聖邪の矜持。~世界救済の勇者パーティーと、追放された素性不明の魔法使い~
あとがきもよろしくです_(:3 」∠)_
「おい、ヴェイン。結局、お前は何者なんだ」
「国王陛下より、勇者様御一行の補佐をするように命じられた者にございます」
「それは知ってる! 俺たちが訊いているのは、お前がどこの誰で、いったい何が目的で旅に参加しているのか、ってことだよ!!」
「ふむ……?」
――世界救済の勇者パーティーには一人、素性不明の者がいる。
国王の肝いりで、仲間に加わった彼の名前はヴェイン。勇者の身内で固められた一行の中で唯一、魔法使いであること以外の情報が開示されていなかった。
かれこれ一年に渡って旅をしてきたが、そのことにヴェインを除くすべての者が不満を抱いている。だが肝心の魔法使いは首を傾げるばかりで、核心的な内容は口にしなかった。
「何が目的か、ですか」
「当たり前だろ! 国王陛下の命であったとしても、理由も明かさずに命を懸ける戦いに身を投じる酔狂な奴なんて、信じてたまるものか!!」
「そのようなこと、些事に思いますが?」
「うるさい! それに、それ以外にも理由はある!!」
ヴェインの態度に、痺れを切らす勇者は続ける。
「先日の盗賊討伐の際のことだ。どうして町の者たちからの報酬を無碍にした? 俺たちは相応の働きをしたのだから、受け取るのが道理というものだろう!」
「そのことですか。それについては、貴方も同意したと思っていました」
「そんなわけがない!! あれは相手の厚意を無為にする行いだ!!」
肩を竦める魔法使いに、勇者はさらに激昂した。
そして感情そのままに唾を飛ばしながら、こう宣言するのだ。
「お前のような素性も分からない男をこれ以上、パーティーに入れていてたまるか! 魔法使い、ヴェイン! 貴様は本日を以て、この勇者パーティーから――」
目を血走らせ、肩で息をして。
ヴェインの眉間に指を突きつけながら。
「追放する……!!」――と。
◆
――それから、一ヶ月が経過した。
勇者一行は国王の肝いりという重荷を脱ぎ捨てて、晴れやかな気持ちで旅を続ける。戦力的にも大きな問題はなく、行く先で誰か、新しい人材を見つければ良いと考えていた。
その只中で勇者たちは、ある貧しい村に立ち寄ることとなる。
そこでは現在、魔物の襲撃を受けて作物がろくに育てられない、という問題が発生していた。
「なるほどな。それなら、俺たちに任せてくれ」
「おぉ、勇者様! そのお言葉は、本当でございましょうか!?」
村長に気さくな声をかけた勇者。
その言葉に対して、長は感極まったように声を潤ませた。
彼ら勇者の力が噂に違わぬものであるなら、あのような魔物は取るに足らないはず。事実として、その村の周囲に棲むとされるのは、下級の冒険者でも相手可能だった。
それでも金も人材もない村では、人手を集めることもできない。
ただあるのは、痩せた大地で採れる僅かながらの作物だけであった。
「あぁ、なんということか。この御恩、どのように――」
――であれば、いかにして勇者への恩を返すべきか。
村長は痩せ細った手を擦りながら、涙を流して考えるのだった。
そんな彼に向かって、勇者は満面の笑みを浮かべてこのように伝える。
「なに、たいした礼は要らないさ。とりあえず、倒してくる」
「ありがとうございます。ありがとうございます……!」
何度となく頭を下げる村長。
しかし、そんな相手を見る勇者のそれは不敵なものに変わっていた。
◆
「そ、そんな……! 礼は要らぬ、そう仰ったではないですか!?」
「『たいした礼は』って、話だっただろ?」
果たして魔物は討伐され、村には平穏が訪れた。
だが村長の表情は曇っている。その理由は、勇者の要求にあった。
「い……いや、しかし我が村はいま、食糧が困窮しておるのです! 作物は魔物に荒らされ、とても勇者様にお渡しできるものは――」
「備蓄してある食糧で良い、って言ってるだろ? これから頑張って作物を育てれば、来年からは良いものが収穫できるはずだ。それ食えば良いじゃねぇか」
「で、では……それまで村人は、飢えをいかにしのげと……!?」
「あ……? 作物がないなら、他所から買えば良いじゃねぇか」
そう言いながら、勇者一行は倉庫にある作物を運び出す。
村長が力で敵うわけがなく、無理な話を突きつけて彼は笑っていた。その行いはもはや強盗とも受け取るに近いものであり、横柄という言葉が相応しい。
ただ、それが始まったのは何もいま、というわけではなかった。
「……ったく、それにしてもシケてんな。どれも実が小さいのばかりだ」
「う、うぅ……! まさか、あの噂が事実だとは……!」
村長は信じ難いとばかりに言いながら、膝をついてうな垂れる。
勇者一行には、きな臭い噂があったのは事実だ。旅の者曰く、その街や村の人々に無理な要求をしては、半ば強引にものを奪っていくという。
だが世界救済を謳う者たちが、そのような悪行を働くものか。
そう思っていたのは、間違いだった。
「あ、悪魔……! 貴方たちは、悪魔だ……!」
「は? 勇者だっての。文句があるなら、勝手に言ってろ」
長の言葉は、しかし勇者に響くことはない。
それどころか吐き捨てるようにそう言い残して、馬車を走らせるのだ。
果たして蓄えを失った一つの村は、飢餓に苦しむことになる。
しかしタガの外れた勇者たちに、良心の呵責は欠片ほどもないのだった。
◆
「まったく、俺たちを誰だと思ってんだろうな?」
「そうよねぇ? シケた報酬しか出せないのに目を瞑って、我慢してやってるのにさ!」
「ホントに、タダ働きなんて御免だぜ。あの魔法使いを追放して正解だな」
馬車に揺られながら、勇者と仲間の二人は言葉を交わす。
一人は治癒術師、もう一人は戦士だった。彼らは勇者の言葉に同意をし、ケタケタと意地悪く笑う。国王の肝いりという魔法使い、ヴェインの追放以降、彼らの旅は不必要に快適なものになっていた。そこにはもう世界救済など、単なる立て看板にすぎない。
手段と目的が反転した勇者一行は、完全に道を誤っていた。
それを彼らは理解しているのか。
いいや、そのようなことは最初から承知の上だった。
それに苦言を呈していたのがヴェインであり、足枷となっていたのだ。
「さて、次はどこに行く? そろそろ、金がほしいな」
「だったら、貴族がいる街にしない?」
「そうだな! 臭い寝床は、もう勘弁だぜ!!」
周囲の目など、気にもしない。
大義名分のもとに行われる残虐な所業は、誰にも止められなかった。止められるはずがないと、誰もが思うのだ。何故なら彼らは、世界救済を託されるに足る実力者だから。
しかし――。
「おっと、なんだアイツ……?」
そんな彼らの乗る馬車の前に、一人のフードを被った男性が立ちはだかった。
急停止するそれから飛び降りた勇者は、首を傾げながら男に言う。
「おい、邪魔だろ。どいてくれねぇかな、そこのボンクラ」
「………………」
だが、その男は何も言わずに剣を構えた。
その様子を見て残りの二人も馬車を降りてきて、苦笑する。
「なんだ、コイツ……マジ? 俺らが誰か分かってねぇの?」
「良いんじゃない? ダサい盗賊一人、タダで殺しても」
「そりゃそうだな!」
そして、各々に得物を構えた。
一対三の圧倒的不利な状況ではあるが、しかしフードの男性は引き下がらない。そのことに勇者が微かな違和感を抱いた。その直後だ。
「――がっ!?」
「な……!」
目の前から男の姿が掻き消え、戦士の短い悲鳴が聞こえたのは。
驚き振り返ると、そこには首からおびただしい血を噴き出す彼の姿。驚愕する勇者と治癒術師だが、その隙を見逃す相手ではなかった。
瞬きの間に、一気に距離を詰めたフードの人物は――。
「――ぐ、う!?」
次に、その剣を治癒術師の腹部に。
貫いたかと思えば、迷うことなくそれを引き抜いてみせた。治癒術師は血の塊を吐き出し、何とも呆気なく絶命する。そして残るのは、勇者だけ。
彼は剣を引き抜いて構えるが、その足腰は惨めなまでに震えていた。
相手が一歩近づくたびに、また一歩後退する。そして、
「あ、あ……!!」
そんな情けない声を漏らしながら、尻餅をつくのだ。
フードの男性を見上げる形となってようやく、その顔を垣間見る。
「お、まえ……!? まさか、ヴェイ――」
見覚えのある顔に、勇者は喉を震わせ。
そして、その名を口にしようとした瞬間だった。
「か、はぁ……!?」
「申し訳ございません、勇者様。これも命ですので」
迷うことなく。
そのフードの男性――ヴェインが、彼の胸に剣を突き立てたのは。それにより悪行を重ねた勇者は命を絶たれ、すべてに幕を閉じられた。
しかしフードを脱いだ元魔法使いに、笑みは一つもない。
それどころか、淡々とした様子で馬車の中を確認して言うのだった。
「そこの馭者。この作物は、元の村に返すように」
「ひ、は……はい……!」
そして、踵を返して立ち去ってしまう。
まるで勇者の死に、欠片ほどの興味もないかのように。
◆
――果たして作物が戻り一件落着。
しかしその場に、ヴェインの姿はなかった。
「事は済んだか、ヴェインよ」
「……はい、国王陛下」
彼の姿は、王城の謁見の間に。
国王にかしずくヴェインは、静かに事の子細を報告した。
すると国王は何度か頷くと残念そうに、しかし満足げに言う。
「毎度のことながら、お前には汚れ仕事ばかりだな」
「いえ、お気になさらず。私もこの役割には、慣れております」
するとヴェインは淡々と答え、おもむろに立ち上がった。
そして、踵を返しその場を去ろうとする。
「待て、ヴェイン。何故、お前は汚れ仕事を請け負う? 褒美も求めず、その手を血に染め続けるのだ?」
「………………」
だがそんな彼に、国王は一つ訊ねた。
するとヴェインは立ち止まり、肩越しに国王を見やる。
「今日はひとまず、その答えだけを聞こう」
そして、そんな相手の言葉に眉をひそめながら。
彼はただ一言だけ応えるのだった。
「強いて言えば、ではありますが――」
あくまで、淡々とした口調で。
「これが私の矜持、でございますから」――と。
思い浮かんだ話を書きました。
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