縫い目は、言い訳を致しません
間違い等がありましたら、お気軽に指摘して下さい。
うちは王都の裏通りで三代続く仕立て屋だ。
看板は出していない。
紹介のあるお客さましか受けない。
わたしは親方の娘で、十三から針を持っている。
今年の冬でようやく十七の成人を迎える。
そろそろ婚約者を見つけないといけない時期なったことに、毎日憂鬱になっている。
そんな気持ちを忘れるため、日々仕事に打ち込んでいるのであった。
そんなある日。
夜会の翌朝に伯爵家の使いが来たとき、父は真っ先にわたしを呼んだ。
「レイナ。行ってこい」
「……お父さん、これ」
「見てくるだけでいい。直せとは、言われていない」
持ち込まれたのは、私も作製を手伝った、三日前に納めたばかりの夜会服だった。
オルレアン伯爵家のご令嬢、リディア様の。
そんな服が、脇の下から腰にかけて、二尺ほど裂けている。
舞踏の最中に裂けたのだという。
ご令嬢は広間の真ん中で衣を押さえたまま、侍女に囲まれて退場された。
うちの工房の名は、その夜のうちに広間じゅうへ知れ渡っていた。
わたしは布を灯りにかざした。
仕立て屋には、家ごとに縫いの癖がある。
うちは脇の縫い代を二度返す。
一度目を細かく、二度目を粗く。
粗いほうが、引っぱられた力を逃がすからだ。
だからうちの脇は、無理をすれば、まず縫い目のほうがほどけて音を立てる。
裂ける前に、必ず所有者に知らせる。
「……お父さん。これ、ほどけてない」
「ああ」
「糸が、切れてる。まっすぐ」
ほどけた縫い目は、糸が波打つ。
引き抜かれた跡が残るからだ。
この糸は、まっすぐ切れていた。
しかも表からではなく、裏から。
刃物を縫い代の内側に入れて、二度返しの粗いほうだけを切ってある。細かいほうは残っている。
残してあれば、着たときには保つ。
踊れば、裂ける。
「うちの縫いを知ってる人だね」
「……そうなるな」
父の声が低くなった。
二度返しを知っているのは、この工房で仕立てた服を着たことのある家だけだ。
わたしはその日、帳面を持ってオルレアン家へ伺った。
直しに来た体で、御前に出た。
リディア様は、目を赤くしておられた。
「工房のせいには、しないわ」
「……ありがとうございます」
「でも、わたくしはもう、笑われましたの」
わたしは裂けた脇を広げて、灯りに向けてお見せした。
そして糸の切り口を、指でなぞって話し出す。
「リディア様。これは裏から切られております。仮縫いのあと、お納めするまでのあいだに」
リディア様は、驚きながら顔を上げる。
少々お考えになられたのち、言葉を絞り出す。
「……わたくしに恨みがあるもの、知り合いや家の者が、ということ……?」
「そこまでは、申し上げられません。ですが」
わたしは帳面をめくった。
仕立て屋は、誰が採寸に立ち会ったかを必ず残す。寸法の調整を行うのは、こちらだからだ。
仮縫いの日、控えの間には、もうひとりご令嬢がおられた。同じ夜会に、同じ色の衣を注文して、うちがお断りしたほうの方だった。
「……従姉ですわ」
「はい」
リディア様は、しばらく黙っておられた。
それから、思いのほか静かな声で、その帳面を借りたいと仰った。
ひと月後、うちの看板のない戸を、新しいお客さまが叩くようになった。
噂は、裂けた話から、切られた話に変わっていた。
父は何も言わなかったけれど、その月から、脇の二度返しをわたしに全部任せるようになった。
布は嘘をつかない、と父はよく言う。
わたしは、少し違うと思っている。
嘘をつくのはいつも人で、布はただ、その人の手つきを覚えているだけだ。
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