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慈悲

     ……………


「皆、気を付けるんだ! 前には天出仁、後ろにはミサキさんだったもの、挟み撃ちの形だ!」


 ヨシノリの声に魔術師たちの飛翔は速度を高め、何とか山口コウの怒涛の超特急がごとき速度に追いつこうとする。

 

 一方、当の山口コウは自身の魔術を頼りに天出仁を追って家々を破壊し最短距離を詰めていた。彼を導くその魔術結合はあの龍を追った際にも利用していた山口コウの秘技である。


――『鬼さんこちら《タップダンス》』……。

 俺が勝敗を認識していない戦いから逃亡した相手に対して効果を持つ追跡能力……!

 天出仁との決着はついていねえ、あの赤フードのふざけた魔術師にぶっ飛ばされ、かち合って以降、俺の魔術は奴を追い続けていた……!

 奴は、もう、近いッ!!!!


 彼はラストスパートの如く、目の前の民家へと全力のタックルを仕掛ける。


 バターの様に壁は裂け轟音と共に家屋は破壊される。土埃が舞い上がり瓦礫が崩れる中、月下の闇夜に山口コウの姿が現れる。その額には人差し指が当てられ、彼の身体は完全に静止していた。


 その指の主は天出仁。彼は呆れた様子で山口コウを見て語る。


「もう少しゆっくり生きようぜ……。まだ、早いと思うんだ、私達の出会いはさ」


 山口コウは何も言わず、彼の呼吸音一つが口から洩れる。


「コッ!!!!!」


 その瞬間、天出仁のこめかみへ鋭いハイキックが繰り出される。

 天出はその攻撃の命中位置を正確に魔力防御しながらも、その攻撃を受け入れて吹き飛んでいく。攻撃の凄まじい勢いを利用した逃走である。

 だが、山口はその脱出の意図を見逃さない。彼はそれを追って、走りだす。


――残念だったなッ! 俺の速度はお前を圧倒的に凌駕している!


「食らえ」


 殴られた勢いのまま戦線離脱を図っていた天出仁だったが山口コウはその健脚で先に回り込み、天出仁を地面に叩き付ける様な豪快な拳を頭に叩き込む。

 だが、彼はその拳が触れた瞬間、自身に呪いが降りかかる感覚を覚える。天出仁の呪物『岡鯉沫惚心中草子《岡惚れ誣告の指切り遊び》』の霊体が彼の身体をしっかりと捕まえ、動きを止められる。


 天出仁はぴたりと全身の動きの止まった中でも足掻こうと声を漏らす山口を見て真顔で言葉を添える。


「君はもしかして、『あの子』が『変異』したことについて怒っているのかい……?」


 山口コウはその言葉に天出を睨みつけ、より一層もがこうとする。

 その様子に天出仁は一つの笑いもくれず、残念そうな一言を発する。


「あの子は……。私には助ける術はなかった。私には、ね」


 その言葉に一瞬、山口は動きを止めた。だが、すぐに更なる力を以て拘束に対して頑強に抵抗を開始する。

 天出仁は一切の笑みなく、呪文の詠唱を行う。


『遊びはお終い、なんて裏切り、許されるはずはなし。愛しい貴方と共に眠ろう』


 山口コウの身体に抱き着いていた霊魂が鋭い刃を立てるような衝撃を連続して放つ。圧し潰すような締め付けと切り刻むような衝撃波、その二つが彼の身体をしばらく襲う。

 ギリギリと凄まじい圧力で鋼鉄を曲げるがごとき音と、刀剣が鋼鉄の鎧に弾かれるような音が鳴り響く。時おり、みしりと骨にひびが入るような音が鳴る。

 だが、山口コウの身体は頑強にその攻撃を耐え、血を滲ませながらも霊の消失まで耐え抜いた。

 そして解放された彼は、息も絶え絶えながら、拳を振り上げて腹の底より声を上げる。


「テメエの言うことなど、誰が信じるかッ! 嘘を言うなァアアアアアアッ!」


 彼の鬼気迫る勢いが込められた拳は、しかし天出仁に届くことは無く、全て彼の予知によって最低限度の動きにより避けられる。


 天出仁の華麗なる足技は時に重力を無視するような常人離れした体幹と羽のように軽やかな動きが織りなすものであり、それは関節や体内の各所で数ミリグラムの魔力を細胞レベルで制御することで成立した神業であった。

 そして彼は連撃の最中も話す事を辞めない。


「君だってわかっている筈だ。この街にある肉塊、それが元々人間であり、この街は呪いによってこのような状況が起きているということを。そして、肉塊となった人間のほとんどすべては非魔術師。もちろん先程の西園寺ミサキさんのような例もあるが、この状況だ。例外として見た方がいい。そうしてみると、君が出会ったあの『少年』はなぜ一般的な人間でありながら無事だったのか?」


 山口コウは連打を続けながら、身体の無数の切り傷が熱を帯び、自身の身体が凄まじい熱気にあふれていることを感じる。しかし、彼の脊髄と神経は凍ったように冷たい感触が支配していた。それは彼にとってあまりない経験だった。


「やめろ」


 その言葉に、天出仁は言葉を止めることは無く、しかし答える。


「この呪いは『感染型』。感染から発症まである程度の猶予がある。本来は数分であるものの、ある条件があればそれを引き延ばすことができる」


「やめろ……!」


「その一つが魔力。身体から抵抗力としての魔力が一定以上溢れる者はこの呪いに抵抗できる。それほどに繊細な呪いだ。あの子はそのおかげで生きながらえていた」


「やめろッ……!」


「だが、あの子は、流石に急速に自身の魔力を拡大させることはできなかった。それは当然、多くの人間は、この私を含めて、1g最大魔力量を挙げるだけでも至難の技。長い長い時間がかかる。それなのに彼が生きながらえていたのは君が傍に居たから……」


「やめろおおおおおおおおおおお!!!!!」


 山口コウの咆哮。だがその拳は天出仁には届かない。

 しかし、天出仁は回避し続けるだけの姿勢を解き、本腰を入れて山口に人差し指で腹部に触れる攻撃を叩き込む。山口はそれを受けて、遥か後方、家三軒分ほどの距離を吹き飛ばされる。


 その攻撃と同じくして、土御門シュウメイの『障壁魔術』が天出仁の周囲に滑り込み始める。そして忍如、アナスタシヤらがその障壁を蹴って現れ、ピンボールの如く天出仁へと同時攻撃を開始する。


 時は24時39分。魔術師たちは黒幕を討つための決戦に挑む。


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