朝に伯爵家の使いが来たとき、父は真っ先にわたしを呼んだ。

 

「レイナ。行ってこい」

「……お父さん、これ」

「見てくるだけでいい。直せとは、言われていない」

 

 持ち込まれたのは、私も作製を手伝った、三日前に納めたばかりの夜会服だった。

 オルレアン伯爵家のご令嬢、リディア様の。


 そんな服が、脇の下から腰にかけて、二尺ほど裂けている。

 舞踏の最中に裂けたのだという。

 ご令嬢は広間の真ん中で衣を押さえたまま、侍女に囲まれて退場された。

 うちの工房の名は、その夜のうちに広間じゅうへ知れ渡っていた。


 わたしは布を灯りにかざした。

 仕立て屋には、家ごとに縫いの癖がある。

 うちは脇の縫い代を二度返す。

 一度目を細かく、二度目を粗く。

 粗いほうが、引っぱられた力を逃がすからだ。

 だからうちの脇は、無理をすれば、まず縫い目のほうがほどけて音を立てる。

 裂ける前に、必ず所有者に知らせる。

 

「……お父さん。これ、ほどけてない」

「ああ」

「糸が、切れてる。まっすぐ」

 

 ほどけた縫い目は、糸が波打つ。

 引き抜かれた跡が残るからだ。

 この糸は、まっすぐ切れていた。

 しかも表からではなく、裏から。

 刃物を縫い代の内側に入れて、二度返しの粗いほうだけを切ってある。細かいほうは残っている。

 残してあれば、着たときには保つ。

 踊れば、裂ける。

 

「うちの縫いを知ってる人だね」

「……そうなるな」

 

 父の声が低くなった。

 二度返しを知っているのは、この工房で仕立てた服を着たことのある家だけだ。


 わたしはその日、帳面を持ってオルレアン家へ伺った。

 直しに来た体で、御前に出た。

 リディア様は、目を赤くしておられた。

 

「工房のせいには、しないわ」

「……ありがとうございます」

「でも、わたくしはもう、笑われましたの」

 

 わたしは裂けた脇を広げて、灯りに向けてお見せした。

 そして糸の切り口を、指でなぞって話し出す。

 

「リディア様。これは裏から切られております。仮縫いのあと、お納めするまでのあいだに」


 リディア様は、驚きながら顔を上げる。

 少々お考えになられたのち、言葉を絞り出す。


「……わたくしに恨みがあるもの、知り合いや家の者が、ということ……?」

「そこまでは、申し上げられません。ですが」

 

 わたしは帳面をめくった。

 仕立て屋は、誰が採寸に立ち会ったかを必ず残す。寸法の調整を行うのは、こちらだからだ。


 仮縫いの日、控えの間には、もうひとりご令嬢がおられた。同じ夜会に、同じ色の衣を注文して、うちがお断りしたほうの方だった。

 

「……従姉ですわ」

「はい」

 

 リディア様は、しばらく黙っておられた。

 それから、思いのほか静かな声で、その帳面を借りたいと仰った。


 ひと月後、うちの看板のない戸を、新しいお客さまが叩くようになった。


 噂は、裂けた話から、切られた話に変わっていた。

 父は何も言わなかったけれど、その月から、脇の二度返しをわたしに全部任せるようになった。

 布は嘘をつかない、と父はよく言う。

 わたしは、少し違うと思っている。

 嘘をつくのはいつも人で、布はただ、その人の手つきを覚えているだけだ。

読了ありがとうございます。

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