配信6回目 行方不明配信者と呪われたアーカイブ【後編】
落ちた先にあったのは、たぶん動画の中身なんかじゃない。
見られて、切られて、残されて、ぐちゃぐちゃにされたものの置き場だった。
そして今回も、終わったとは言えないまま朝になる。
暗い。
いや、真っ暗じゃない。
黒い空間のあちこちに、縦長のフレームが浮いている。
ショート動画みたいな、切り抜きサムネみたいな、でも全部が中途半端な光の板。
私は床みたいな何かの上に膝をついていた。
胸のところに、ぬいがへばりついている。
「また来たのう……」
「私も好きで来てない」
右の頬を触る。
感覚が薄い。
声を出すと、自分の声が半拍遅れて返ってきた。
「最悪」
「知っとる」
フレームの奥で、行方不明の配信者の顔が何度も切り替わる。
泣きそうな目。
笑わされた口元。
恐怖だけを抜き取られた喉。
人間が、サムネ素材にされて壊れていく。
「……ほんと、最悪」
その時、少し離れた場所に、小さな人影が立っていた。
淡い色の髪。
薄い輪郭。
足音のしない少女。
「また死んだの?」
静かな声だった。
責めるでもなく、驚くでもなく、ただ確認するみたいに。
彼女の名は玻璃。
死後側でだけ会う、静かな案内人。
こっちへ来るたびに会うわけじゃない。でも、会うと少しだけ安心してしまうのが悔しい。
「死んでない。たぶん半分くらい」
「それ、生きてる側の言い訳だよ」
「うるさいな、正論やめて」
玻璃はフレームの群れを見上げた。
「この子、もう一人じゃないね」
「分かるの?」
「うん。見られた断片が多すぎる。元に戻すより、今ある形のほうが長く見られてる」
私は息を呑んだ。
「……戻せない?」
「戻せるものもある。でも、全部は無理」
「全部って?」
「見た人の数だけ、別の形があるから」
それは静かな声だったのに、ものすごく怖かった。
玻璃は少しだけ遠くを指した。
「でも、いちばん太い線はまだあるよ。あれを止めないと、向こうでも増える」
「向こう、って現実?」
「うん。まだ繋がってる」
私は立ち上がった。
足元が揺れる。
ぬいが必死にしがみつく。
「行くの?」
「行くしかない」
「戻れるうちに戻ったほうがいいよ」
「分かってる」
「……ううん。分かってない顔」
玻璃はほんの少しだけ笑った。
「まあ、あなたそういう子だよね」
◆
現実側では、朔夜が容赦なく札を切っていた。
「逆探封鎖」
黒い文字列みたいな線が、モニターから伸びていた何本もの経路を断ち切る。
コメント欄の流れが一瞬だけ乱れた。
ミリアが舌打ちする。
「視聴経路まで止める気?」
「止める」
「数字が死ぬ」
「うるさい。今回は数字より先に人が死んでる」
「その台詞、あんたが言うと腹立つわね」
真琴さんの声が飛ぶ。
『海外ミラー一件、匿名掲示板の再掲三件、保存誘導リンク二件。全部は切れません』
「濃い入口だけ寄越せ」と朔夜。
『いちばん反応が集中してるの、メイン画面右上。サムネ自動生成箇所です』
「了解」
朔夜が銭原から買った黒釘を抜いた。
「原版追跡釘」
釘が、音もなくモニター右上の暗がりへ突き立つ。
瞬間、部屋中の画面が一斉に明滅した。
【え】
【今の何】
【切れた?】
【やば】
【まだいる】
【うしろ】
槙野さんが低く吐く。
「ほんとに毎回ろくでもないな……」
ミリアは自分のスマホを掲げたまま、半歩だけ下がった。
強がっているけど、さすがに見えている。
今ここにいるのは、配信映えする怪異じゃない。
映えだけで踏み込むと、こっちが素材にされる類のやつだ。
「夜見、そっちの子戻せる?」
「今戻してる」
「なら私が釣る」
「余計なことするな」
「余計じゃない。絵になる」
そう言って、ミリアはカメラを自分に向けた。
心底、業が深い。
「ほら。見たいんでしょ?」
その瞬間、画面の奥で、怪異の顔が一斉にミリアを向いた。
赤い口元。
強い目。
映える輪郭。
サムネ向きの女。
【そっち美人】
【こっちのが強い】
【赤い子の顔使える】
【笑って】
【もっと怖がって】
「っ、は……」
ミリアの表情が、初めてほんの少しだけ揺れた。
その隙に、朔夜が銀テープを放つ。
「逆再生封止」
再生バーが止まる。
巻き戻りかけていた画面が固まる。
さらに朔夜は札を二枚、モニターとノートPCに貼りつけた。
「複写返し」
画面の中で、何かがはじけた。
コメント欄が一瞬だけ白く飛ぶ。
その時、私は向こう側から“太い線”に触れた。
冷たい。
粘る。
視線の束みたいな、気持ち悪い糸。
「……これ、か」
行方不明の配信者の顔が、その線の奥でぐにゃりと崩れる。
“怖いところだけ”“使えるところだけ”“見たい顔だけ”に切り分けられて、もう一人分の形を保てていない。
「返せよ……」
私の口から、思わず声が漏れた。
「人の顔、勝手に抜くな」
掴んだ線を、無理やり引く。
右頬の感覚が焼けるみたいに戻ってくる。
ぬいが悲鳴みたいな声を上げた。
「無茶するでない!」
「だって、これ放っといたら!」
「知っとるわ!」
現実側で、朔夜が最後の札を切った。
「拡散停止」
部屋の中だけ、急に静かになる。
モニターのコメントが止まる。
ノイズが沈む。
視線の束が細る。
さらに、朔夜が冷たく言い切った。
「記録焼却」
黒い画面の縁から、じわっと火が回った。
炎じゃない。
記録そのものが、端から削られていくみたいな消え方だ。
フレームの中で、女の輪郭がほどける。
行方不明の配信者の顔も、少しだけ“人の顔”に戻る。
でも――完全には戻らない。
最後に、その顔が私を見た。
助けて、ではない。
ありがとう、でもない。
ただ、もう遅いと知っている人の目だった。
そこで、線が切れた。
◆
目を開けた時、私は現実の床に寝かされていた。
「げほっ……!」
肺が痛い。
喉が焼ける。
頭が割れそう。
朔夜が、ものすごく嫌そうな顔で私を見下ろしていた。
「戻ったか」
「言い方が雑」
「死んでないだけマシだ」
「それ慰めになってないから」
私の胸の上で、ぬいがぺたりと潰れている。
「……もういやじゃ」
「それはこっちの台詞だよ」
部屋は静かだった。
再生バーは止まっている。
コメント欄も消えた。
黒い画面には、もう何も映っていない。
でも、行方不明の配信者はいなかった。
槙野さんが低く言う。
「……現場は閉じた、でいいんだな」
「ここはな」と朔夜。
「ここは、って言い方やめて」
「嫌なら現実を変えろ」
「お前は言い方を変えろ」
真琴さんの声が端末越しに返る。
『拡散元のいちばん濃いところは焼けました。でも……』
「でも?」
『残ってます。海外ミラー一件。匿名掲示板の再掲ログ複数。あと、ローカル保存の痕跡が数件』
「……やっぱり」
『はい。完全削除はできてません』
部屋の空気が、そこで少し重く沈んだ。
今回、負けたわけじゃない。
今ここにいた人間は守れた。
現場の増殖も止めた。
でも、完全に終わってない
それが、一番嫌だった。
ミリアが壁際でスマホを見ていた。
いつもなら勝ち気に何か言うはずなのに、妙に静かだ。
「……ミリア?」
私が呼ぶと、彼女は返事をしなかった。
ただ、顔色が少しだけ悪い。
「どうしたの」と言いかけた、その瞬間。
「ひ……っ」
ミリアが、小さく息を呑んだ。
スマホの画面に、配信アプリのサムネ自動生成欄が開いている。
そこに映っていたのは、ミリア本人だった。
でも、今の顔じゃない。
もっと青白くて、目が開ききっていて、口元だけが不自然に引きつっていて――明らかに死に顔だ。
しかも、画面の端に、再生数予測みたいな数字まで出ている。
「なに、これ……」
ミリアの声が、そこで初めて本当に震えた。
「それ、撮ってないでしょ」と私。
「撮ってない」
「自動生成?」
「……違う。こんなの、候補に入れてない」
朔夜が一歩だけ近づく。
ミリアは反射的にスマホを隠しかけて、でも隠しきれなかった。
「見せろ」
「やだ」
「見せろ」
「……っ」
朔夜が画面を一瞥した瞬間、眉間に皺が寄る。
「残滓だな」
「冗談でしょ」
「冗談ならよかったな」
「よくない!」
そのやり取りの最中にも、画面のサムネ候補が一枚、また一枚と自動更新される。
全部、ミリアの死に顔だ。
角度違い。
寄り。
引き。
少し笑って見えるものまである。
【この顔伸びる】
【赤い子やば】
【使える】
【次これで】
【こっちのが強い】
「……っ、消して」
ミリアが、今度ははっきり言った。
強がりじゃない声だった。
「消してよ、それ」
「今は無理だ」と朔夜。
「は?」
「この場の入口は閉じた。でも、残った断片まで今すぐ全部は切れない」
「ふざけ……」
「ふざけてない。だから最初から言ってる」
朔夜は冷たく言った。
「ネットに乗った怪異は、現場だけ焼いても終わらない」
その言葉で、ミリアがほんの少しだけ黙った。
悔しそうで、怒っていて、それでも、ちゃんと怖がっている顔だった。
私はその顔を見て、少しだけぞっとした。
あのミリアが、本気で引いてる。
それが逆に、この怪異がまだどこかに生きてる証拠みたいだった。
◆
事務所に戻った時には、もう日付が変わっていた。
ソファに沈み込む。
体が重い。
頭が痛い。
今日も最悪だ。
ぬいは私の腹の上で丸くなっている。
「……わし、今回はようやったと思う」
「ちょっとだけね」
「褒めてもよいぞ」
「あとでコンビニのプリン」
「よし」
朔夜は机に請求書らしき紙を置きながら、何食わぬ顔でコーヒーを淹れている。
やっぱり性格が終わってる。
――でも、コンビニプリンで許せちゃう自分。はぁ。
スマホが震えた。
真琴さんからメッセージ。
短い一文だけ。
『まだ一本、残ってます』
その下に、URL。
文字化けしたみたいな、気持ち悪い羅列。
再生数はゼロ。
でもサムネイルだけが表示されていた。
そこに映っていたのは――今日、助けられなかった行方不明配信者だった。
真っ黒な背景。
カメラのこっちを見る目。
そして、その後ろの暗がりに、ほんの少しだけ、私の顔が混ざっていた。
「……は?」
喉が冷える。
次の瞬間、別の通知が来た。
差出人不明。
件名は一言。
**続き、見つけた**
スマホを取り落としかけた私の手首を、朔夜が掴んだ。
「見るな」
「もう見た」
「それ以上だ」
「でも」
「今は閉じろ」
その声は低かった。
怒ってるんじゃない。
本気で止めてる声だ。
私は唇を噛んで、画面を伏せた。
見なかったことには、ならない。
閉じたからって、消えるわけでもない。
きっと、どこかにはまだ残っている。
誰かの保存フォルダ。
どこかのミラー。
切り抜きの残骸。
もう知らない誰かの端末の中。
現場は閉じた。
でも、怪異はたぶん、まだネットのどこかでこっちを見ている。
だからこの話は、たぶん、解決していない。
それが、一番いやだった。
■今回の登場人物
・影森ゆら
死にたくないのに、今回も境界の奥へ半分落ちた女子高生。ツッコミ担当兼、怪異の核に触れてしまう役。
・夜見朔夜
金と数字を燃料に術を行使する怪異相談屋。今回は《原版追跡釘》》まで持ち出したので、たぶん本気で嫌だった。
・ぬい
口の悪い半寄生霊獣。今回はちゃんと役に立ったが、本人は二度と行きたくないらしい。
・槙野 恒一
警察側の窓口。説明不能案件を事件化できない苦労人。
・銭原 呪助
高危険度案件用の呪物を売る、最低だが本物も持っている呪物商人。今回も足元を見ていた。
・紅坂ミリア
怪異系配信者。今回も案件を荒らしに来たが、最後に自分の“死に顔サムネ”を見せられて、さすがに本気で引いた。
・毒島 真琴
編集・切り抜き・炎上管理担当。今回もっとも現代的な意味で恐怖を理解していた人。
・玻璃
死後側の静かな案内人。戻れる線をゆらに示した。
■今回の話の解説
後編では、死後側で見えるものと、現実側で止められる限界をはっきり描きました。
今回は現場の被害拡大は止めていますが、ネット上に散った断片までは消し切れていません。
つまり、勝ってはいないけれど、負けきってもいない。そういう嫌な着地です。
また、ミリアに自分の死に顔サムネを見せたことで、“見せる側”の人間ですら簡単に“素材にされる側”へ落ちる怖さを強めています。
この怪異は、たぶんまだ終わっていません。




