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影森ゆらは今日も死ぬ ――死後も無理やり働かされます  作者: 勇者ヨシ君
第一章 死んでからが勤務時間――蘇生費は給料から引かれます
6/10

配信5回目 行方不明配信者と呪われたアーカイブ【前編】

削除済みのはずの心霊動画から、また一人いなくなった。

しかも今回は、消したはずの怪異がネットのどこにも消えていない。

安物で済ませようとした時点で、たぶんもう終わっていたのかもしれない。

 蘇生の次の日は、だいたい最悪だ。


 頭の奥に鈍い鈴でも仕込まれてるみたいに重いし、喉は焼けたあとみたいにひりつくし、全身がうっすら他人の体みたいに遠い。

 私は夜見よろず相談事務所のソファに沈み込んだまま、スマホを顔の上にかざしていた。


「……これでよくない?」


「よくない」


 即答。

 机の向こうでコーヒーを啜っていた夜見(よみ)朔夜(さくや)は、私の画面すら見ずに言った。

 この男、顔だけは今日も無駄にいい。


「だって見てよ。“霊障対策スターターセット”。塩、護符、浄化済みUSB、怪異避けスマホシールつき」

「レビューを読め」

「読んでるよ。“効きました。夫の浮気も止まりました”」

「知らん」

「“高波動ノイズカット・リングライト”」

「閉じろ」

「“除霊済みマイクカバー”」

「閉じろ」

「“呪いに映えないサムネ補正フィルム”」

「今すぐ閉じろ」


 私の膝の上で、ぬいがぽてっと転がった。


「それ、本当に買う気じゃったんか」

「買う気っていうか、(わら)にもすがりたいっていうか」

「藁のほうがまだ効く場合もある」


 言い返そうとしたところで、事務所の共有端末が鳴った。

 画面に映ったのは、眠そうなのに目つきだけ妙に鋭い女だった。


「それ全部だめです」


 出た。

 毒島(ぶすじま) 真琴(まこと)

 配信編集、切り抜き、炎上管理担当。怪異より炎上を怖がるタイプの現代人。たぶんこの街で一番、コメント欄に絶望している人だ。


「今、安いので済ませようとしてました?」

「努力はした」

「努力の方向が終わってます」


 真琴さんは淡々と端末を操作しながら続けた。


「行方不明になった配信者、最後に触ってたの、前回と同系列の削除済み動画です」

「削除済みなんでしょ?」

「だから危ないんです」


 その言い方で、ソファの温度が少し下がった気がした。


「元データは消えてるのに、派生だけ残ってる。切り抜き、画面録画、匿名掲示板の再掲、ローカル保存、海外ミラー。全部で微妙に中身が違うんです」

「……きっしょ」

「はい。かなり」

「それ、動画じゃなくない?」

「もう動画じゃありません。増殖条件を獲得した記録です」


 嫌な言葉だ。

 でも、すごく分かる。

 前回燃やしたはずの“切り抜き怪異”が、まだどこかで口を開けたまま残っている気がして、背中が冷えた。


 その時、朔夜のスマホが震えた。

 画面を見た瞬間、あからさまに嫌そうな顔になる。


「誰」

槙野(まきの)


 その名前だけで、空気が少し現実寄りになる。

 槙野 恒一。警察側の窓口。怪異という言葉を使いたがらないくせに、説明不能案件だけはこっちに流してくる苦労人。

 朔夜が通話を取った。


「……ああ。聞いてる。部屋は?」

 数秒の沈黙。

「争った形跡なし。本人だけ消失。モニターはついたまま。再生履歴は空。なのにバーだけ進む……は、最悪だな」


 私は半分だけ起き上がった。


「もう嫌な予感しかしないんだけど」

「失踪者が出た」

「それをサラッと言うな」

「サラッと言わないと重すぎる」


 そう言って、朔夜は私のスマホを奪い取り、通販ページを閉じた。


「安物で済むなら、とっくに済ませてる」

「いや、さっきちょっと探してたじゃん」

「確認だ。期待はしてない」


 それから、ものすごく嫌そうに言った。


「こういう時だけ、本物しか効かない。……銭原のとこ行くぞ」

「出た」

「名前からして嫌」

「安心しろ。中身は名前よりひどい」


 ――嫌な安心をするな。


 ◆


 銭原(ぜにはら) 呪助(じゅすけ)の店は、裏路地のさらに奥、雑居ビルの三階にあった。


 昼なのに薄暗い。

 階段は湿っている。

 壁には剥がれた護符と、何に使うのか分からない古い広告。

 途中の踊り場には片方だけの革靴。

 帰りたい。


 扉を開けた瞬間、線香とも薬品とも鉄錆ともつかない匂いがした。


「おお、夜見はん。えらい貧乏くさい顔しとるやん」


 出た。

 派手な柄シャツにくたびれたジャケット、金歯、片耳ピアス、笑ってるのに目だけ全然笑ってない男。

 胡散臭さを人型にして、そこへ関西と九州を雑に流し込んだみたいなやつ。


「金を使わせに来る相手に会えば、誰でもこうなる」

「冷たいのう。お嬢ちゃんもおるやん。今日も死にかけとる顔しとる」

「死にかけじゃなくて、だいぶ死んだあとです」

「ええ買い手や」

「最低」


 ぬいが私の肩の上で小さく唸る。

 銭原はそっちを見てにやっとした。


「ほう。寄生霊獣つき。欲張りセットやな」

「売るなよ」と朔夜。

「まだ言うとらんやろ」


 言う気だったんだ。


 朔夜が用件だけを切り出す。


「アーカイブ怪異だ。削除済み媒体から派生してる。失踪者一名。拡散済み」


 その瞬間だけ、銭原の笑いが少し薄れた。


「……あー。そら安もんじゃ無理や」

「だから来た」

「ならこれやな」


 銭原はガラスケースの奥から、黒い釘と、銀色の細いテープ、それから墨文字の札を取り出した。


「《原版追跡釘(オリジン・スパイク)》》。複写呪いの最初の傷ば辿る」

「高いんでしょ」

「高い」

「うわ素直」

「《逆再生封止(リバース・ロック)》》。再生、逆再生、巻き戻しを止める。これも高い」

「でしょうね」

「《複写返(コピー・リジェクト)》し》。増殖拒否。二枚は要る。ちょい高い」

「“ちょい”の基準を言え」

「命より安い」

「毎回その言い方なんなの?」


 銭原は肩をすくめた。


「消した、は通らんよ。見られた時点で、もう持ち帰られとる。ネット怪異はそこが質悪い」

「……終わるの?」

「終わらせる道具はない」


 さらっと言われて、店の奥が一段冷えた気がした。


「止める道具ならある。追う道具もある。でも()()()()()んは別や」

「言い方が最悪」

「商売人やけん」


 結局、今回の持ち込みはこうなった。


 《原版追跡釘(オリジン・スパイク)》》

 《逆再生封止(リバース・ロック)》》

 《複写返(コピー・リジェクト)》し》×二

 《既視遮断膜(デジャ・フィルム)》》

 《還呪杭(リターン・ステイク)》》×二

 《黙祓布(サイレント・クロス)》》


 値段を見た瞬間、私はほんのり死にたくなった。

 いや、もう何回か死んでるけどそういう意味じゃない。


「高っっっ!?」

「学割つけたる」

「何その地獄みたいな響き」

「呪い増しで」

「帰れ!!」


 ◆


 行方不明配信者の部屋は、繁華街から少し外れたワンルームだった。


 昼なのに薄曇り。

 廊下の窓は白く濁っていて、安い賃貸の扉だけが妙に軽い。

 なのに、その前に立っただけで空気が重い。


 槙野さんが腕を組んだまま言った。


「これはまだ事件じゃない。……そういうことにしてある」

「失踪者がいるのに?」

「証拠が足りない。説明もつかない。だが、二人目が出たら隠しきれん」


 中に入ると、部屋は妙に整っていた。


 配信ライト。

 マイク。

 ノートPC。

 外付けモニター二枚。

 飲みかけのペットボトル。

 椅子だけが少し引かれている。


 そして――再生していないのに、モニターの再生バーだけがじわじわ進んでいた。


「うわ」


 画面は黒い。

 でもコメント欄だけが流れている。


【まだいる?】

【見えてる見えてる】

【そこ違う】

【もっと右】

【笑った?】

【今の顔やば】


 私は首元に《黙祓布(サイレント・クロス)》》を引き寄せた。

 耳の奥で、小さな拍手みたいな反響がする。嫌だ。


 朔夜が低く言う。


「《権限接続(アクセス・ライン)》》」


 空気が少しだけ張り詰めた。

 朔夜が部屋全体に干渉権限を通す。こいつの技は、毎回いちいち名前が格好いいのが腹立つ。


「ゆら。画面は直視するな」

「言うの遅」

「今言った」

「最悪」


 その時、廊下の向こうから、聞き覚えのある高いヒールの音がした。


「……あー、やっぱり来てた」


 真っ先に嫌そうな声を出したのは真琴さんだった。

 振り向かなくても分かる。

 来た。案件荒らし。


「夜見、まだそんな地味な現場やってるの?」


 赤と黒がよく似合う女が、スマホを片手に立っていた。

 長い髪、強い目元、アクセまで“見せる”ために作られてるみたいな派手さ。

 紅坂(べにさか)ミリア。

 同業の怪異配信者。朔夜を好きすぎて、ついでに私を敵視して、案件すら映えで荒らす最悪の女。


「封鎖前に入るな」と槙野さん。

「公務執行ってやつ? でもまだ事件じゃないんでしょ?」

「お前な……」

「数字は待ってくれないの」


 ミリアは私を見て、口元だけで笑った。


「へえ。その子が例の“よく死ぬ子”?」

「紹介の仕方どうなってんの」

「趣味変わった? 夜見」

「黙れ」と朔夜。

「嫉妬?」

「違う。邪魔だ」


 真琴さんがイヤホン越しに、心底うんざりした声を出す。


『あの人の配信、コメント欄がもう燃えてます。やめさせてください』

「無理。やめるタイプに見える?」と私。

『見えません』

「でしょ」


 ミリアは部屋の暗がりを見回しながら、すっと表情を変えた。

 こいつは嫌な女だ。

 でも、本物を前にした時だけ、ちゃんと目が仕事になる。


「……いるわね」

「いるから来てる」と朔夜。

「で、どこから食べてる?」

「まだ絞ってる」

「遅いじゃない」


 その瞬間だった。


 黒い画面に、ふっと女の顔が浮いた。

 いや、顔じゃない。

 顔の()()だ。


 泣きそうな目。

 笑っている口元。

 驚いて振り向く横顔。

 怖がっている喉の筋。

 全部が別々のタイミング、別々の角度で、無理やり一枚に縫い合わされている。


「っ……」


 息が止まる。


 そして、その顔の奥にもう一つ、別の顔が混ざっていた。

 行方不明の配信者だ。

 でも“本人”じゃない。

 もっと都合よく切り抜かれた、怖がる瞬間だけを集めた素材だ。


「……これ、動画を見てたんじゃない」

 思わず声が出る。

「動画の中に、編成されてる」


 朔夜の目が細くなる。

 真琴さんの声が端末越しに低くなった。


『正解です。コメント欄が今、同じワードで偏ってます』

「何」

『“もっと見たい”“その顔固定”“泣いてるところだけほしい”』

「最悪」

『はい。視聴者側の欲望で再構成されてます』


 つまり、今回の怪異は前回の続きでありながら、もう別物だった。

 最初の霊がどうとかじゃない。

 見たい顔だけを抜き、怖い瞬間だけを保存し、伸びるサムネだけを残した結果、輪郭そのものが壊れて増殖した怪異。


【その子もかわいい】

【泣き顔ほしい】

【今の黒髪の子アップで】

【サムネ向き】

【右の子もいい】


「……は?」


 コメント欄に、私への反応が混ざる。

 嫌な寒気が走った次の瞬間、右の頬の感覚がふっと消えた。


「え」


 壁際のモニターに、私の口元だけが映っていた。

 笑っていないのに、勝手に笑ってる形に固定されている。


「っ、やば……」

「ゆら!」と朔夜。

「《位相固定(フェイズ・ロック)》》」


 けれど、その前に、足元の床が一段ぶれた。


 世界がずれる。

 耳鳴り。

 ノイズ。

 拍手。

 再生バー。

 サムネ。

 黒いフレーム。


 完全に死んではいない。

 でも、生きてる側から半歩だけ滑った。


 落ちる、と思った瞬間、私は反射的に《還呪杭(リターン・ステイク)》を握りしめた。

 冷たい感触が掌に食い込み、現実と向こう側のあいだに、細い一本の帰り道みたいなものがかろうじて残る。


「ゆら!」


 朔夜の声が遠い。

 ミリアの舌打ちも、真琴さんの焦った声も、槙野さんの怒鳴り声も、全部まとめて水の底みたいに鈍くなる。


 黒いフレームが、私の足元から開いた。


 その奥で、誰かがまた笑った気がした。


挿絵(By みてみん)



■今回の登場人物


影森(かげもり)ゆら

 死にたくないのに、今回も危ないところに真っ先に引っかかる女子高生。今回は右頬の感覚を持っていかれた。


夜見(よみ)朔夜(さくや)

 金と数字を燃料に術を使う怪異相談屋。今回は珍しく最初から本気で嫌そうだった。


・ぬい

 口の悪い半寄生霊獣。今回も文句は多いが、ちゃんとついてきた。


槙野(まきの) 恒一(こういち)

 警察側の窓口。説明不能な失踪案件を、ぎりぎりのところで外に出さずに抑えている苦労人。


銭原(ぜにはら) 呪助(じゅすけ)

 胡散臭いが本物も持っている呪物商人。今回も高危険度案件用の品を容赦なく売りつけた。


毒島(ぶすじま) 真琴(まこと)

 編集・切り抜き・炎上管理担当。ネット怪異の嫌さを最初に言語化した人。


紅坂(べにさか)ミリア

 怪異系配信者。今回も勝手に乱入してきたが、現場の空気がおかしいこと自体はすぐに察した。


■今回の話の解説


 前編では、「燃やしたはずなのに終わっていない」不穏さと、ネット怪異の構造説明、新キャラ導入を中心に置きました。

 特に今回は、ただの幽霊動画ではなく、「見たい顔だけを切り出す視線そのもの」が怪異を育てている、という構造が肝です。

 ラストは、ゆらが半歩だけ向こう側へ滑るところで切っています。

 後編では、死後側で見えるものと、現実側で止められる限界がはっきりしてきます。

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少しでも気になっていただけたら、作品ページものぞいていただけると嬉しいです。

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