肉の海
……………
24時13分。
ヨシノリたちが演じる13分以上にわたる空中での追走劇は徐々に終わりが近づく。ヨシノリを背負った心念はその背後二メートルほどに『沸き立つ肉の人形』となった西園寺ミサキの姿が近づいていたのだ。
心念の浮遊術はすでに限界が近づき、最高速を超えていた。先達の忍如たちも徐々に近づく『終わり』を撒くために街の空を縦横無尽に移動していたが、『終わりの化身』たるミサキだったものはぴったりと追走し、時おり瞳のレーザービームがごとき呪いの奔流を発射し、妨害を行っていた。
心念はこの現状から浮遊術の限界を覚り進言する。
「このままでは消耗していくだけです! 隠れなければ!」
他の魔術師たちも近づく限界にその判断を下したいところであった。
忍如がその問題点を指摘する。
「奴を撒くには目の前で魔力を消した程度では無駄だ! 奴の目や感知を完全に離れる必要がある。恐らく奴の感知は霊魂と同様……。距離を離す必要がある!」
スピード、機動性全てにおいて負けている状況、距離を離す方法として思いつくもの。
一瞬の沈黙のあと、前を飛行するアナスタシヤが振り返り、行動を開始する。
「隙を作る。下の住宅街に紛れるぞ……。」
その言葉の直後、アナスタシヤは呪文の詠唱と共に3人の霊体を出現させ、ミサキだったものへ攻撃に向かわせる。
心念の後ろにゆっくりと追いすがっていたミサキの肉人形はその攻撃を受けるべく空中で静止、レーザー砲のような呪いの瘴気を放つが霊体は軽々と避ける。その避けた霊体たちへすかさず突撃し、攻撃を行う。
霊体の防御力ではその強力なミサキの攻撃を防ぎきることは難しく、激しい攻防の内にみるみると魔力が削られる。すぐに他の二体がミサキへの攻撃に入るがその全ての攻撃をミサキは把握し回避と防御を的確に行っていく。
だが、心念たちはその攻防戦の内に地上へと逃れる。しかしながら、街路は肉塊たちがまばらに蠢いており、隠れる中で検知される不安があった。
そこで彼らは住宅街の比較的肉塊の少ない場所を走り抜けていく。だが、肉塊たちは魔力を隠し存在感を薄めた魔術師たちの姿をやや把握しているように、近づいて来る。
心念は焦りを覚える。
――流石にこの肉塊は近くに行かない限り感知はしないようだが……。それでも先程見た大群が来られるのはマズい……。
それに、すぐさっきの霊たちもやられるだろう……。
とにかく、隠れることを考えなくては……!
心念は魔力の隠匿を背負っているヨシノリの分まで担っている。そう言う理由で背負われているヨシノリだったが、彼が独特の緊張感で街路を進む魔術師たちに提案する。
「住宅の中はどうですか? あの肉塊は少ない感じがします」
それを聞いたシュウメイや心念は感知を住宅の中へ向ける。彼らの広範な感知はかなり分厚い何重かの壁に覆われた室内を完全に把握するのは少々の集中を要する。彼らが幾つかの民家を確認したところほとんどが肉塊の存在が確認されない。
シュウメイが言う。
「これはいける! 私が肉塊に見つからないルートを探る……。こっちだ」
シュウメイは約12メートルの間、奇跡的に肉塊がまだ近くに居ないルートを導き出し、他の魔術師たちと共にひそかに、しかし急いでそこを駆け抜けていく。そして、シュウメイはその先にある民家の中へと入る。
その家の玄関扉は開いていた。
恐らく住人は逃げ出したのだろうとシュウメイは考えた。
玄関の扉を閉め、一階リビングダイニングキッチンへ一行が入り、全員が急ぎ窓のカーテンを全て閉める。そしてその一瞬後、感知能力に長ける術師たちはミサキだったものがこの家の前にある通りを過ぎていった事を感知する。そして、街路に続々と肉塊が流れていくことも直後に感知する。
心念はそれを感知して言う。
「長く持つとは思えません……。ですが、当面は大丈夫でしょう。僕が外の監視役をしておきます」
一同はそれぞれ休息を取り始める。その中でぽつりぽつりと秘匿課の二人のうちシュウメイが彼らの見た出来事を語り始める。
「我々がミサキに追いついた時、ミサキは……。天出仁の前で膝をつき、うなだれていた……。既に激しい勝負をした跡が周囲に散見され、ミサキも眼帯を解いていた。それでも、天出仁に傷はほとんどなかった。それを見た瞬間、レイが真っ直ぐ天出仁へと切りかかっていった……。だが……」
シュウメイが言いよどんだ言葉を、折口レイが繋ぐ。
「ミサキはその時、私たちに振り返って、泣いていて……。その顔が……! あの天出仁は、私たちが来るのを知っていたように……! ミサキにあの肉塊の呪いをかけた! 逃げた奴を見つけ出せば、この肉塊の呪いは解けるはずです……!」
義憤に包まれた彼女の決意した表情が示される。魔術師たちはその彼女の表情から、今回の結界の元凶、天出仁を討つことこそがこの場所から逃れるための現状唯一の方策だということを理解する。
その時、二階から足音が鳴る。
心念がマークしていなかった二階の存在へ感知を集中。
――人間、女性、形状も通常と同じ、魔力も世俗人、恐らく……。逃れていた世俗人……?
おずおずと降りてくる足音、魔術師たちに緊張が走る。
アナスタシヤは足音から体重、体格を察するが完全な安堵感は得られない。
足音は階段を降り、ゆっくりと扉へと近づく。
そして扉のノブが引かれ、ガバッと扉が開かれる。
そこには、目の前の光景にひどく動揺した表情を見せる女性が居た。彼女は腰を抜かしたようにその場にへたり込む。
そこへすかさず、立ち上がり、シュウメイが柔和な声色で状況説明を始める。
「失礼、我々は決して怪しいものではありません……。あの外の惨状から避難してきた人間です。勿論長々とここに居座るつもりはありません、少し話し合いや休息を取った後出ていくので」
「あ、あの、そ、外は一体どうなっているんですか……? あなた達は一体……」
混乱した様子の女性がそう言う中、ヨシノリは唐突に『嫌な予感』を覚える。
シュウメイが女性を落ち着かせるように話す。
「順を追って説明しましょう、説明はそこで聞いていて構いません……。ん……? どうか、しましたか?」
シュウメイが目の前の女性の異変に気付く。女性は床に座り込んだまま、息も絶え絶えに答える。
「わ、わかりません……。突然、苦しく……。あ、《《あつい》》……」
「熱い? 熱でも……?」
シュウメイが女性の介抱のため近づく中、ヨシノリは『あつい』という言葉の調子に記憶がフラッシュバックする。
その記憶は、彼の目の前で家族が『肉塊』となった記憶。忌まわしき恐怖と悔恨の記憶であった。
思わずヨシノリは立ち上がっていう。
「呪いが……!」
シュウメイがその声に振り返る。
その瞬間、彼の背後に座っていた女性の顔は水疱が沸き立つ肉の塊と変貌した。
「あついぃいいい……! あついぃいいい……!」
魔術師たち全員がその変貌に一気に緊張感を高める。
同時刻、街の闇にうごめく肉塊たちは一斉に魔術師たちのいる民家へと向かい始めた。




