資料17 『神霊』および霊魂に関する天出仁のノート
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植物、動物、微生物を含めた『細胞を持つ、生物とされる存在』すべてが有する情報、それが魔力によって物理世界に表出した存在を魔術学上では『霊魂』としている。通常では生物に付随した情報から成る存在であると目されている。
だが、『神霊』の例があるように元となる生物が存在しない霊魂も存在する。魔界においてはこの神霊の扱いを特例とする学者が多いが、私の見解としては通常霊魂と同じものであるとしている。その理由は幾つかあるが最も主要な理由としては『通常霊魂と神霊霊魂に強度の差や性質の差は基本的に元となる生物の存在以外にない事』である。
霊魂は全て魔術結合による存在であり、結合に介入、解呪することが可能であり、それを応用した術系統が『霊魂操作術』とされる。通常の霊魂操作術は精神操作術と近しい魔術運用を行う。その証左として一部魔術には共通性が見られ人間にも霊魂にも作用する。これは精神操作術が生きた人間の魂の一部に作用しているためであるとされるが実証は無い仮定であり、生きた人間の魂そのものの確認が必要であるがそれも未だ確認されてはいない。
だが、私はある画期的な方法で『生きた人間の魂』の確認を試みた。確証としては不十分であるものの、アプローチとしては良い試みであったと思われるため書き記しておく。
私は各地で祀られる『神霊』をサンプルとして回収もしくはその場での実験を行った。累計サンプル数は123を数える。サンプルの偏りについては別資料に置いて解説しているためここでは割愛する。
さて、各サンプルで見られた個々の事象については別資料に載せているが、共通した点について手短に書き記す。
・神霊は魔力で形成した人型の存在と人間を正確に見分ける。
・神霊は目(と思しき器官に似た個所)の有無に関係なく、魔力感知と同じように周囲を感知している。
・神霊は死体と生きた人間を正確に見分ける。
・神霊は簡単な魔術によって動く死体と人間を見分ける。
・神霊は高度な魔術によって呼吸と心臓等が再現された死体と人間を見分ける。
・神霊は簡単な魔術によって死体に低級霊魂を入れたものと人間を見分けることはできない。
・神霊は生きた人間の一部を利用した魔術によって動く物理的な人形と、生きた人間を見分けることはできない。
・神霊は生きた人間の一部を利用した魔術によって造られた人形と、生きた人間を見分けることができる。
・神霊は生きた人間の一部を利用した魔術によって造られた人形に物理的な布を覆いかぶせたものと、生きた人間を見分けることはできない。
・神霊は自身の所在が地下であるか、密度の高い箱に閉じ込められているかは見分けることはできない。
以上の共通点を実験から得ることができた。上記の共通点は必ずしも『神霊が霊魂を判別している』ことを示すのものではないが少なくとも魔力もしくは霊魂によって神霊が『物体と生物を見分けている』ことを指し示す。
また、魔力による存在と生物を高度に見分けることができることから、単なる魔力の有無を確認しているだけでないことが示されている。
死体、および死んだ者の一部を利用した人形と生きた人間の一部を利用した人形を比べた場合後者では欺かれ、前者では生物として認識されないこと。そして、霊魂を死体に入れて動かしたものと生きた人間を判別できないことから、私は神霊が『霊魂の所在』と『魔力の性質』によって生物・非生物を見極めていることを推定した。
その仮定を基に思考すると、『生きた人間の一部を利用した物理的な人形』が人間として判定されたことは『生きた人間の一部』というものは基本的に霊魂を伴う事が示される。その『生きた人間の一部』とは髪や数CCの血液でも十分な効果を発揮する。
また、死体の霊魂の状態と生きている生物の霊魂の状態は異なるが、死体に無関係な霊魂を入れた状態と生きている状態は神霊にとって違和感のない状態である事もわかる。
このようなことから生きた人間の霊魂の状態と通常霊魂の状態は極めて近しい状態にあるのではないかというのが私の考察だ。
また、私は『魔力の増幅』について多くの文献を調査する中で、きわめて興味深い考察を発見した。
『魂と魔力の関係性』についての考察であり、その考察において魂は呪術的な作用を生み出す感情の根源とされている。事実として通常霊魂や神霊霊魂の全てが強力な呪術的作用から発生することからこの考察は出発しており、魂と呪術の関連性を基に、魔術師が魔力を強大化することができるのは、魔力に身体が順応すること以上に生きた人間の魂そのものを徐々に改良ないしは成長させているからだとしている。
確かに最大魔力量の増幅に関しては超長期的修練によって上限がほとんどなく上昇していくことが確認されている。同時に成長幅に大きく個人差がある事や肉体の魔力順応度との関連性の薄さ、突如として最大魔力量が急激に上昇する事例など不明な事象が多い。
その事象の原因を同じく不明な点の多い『生きた魂』の問題と繋げるこの考察はよく言えば画期的、悪く言えば何の解決にもなっていない、そうした考察である。
しかしながら、私は『生きた魂』についての研究からこの考察に一筋の光明を見出す。そして更なる実験、『生きた魂と神霊の合体実験』を企画するに至ったのだ。
(ノートはここで終わっている。)




