オカグレサマの恵み
……………
魔術師たち全員が夜叉母の放つウブメの壁を突破すると、忍如が叫ぶ。
「手筈通りの位置へ。各々好きに戦えば良い、だが死んで足は引っ張るなよ!」
『応!』
全員の返答と共に魔術師たちは散り、各々別方向から夜叉母へと近づきつつ攻撃を開始する。
そんな中、ヨシノリは心念の背で一人、ペンダントに魔力を注ぎ、借り物の魔術を発動するのだった。
『ギャハハハハ! とんでもねえのと戦ってるねえ、良いモン出るよう願っときな、じゃないと死んじまうからよ! いくぜスロット、ドゥルルルルルルル……』
出現したスロットの絵柄が回転より停止し絵柄が揃う。その絵柄には小さな石製の地蔵のようなものと無数の幽霊らしきものが描かれていた。
『オヤオヤオヤオヤ! 「不等価交換」たぁ、ビミョーだな! 今の状況、上手ァく使えるかなァ?』
ヨシノリの頭の中にそのやかましい声が響く。そして彼は手のひらに収まる程度の大きさがある石像らしきものの虚像を手元に出現させていた。それは数百グラムと石製の物としてのずっしりとした重みと、言いようのない怪し気な雰囲気を纏い、ヨシノリが先程扱っていた二つの頭蓋骨よりも重々しい気配を放っていた。
「これは……」
『その石像、『オカグレサマ』は持ってるだけで自分の周囲“以外”に厄災を振りまく最高の呪物の一つだァぜ? 石像の周囲半径6メートル圏内では人間を霊の攻撃から守ってくれる効能。だが、そこから出ると……』
「出ると……? ウワッ!?」
ヨシノリは突然、壁にぶつかったように心念の背から引きずりおろされる。それは彼が手に持っている石像、オカグレサマが空中でその位置に『固定』され前へ飛行する心念の動きに反発したのだ。
彼は心念の背から離れ、空中に静止するオカグレサマに片手でぶら下がる格好となるが彼が拙い魔力操作で自身の握力を向上させるよりも早く彼の腕の限界が来る。
「うわぁあああああ!」
『あー言ってなかったな、オカグレサマの位置は固定だ。そしてオメエ、もうすぐ半径6メートル圏外だ』
頭の中で無責任なことを言うその声にヨシノリは落下中、怒りをあらわにする。
――それどころじゃあねえ! 下は怨霊の海! おれの魔力じゃああんな量倒せねえし、この高さで無事かもわからねえ!
ヨシノリが地面への激突に備えようとする中、背中が突然軽くなった心念はすぐさまヨシノリを拾い上げるべく今までにないスピードで浮遊術を操る。だが、彼を拾える目算が付くほど彼に接近した瞬間、言いようのない不安が心念を襲った。
――呪いの瘴気……!?
心念はその気配への注意よりもヨシノリを拾う事を優先し、落下する彼を背で受けとめた。だが、彼の感知能力は迫る危機をハッキリと認識する。そして、怨霊たちへぶつかる寸前に受け止められ、危機を脱したはずのヨシノリも自身に近づく呪いの瘴気を感覚と目で認識する。
――なんだ、この冷たい感触。背中を凍った柱で撫ぜられたような。息も上がる。わずかな震えも……? これは……。いや、それよりも……!
ヨシノリは視界を埋め尽くすほど大量に迫りくる無数の手に恐怖する。自身の身体の不調、目の前の異常な光景、先程打ち切られた能力説明、彼の中ですべてが一つの筋へとまとまり、叫ぶ。
「石像のある上へ!」
心念もそれに応じ上昇する。だが、同時に彼は自身の身体に現れる違和感を正確に読み取り、《《それ故に》》焦って叫ぶ。
「感覚が狂い始めているッ! 精神操作術、霊魂操作術、無差別攻撃だッ!!」
心念の描く上昇の軌道はあらぬ方向へぶれる。彼はなんとか軌道を修正しようともがくが時間が一瞬経つほどに彼の感覚は着実に狂い、地面へ激突しかねない状態へと陥っていく。
ヨシノリは自身にどんどんと半透明の手が纏わりつき、魔術結合として自身の精神や感覚に作用を及ぼしていることを感じる。だが同時に、手の合間から見える眼下地面の様子は無数の怨霊たちがのたうち回り、同士討ちを始めていた。
――これ以上留まるのはマズい! 同士討ちが始まりかねない!
その時、彼の視界が突然晴れる。無作為に近しい心念の動きがヨシノリの頭部か上半身をオカグレサマの6メートル圏内に押し込んだのだ。彼はその一瞬のチャンスを棒にするわけにはいかないと心念の首を引っ張り叫ぶ。
「こっちだッ! 心念さん!」
心念はわずかに残る自身の身体感覚を頼りに上昇する。そして、二人はなんとか窮地を脱するのだった。
ヨシノリが晴れた視界で見たのは地面を埋め尽くすほどの怨霊たちが同士討ちや苦しみ悶えながら消滅していく地獄のような光景であり、それは夜叉母の大樹根本付近まで及んでおりその根はこの魔術を避けるようにゆっくりと動いていた。
心念が言う。
「他の人は影響範囲外で攻撃しているようです。一瞬かなり危機に陥りましたが……。僕は遠距離攻撃も可能です。この広大な結界範囲と霊体への効果から、この魔術は維持しておくべきだと思います……!」
彼はそう言うと手に携えた金剛杵へと魔力を送り、火球を作り出す。
戦いはまだ始まったばかり、ヨシノリは自身の厄介かつ危険な能力に未だ不安を覚えていた。それは単なる先程のトラウマか、虫の知らせによるある種の予知能力か。




