対話は査定である――ドラゴン観察記録
『彼らが眠る理由――頂点捕食者に対する無力さの証明』
序論
【王立冒険者ギルド教導局編】
【冒険者必読資料 第一四号】
本書は、新人冒険者及び、中堅、ベテランまで幅広く熟読すべき、魔物生物学資料である。
中でもドラゴンは、他の魔物生物と違い、畏敬の念を抱くべき存在と知られている。
単なる「トカゲの巨大版」と断定せず、世界の理そのものと認識すべきである。
ドラゴンは環境そのものを変化させる力があり、彼らの死骸は魔力の粒子となり、生物が魔力を使えるようになったとされる説が支持されている。
この説からわかるように、彼らは環境そのものなのだ。
気候、地質に至るまで影響を与える「歩く自然災害」とも言い換えられる。
ここでいう「環境」とは、対処ではなく適応を強いられる存在を指す。
また、ドラゴンとその亜種や別種についても記載する。
彼らはドラゴンとは似て非なる存在で、冷静に対処すればドラゴンほど被害も出ないであろう。
とはいえ、軽視や慢心、知識不足により殉職する者も少なくない。
本書の目的は、英雄譚や討伐譚を語ることではない。
諸君が生きて帰れる確率を高めることである。
他の魔物が「敵」なら、ドラゴンは「環境」である。魔物であれば討伐できるが、ドラゴンはやり過ごすか、あるいは祈るしかない。
対象の誤認は即時の壊滅につながる。――これは比喩ではない。
そのために、本書では以下の四点について、可能な限り簡潔かつ実証的に解説する。
一、ドラゴンの基本的な生態と行動様式。
二、彼らの特異性とその危険性。
三、ドラゴンの亜種や別種の代表例。
四、温和な個体との対話について。
本辺境では、ドラゴンや亜種や別種の目撃例も少なくない。
彼らといかにうまく付き合えるかどうかが、諸君の生命に関わるのだ。
ではまず、ドラゴンがいかに多様であるかに移りたい。
【第一章:ドラゴンの基本的な生態】
一、形態
超大型種:全長(鼻先から尾まで)十メートル以上
代表例:エンシェント・ドミニオン
大型種:全長五〜九メートル
代表例:カテドラル・ドラゴン
小型種:全長三〜四メートル
代表例:スカベンジ・ドレイク
超小型種:十五センチ程度
代表例:ピクシードラゴン
大きさは様々だが、どの種もコウモリのような翼を持ち、トカゲのような鱗を持つ。
地鳴き、警戒音もあるが、基本的には人語を介するものも多い。
超小型種が人語を介する際は、人間の頭の中に声が響くという記録があり、声帯での発声ではない。
二、生態と行動
・食性
大型〜超小型は雑食性。
植物を好んで食すもの、虫や動物、魔物を好んで捕食するものがいる。多くの種は雑食性であるが、種ごとの偏りが大きい。
超大型種については生体観察例が存在しない。
したがって、本章の記述には推定を含む。
・行動
空を自在に飛び回り、住処の周りを巡回する。
別の個体が侵入した際には、モビング(擬攻撃)を繰り返す。
住処は大型種だと、山や廃城を拠点にし、自らの神殿にする。
小型種は遺跡に住まい、貴金属を集めて飾り付ける。これはメスに対する求愛行動の一環と考えられているが、研究者のあいだでも意見が分かれている。
また、スカベンジ・ドレイクの巣の近くにはエンシェント・ドミニオンなどの超大型種の亡骸が発見されることが多い。
小型種が亡骸に群がるのは、単なる食欲ではない。
超大型種が土に還る際に、微生物によって分解された高純度の魔力粒子を吸収し、自らの魔力回路を維持するためだ。
死骸は栄養源であると同時に、高密度魔力場として機能する。
彼らにとって亡骸は「食卓」であり「聖域」である。
したがって、当該領域は複数種が重複する危険区域となる。
ゆえに、この死骸周辺での戦闘は、死を意味する。
三、生息域について
大型種、小型種は山岳や廃城、遺跡に住む。
超大型種は生きた観察例はないが、開けた土地や崖の下などに亡骸が発見されている。
超小型種は、魔力が充満した森での発見例がある。
いずれも人の目を避けて生活している。
【第二章:彼らの特異性とその危険性】
序論でも述べたとおり、ドラゴンは存在そのものが「環境」といえる。
彼らは山岳に住み、人目を避け、魔物や森の植物を採集する。
群れで生活はせず、単独行動を好み、侵入する個体は追い払う。
縄張りを重視し、つがいとともに一生を共にする。
それは人間に対しても変わらない。
縄張りに侵入した冒険者パーティは、まずドラゴンの警戒音を耳にする。
地面を揺るがすほどの叫びを「警戒音」と正しく認識できたパーティは即時撤退し、難を逃れたが、知識不足により認識できなかったパーティは全滅。逃走した人間を追跡し、その結果として街に甚大な被害が及ぶ。
ドラゴンの標的となった街は壊滅した。
これは歴史書や口伝で見聞きした者も多いだろう。
したがって、ドラゴンに遭遇した時は姿を見られる前に即時の撤退が望まれる。
さもなくば、ほぼ確実に、彼らとの追いかけっこをするはめになるだろう。
おとぎ話などでドラゴンが畏怖されるのはこのような歴史的事実が裏付けられているのだ。
なお、ごく稀に、人間に対し明確な攻撃行動を示さない事例が報告されているが、再現性は確認されていない。
大型種であるカテドラル・ドラゴンと遭遇した際、我々にできることは、彼の機嫌を損ねないように撤退することだけだった。
しかし、姿こそ似てはいるが、別種や討伐可能な亜種の存在する。
代表例を、第三章に記載する。
【第三章:ドラゴンの亜種や別種の代表例】
・亜種
ワイバーン(亜竜種)
全長:三メートル〜五メートル
飛翔能力に特化し、群れで行動する。
知性は獣に近く、人語を介さない。
集団で行動するが、戦術的な討伐が可能。
ドラゴンと違い、魔力の結晶体(核)を持たない。
アースドラゴン(地竜種)
全長:一〜三メートル
ドラゴンと違い、飛翔能力はないが、脚力が発達している。
進化の過程で失われた小さな翼らしき部位がある。
こちらも獣に近い知性で人語は介さない。
メス中心の、家族単位での群れを形成するが、基本的には温和な魔物。
家畜化の計画はあったが、どれだけ温和な個体同士とかけ合わせても、人間には慣れなかった。
また、繁殖期に入った単独行動のオスには注意が必要である。
前衛・後衛のある統制されたパーティであれば、討伐可能。
・別種
サラマンダー(精霊種)
全長:一〜五メートル(※)
翼の持たない、炎をまとった赤いトカゲのような精霊。
彼らは「火そのもの」の具現である。
全長はその時々により、変化する。
物理的な殺傷は不可能であり、攻撃することは神殿への冒涜として重罪に処される。
誤認は死に直結する。
空を飛ぶ影すべてがドラゴンではないし、火を吹くトカゲすべてを倒してよいわけではない。
最後に、最も慎重を期すべき「対話」について記述する。
ドラゴンとの対話は、外交ではない。
それは自らの価値を、彼らに認めさせるための査定である。
対話は査定であり、交渉ではない。評価基準は不明であり、失敗は即時の排除を意味する。
【第四章:温和な個体との対話について】
星暦一五〇三年
ラウド辺境西部、開拓地の視察
推定遭遇種:スカベンジ・ドレイク、カテドラル・ドラゴン
我々調査団はAランク冒険者パーティ「アビス・ストライダー」(リーダー:クレイグ・モルガン氏)とともに開拓地の視察に向かった。
しかし、スカベンジ・ドレイクの縄張りに誤って侵入し、追われていた。警戒音を発し、我々は死を覚悟する。
その時だった。北の上空から地響きがし、索敵すると二キロ先にカテドラル・ドラゴンがスカベンジに向かって咆哮している。
カテドラルはスカベンジを縄張りへの侵入個体と判断したのか、噛みつき、遺跡に叩きつけた。
スカベンジは昏倒し、我々はその場に腰を落とす。
カテドラルに殺されると思ったのだ。
「やはり人間だったか。ワタシはお前たちを食したりなどしない」
彼が言うには人間は魔物より魔力が少なく、餌にもならない。
「ただ、憐れに思って気まぐれに助けた」のだと述べた。
クレイグは警戒を解き、剣を鞘に収めた。
「なぜ人間は、エンシェント・ドミニオンの死骸を切り取って、持ち帰る?」
私は研究のためだと答えた。
「ここに存在しているだけでは飽き足らず、真理を求め死骸を持ち帰ってまで短い命を何代もかけて『理解』しようとする?」
持ち帰った魔力粒子は、大地に還ることでこの世界を形作る栄養であるはずだ、とも付け加える。
私は言葉に詰まり、助手の顔を見るが首を振る。
魔力の根源を資源として利用することは、人類の発展のために不可欠な「倫理」であると信じてきたからだ。
しかし、それは本当なのだろうか。彼の問いの前では、これらの行為は単なる死体荒らしの所業ではないかと。
「お前たちは、忘れたのか。太古の昔、我らとお前たちは争った。その果てになにを得たのだ? 我らの血をすすり、骨を砕き、その果てに残ったのは、等しく灰ではなかったか」
やはり、私は答えられなかった。
そうだ。歴史書に記された英雄譚は、すべて後世の人間が作り上げた正当化の物語に過ぎなかったという見方を否定できなくなった。
慈愛に似た響きの中に、突きつけられた冷徹な言葉。
私は価値観の再評価を余儀なくされた。
最後に彼はこう宣言した。
「まぁ、よい。お前たちの作るものは面白い。遺跡に城、あれは小型のいい寝床になる。ワタシには小さいがな」
「だから見てやろう。お前たちがどれだけ進歩しようとも、我らは変わらず存在し続ける。我らの死骸から力を奪い尽くそうとも、我らは常に不動の主だ」
カテドラルは北の空へ帰っていった。
帰還後、私はドラゴンという存在を「管理すべき対象」ではなく、この世界を護るための「不動の守護者」として考えを改めざるを得なかった。
本事例は再現性が確認されていないが、記録として付記する。
本書の信頼性を損ねるかもしれないが、神に、そしてあのカテドラル・ドラゴンに感謝したい。
結論
ドラゴンは理解できる存在ではない。
しかし、その超越した存在に触れることは、人間という種族において、ある種の精神的な「変容」を強いるものである。
私がこの資料を執筆した真の目的は、諸君に討伐を促すことではない。
彼らという「天災」を、ただ静かに見つめ、畏れることの重要性を説くことにある。
最後にもう一度、警告する。
彼らと争うな。彼らの機嫌を損ねるな。
祈るほかない状況も存在する。
謝辞
本論文の作成にあたり、多くの方々にご指導いただきました。
王立冒険者ギルド教導局長
クレス・コッソフ氏には終始適切なご指導を賜りました。ここに深謝の意を表します。
本研究の遂行にあたり、快く協力いただいた「アビス・ストライダー」をはじめとする冒険者の皆様に、感謝します。
最後に、魔物研究室の皆様には、本研究の遂行にあたり多大なご助言、ご協力を頂きました。ここに謝意を表します。




