反撃の僧侶
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一方、戦闘態勢に入る中でヨシノリたちの下に突如巨大な結界が現れた事に対して他の魔術師は一切の動揺無く、自身のやるべきことを遂行する。彼らは事前に各々が最大限の実力を発揮できるようフォローを最低限とすることを約束していたのだった。そして、その中でも忍如は遠距離攻撃が可能なことから、視界の端でヨシノリたちの現状を確認していた。
――とりあえず危機は脱したようだな。しかし何ともハタ迷惑な魔術だ。ほとんど呪物と変わらぬ効能となった民間信仰の物品を呪の力を増幅するよう改良しておる。術者の危険も顧みない、むしろ楽しんでいる節すらある魔術の組成。他者の信仰する品を改造し自身の力とする自己中心性……。気に食わん。
そのように、ヨシノリたちを覆う結界魔術へ注意を向ける忍如に対して、前方に屹立する夜叉母から更なるウブメの大群が差し向けられる。
忍如はたちまちその大群に襲われるが、彼は抵抗を行うことはない。ウブメ達は忍如をすっかり包み込みあらゆる方向を塞ぎ、一斉に鋭い爪や嘴を差し向けて突撃をしてくる。だが、そのウブメの攻撃を前に忍如は溜息を一つ吐く。
「やれやれ……。もっと早う来ないか、日が暮れるわ……!」
霊たちの爪、嘴は忍如の身体を包む魔術の防御にぶつかり、その魔力を削り取る。だが、それがしばらく続くと忍如はおもむろに肩を回す。
――様子見、か。彼奴も儂の魔術を図ろうとしておるようだ。
ウブメ達による全方向攻撃の応酬は忍如の魔術による防御を非常に微弱に削り続けており、彼の行動の自由一切を取れないように常に十数匹による攻撃が同時に時間の隙無く行われるような恐るべき精密性が示されていた。だが、それは忍如にとって有象無象の無意味な足掻きに過ぎなかった。
「阿卑羅吽欠!」
纏わりつくウブメ達の妨害を全て引きちぎり、破壊する小爆発の如き圧倒的腕力により忍如は両掌を拍手の要領で合わせ魔力操作により両手から軽々と衝撃波を発する。その強力な衝撃波は力の逃げ場を求め周囲へと音と共に霧散していく。
『スパァン!』
魔力によって構成された霊体のウブメたちはその一回の合掌で生じた魔力の衝撃波でずたずたに引き裂かれ一息に消滅する。
忍如は一瞬にして開かれた視野にて、天突く大樹の如き夜叉母の幹に現れた巨顔の一つが彼を見下ろしていることを見る。周囲では下級怨霊を蹴散らす爆発の音や騒音が広がり、諜報員の怨霊たちが夜叉母の周りを飛び回り幹から飛び出てくる腕のような突起による攻撃を避けながら適度に攻撃を続けていた。
忍如は自身の纏う魔力を二段階ほど増量する。それは彼にとって挑発であり、相手に対する闘いの合図であった。夜叉母は彼に向け幹から無数の触手を伸ばし、直接彼に対応する。
鞭の如くしなり波状攻撃として逃げ場を塞ぐように降りかかる触手に対して忍如は構えこそすれど避ける気も無ければ反撃する気もなく。その爆弾がごとき衝撃を一身に受け止め続ける。それは夜叉母の魔力操作で最高出力に近い攻撃である。
『ドガガガガガッバリバリバリィイッ!』
忍如を守る魔術の防御壁は破られ、忍如の魔力による防御もかなりの消耗を要した。だが、忍如はすかさず呪文を詠唱、その声は全身に与えられた衝撃波をものともせず力強く響き、彼の身体に満ちる魔術結合を更に強化する。
『オン・アマリ・トドハブ・フムン・フアッタ・ソワカ・呪わしき諸悪を討ちたもう・邪念呼ぶ魔王を滅ぼしたもう』
――流石は二体の神霊と生体怨霊を取り込んだ怨霊……。おかげで何十発分かは一挙に『溜まった』……ッ!
忍如の背後に神々しい光を放つ千手観音座像はその容貌を忿怒の明王像へと変化させ、炎のように赤々とした光と力を放つ。
魔術の発動条件を制限することは術者の意志の力を増幅する。逆境こそが人の意志力を顕著にさせ、感情を高ぶらせ、怒りや、悲壮や、恐怖や、諦観など感情を源泉とした『呪いの力』をより強大なものにするのだ。その中でも『反撃』は相手の与えてきた攻撃を乗り越える勝利の感情、意志を反映することからか大きな力を発揮する。
忍如は間髪入れず術を繰り出す。
「『馬頭法波』ァッ!」
彼の馬頭明王像より無数の小火球が重機関銃のように掃射され夜叉母の触手を引き裂き、幹を貫く。魔術によって作り出された炎の弾丸は、霊体で構成された夜叉母の身体を易々と引き裂きその内部で複雑な魔術式を構成している結合を搔きまわす。魂への攻撃とも言えるそのダメージは夜叉母にとって甚大であり、その一発一発が致命的な攻撃であった。
忍如はすぐに魔力を防御のため集中し始める夜叉母のことを確認し、火球着弾点を自在に操作する。
――着弾点をピンポイントで防御するなどという小細工はさせん! 面で防御させて他の者たちからのダメージを少しでも稼いでやる……! 儂からの攻撃は全て致命傷、防御しない道はないが、他の者からの攻撃も強大なモノばかり、削られ続けしぼみ切るがいいッ!
だが、夜叉母の幹より触手が伸び、忍如へ真っすぐ突きを繰り出す。忍如はそれを蹴散らそうと火球を向けるが、予想外の『硬さ』を見せ火球の威力を減衰させて貫かれる。さらにその着弾時『肉』が飛散した。
――肉! まさか、吸収したあの餓鬼を!?
忍如は自身に付着する軌道を描く肉の破片に感知を集中する。そこには隠された魔術結合が存在した。ちょうど、先に交戦した『餓鬼道群体』とほとんど似た術の校正であることもある程度確認できる。
彼はその破片を手から衝撃波を出すことで触れずに弾き飛ばす。
――厄介だ、あの餓鬼に似た怨霊の術まで使うとは……。いや、それだけにとどまるだろうか……?
次々と引っ込んでは飛び出してくる触手に射線を切られつつも何とか火球を幹に命中させるべく、レシプロ機がごとき速度を維持しつつ、蠅のように複雑な軌道を飛ぶ忍如は厭な予感から、ちらと眼下を見る。
そこでは正に懸念の通り、無数の下級怨霊たちの中に、炎の玉に変化したものが現れ始めており、その炎はふわりと上空へ浮き上がってきていた。
――魔術結合の具合にもよるが……。自動で対象を選ぶ術ならばぶつかりに行き『弾の補充』できよう。だが、他の者にとって厄介……! 下級怨霊どもも蹴散らす必要が出てきそうだな……。
戦局の悪化を認識しつつも彼は夜叉母への攻撃を続けるほかなかった。彼以上の攻撃力と継戦能力、空中での機動力を持つ魔術師は他に居ない。忍如の予知力を上回り的確な触手防御によって彼の火球が幹にぶつかる量を最小限にとどめる夜叉母に、彼は空中を縦横無尽かつ精密に飛行し放射される火球を一つでも多くぶつけるように立ち回り続ける。
この戦況の突破には他の魔術師が動く必要があると言える。




