潜入工作
……………
――奴が『慌てている』……? 一体何故だ? 魔力量は余裕があり、急激な変化なんて見られない。一体何が奴には見えている……?
ヨシノリは周囲を目で探る。だが、その目に留まる情報よりも、彼の感覚の中に『何か』察するものがあり、彼は無意識的にその感覚に従って瞳を動かす。その彼の視線の先には夜叉母の幹に群がる下級怨霊たちが居た。
ヨシノリはその群れの中に一つ、違和感ある存在を感知していた。
――何かが動いている……。人間……。じゃあない。いや、なんでそんなことわかるんだ、オレ……?
そしてヨシノリはその違和感の正体をついに見つける。半透明の存在達の中、夜叉母の霊体にするりと入っていく一人の実体を持つ男。周智衆の姿がそこにあった。
「周さん!? どうして霊体の中へ!?」
その言葉に火球を放つ心念が反応する。
「え!? どこです!?」
ヨシノリが指さす場所を見て心念はハッキリと夜叉母の幹に入り込む周智衆の姿を認める。
「入っているだって……? 体外に放出する魔力を止めるだけじゃあ、いくら物理透過状態であっても無理だ。生物に対しての透過は高度な魔術、霊体自体が自身の身体組成を変化させない限り有り得ない……! 感知に引っかからない所じゃあない神業であるはず……。一体どんな魔術を彼はやっているんだッ!?」
心念は困惑と驚愕が混じった反応を示しているがすぐにかぶりを振ってヨシノリに言う。
「とにかく、彼は夜叉母が透過状態だからこそあの侵入を行なえていると予想します。『岩』の魔術を続けましょう! 僕も火球で牽制しつつ物理攻撃を行います!」
ヨシノリはそれを受け、背後に待機する『偽即身仏』の方を向く。即身仏は空中に坐しながら、口をパキパキと鳴らして喋る。
「もう少し待ってください。発動時間の半分ほどの休眠期間が必要です」
ヨシノリは時間を待つ中、夜叉母の方を確認する。心念が飛ばした一本の魔術結合が地面の石を掴み、そのまま夜叉母の方へと投げ飛ばしていたが、その攻撃は夜叉母に一瞥もされず霊体を透過していく。
夜叉母の大地を見下ろす無数の瞳はきょろきょろと未だせわしなく動き、恐らくは予知にて感じ取っている『自らに危機を与える存在』を探していた。だが、当の智衆は既に夜叉母の足元から幹の方へと着実に内部を登り始めていた。彼は周囲を見回しつつ、何かを探し求めるように、泳ぐようなそぶりで霊体内を動き回っている。
ヨシノリはその智集を自らの感知能力で感受していた。その感触は実に奇妙なモノであり、まるでそこらの石が生物のような素振りをしている様な、他の心念や忍如、いや、街中で蠢く『元人間の肉塊』や闇夜に潜む虫などとも異なる、異様な感触であった。
彼が感知能力によって智衆の異常性を感じ取る中、同じく智衆の状態を確認していたのか心念がぼそりと呟く。
「まるで死体が動いているようだ……」
ヨシノリはその言葉の詳細を訪ねようかとしたが、背後から飛んできた『偽即身仏』の声でその行動は止められる。
「時間が来ました。発動可能です。条件設定に変更はありませんね?」
「あ、ああ。そのままでやってくれ」
「わかりました」
即身仏は即答し魔術結合を地面に放つ。先程同様瓦礫などが宙を舞い、嵐となって夜叉母の方へとぶつけられる。今回は夜叉母の本体からやや離れたアナスタシヤが捕まる位置にも岩が到達し、彼女を掴む『肉』にも的確に攻撃が入り、いくらか削り取られる。だが、それ以外の霊体部分は物理的な攻撃を透過しほとんど効果は無い。
その時、ヨシノリは夜叉母の方からプレッシャーを感じとり、目を高所にある夜叉母の顔面たちに向けた。
「!」
そこにあったのは、夜叉母の霊体、魔力によって構成される半透明の顔面、その瞳が『肉』によって物理的な『眼球』となり、半透明の身体の中を浮遊するように自在に移動し始めたのだ。
――気づいた!? いや、万が一に備えたのか? 何にしてもあの眼球は止めなくては……!
ヨシノリは『偽即身仏』に振り返って指示を送る。
「あの瞳を重点的に狙ってくれるか?」
「対象の途中変更は効果時間を減らします。あと30秒ほどの持続になりますが宜しいですか?」
ヨシノリは今の智衆の位置、そして眼球の視界を考慮する。
――周さんの位置はやや高い位置。頂点まではこのペースだと一分ほどかかる。だが、眼球はそれ以上のスピードで彼に迫っている。動きからして上層からゆっくりと確認しているが……。30秒……! いや、このままではすぐに見つかる。30秒確実に妨害する方を選ぶべきだ!
「ああ、変更する」
「はい、では変更します」
岩の嵐は突如として竜巻のような動きを切り替えてすべてが夜叉母本体内部の眼球へと向けられる。眼球は向かってくる瓦礫に対して避けるような動きをしていたが全方向から飛来する石は無慈悲にその巨大な眼球を引き裂き、再生しようとするその哀れな動きすらも無意味な行動とし、ミンチの状態を維持させる。視力は勿論失われ、その間も智衆は探り探り夜叉母の内部を登っている。
そして、30秒が過ぎ、偽即身仏の魔術が休眠する。ヨシノリはゆっくりと形状を再生させる眼球を苦々しく見つめる。
――くっ……。周さんの行動はゴールが分からない。彼は何を目指しているのか、何かを探しているようだが……。彼を信じる以外に今オレができることはない。クソッ……。
見えない周の意図、圧倒的な夜叉母の優位性。効果を発揮しない自身の魔術。ヨシノリは焦っていた。それは彼を背負う心念も同じ。そして、攻撃を続けるも勝ち筋が見えない忍如、囚われつつあり抵抗することしかできないアナスタシヤも同じく焦りを抱いている。
焦りは絶望へと向き、心を揺るがす。この場に居るほとんどの魔術師たちはその絶望の感情を心の隅に抱き始めていた。そして彼らは、全員『同様の違和感』を覚えていた。ヨシノリはその違和感に思考を向ける。
――なんだ……? また変な感じが……。何か、『イメージ』が頭の中に……!?
絶望に傾きかけた魔術師たちの脳裏に同じ『イメージ』が浮かび上がる。それは沸騰する湯の気泡のように『水疱』が沸き上がる『肉塊』。それは街中に転がる元々人だった『肉塊』に似た姿であったが、彼らはもっと違う感想を抱いていた。
――『救済』。
ヨシノリはその感想に対して、すぐに思い直す。
――なんだ、今の感覚。いや、そんなこと考えている時間じゃない。
彼が顔をあげると夜叉母の瞳は再生を遂げ、霊体内の捜索を再開していた。智衆の方はそれに近づくように上へ上へと内部を捜索しつつ移動を続けている。そして、智衆はその時、何かを見つけたような表情を示した。
――何か見つけたのか!
だが、それと同時に眼球は智衆の姿を捉えたのか、彼の元へと突撃してくる。その動きは焦りさえも見える。
「心念さん! 眼球が!」
「破ァァァァアアッ!」
心念の放つ魔術結合が巨大な瓦礫を捉え、彼は渾身の力でそれを振り上げる。それはほとんど彼の力であり、魔術は単なる把持用のものでしかなかった。彼は岩を自身の力で投石し、その正確な感知能力による距離の把握と身体そして魔術の制御によって岩の軌道を考慮、見事にその岩を命中させる。
『グシャァァアアアッ!』
しかし、肉片となった眼球は再生しながら智衆の元へと降り注ぐように突撃する。当の智衆は霊体のある地点で動きを止め、何か呪文を詠唱し護符や手による印を結ぶのに集中して避けようとすらしない。
「ウグァッ……!」
彼に肉体に食らいつくように眼球の肉片が彼を襲う。他の肉片も彼の元へと続々付着していくが、彼はそれを意に介さず、術を続ける。ヨシノリは、歯がゆい思いでその光景を見ていた。
――クソッ、やっぱりオレは、ただの傍観者だっ……!
勝負はあと数秒の内に決まる。魔術師たちは智衆の必死な行動にそれを確信していた。




