鬨の声
……………
ヨシノリと違法魔術師たちは浮遊術を操り空路で『夜叉母』の元へと向かっていた。ヨシノリは心念の背につかまり、地上十数メートルの空で風を切る感覚を覚えている。他の諜報員、忍如、周智衆らもそこに並ぶように飛行して、逐次レーダー役の心念が報告する内容を共有していた。
地上では既に女性型怨霊たちが民家や街路にて魔術師や生きた人間を探知すべく歩き回る百鬼夜行の様相を呈しており、その密度は目標に近づくにつれ高まっていく。魔の中枢たる夜叉母の幹が広がる地点では、既に産み落とされて行く怨霊の圧力によって家屋は完全にひき潰され、地面は均され、怨霊の海となっていた。
心念が呟く。
「やはり、魔力量は格段に上昇している。もはやこれは、第一級魔術師のパワーを遥かに……」
忍如はそれを聞き、落ち着き払った様子で語る。
「案ずるな。魔界において格上を格下が凌駕する事例は数多くある。『数』『特化した能力』そして『搦め手』……。ここに居る全員がおそらくは情報共有していない『奥の手』を隠し持っておる。そしてもちろん心念、お前もその『搦め手』を持っている」
ヨシノリは周囲を飛ぶ魔術師の表情を見回す、各々がその言葉を聞きながらも意味深に黙り、正面を向いて遠くに見える夜叉母の樹木を見定めていた。ヨシノリはそれを見て、自身の立場を確認する。
――おれにあるのは『搦め手』ひとつ……。何が出るか、おれ自身全く把握していない。だからこそそこに勝機がある。なるべく、他の人のサポートへ回れるものであってほしいが……。心念さんや諜報員の人まで『奥の手』があると言うのは本当かよ?
彼は先程の戦いで二人が見せなかった実力があるとは考え難かった。諜報員はともかくとしても少なくとも心念は決死の想いで戦いに興じていた筈で、実際つい先程まで傷の回復に努めていたのだ。とても隠し玉を持つ余裕があるとは思えなかったのだ。
そんなヨシノリの疑念の中、心念が感知によって相手の動きを検知する。
「飛行型が来ます。撃ち落とす用意を……。攻撃準備も」
その声に呼応するように忍如が片手の錫杖を振って音を鳴らし、リズムを付けて独特な響きを持つ声を発して、経文のごとき呪文を詠唱する。
『オン・サハ・スラブジャ・キリクリ・ソワカ・遍く者を救いたもう・遍く者を見守りたもう』『オン・アマリ・トドハブ・フムン・フアッタ・ソワカ・呪わしき諸悪を討ちたもう・邪念呼ぶ魔王を滅ぼしたもう』
その呪文により忍如の背後には千手観音座像が出現しあらゆる攻撃から彼を守る防護が彼を覆う。
また、諜報員も呪文詠唱を行う。その呪文の言語は日本語とは全く異なるものであり、ヨシノリには何語であるか全く持ってわからなかった。
『気まぐれな乙女の髪を掴め、すずろなる愚のありさまを正せ、己が全てを賭して戦え』
呪文の詠唱が完了すると諜報員の姿が複数人に分身するかのように四体の霊が現れる。その霊は水に濡れた西欧人の女性であり、いずれも人間ならざる妖艶な雰囲気を纏っていた。
智衆は彼女の操る言語が古いロシア語である事を看破し、その流暢な発音や今までの言葉の特性を鑑みることで彼女がロシア人である事まで推察する。彼はその事実を彼の内にいる香室と共有する。
――ロシア系、随分古い言語だ。
――『やはり海外の方ね。私が見た限りかなり腕が建つようだけれど』
――隠者の薔薇と言えば主に欧州を中心とした組織。さもありなんといったところだ……。それより、『アレ』を準備してくれるか?
――『了解ですわ。二人の共同作業……。思えばこうなったからこそできるこの作業は最早誰にも真似できない最強の愛情表現と言っても過言ではありませんわ。アツいですわぁ~ッ!』
智衆は苦笑しつつ呪文を詠唱する。その声には香室の声と混ざり合ったように発音される。
『『生の折半死の折半、どっちつかずの半死半生、どっちも死人でどっちも生者、だけどもこっちは半人前、けれどもあっちは一人前』』
その呪文の後、智衆の姿などに変化はなく、魔術結合の発生もない。ただ彼の魔力が50g程度消費されたとしか他の者にはわからなかった。
各自がつぎつぎに魔術を展開する中、心念は最後、目の前に飛行型の怨霊が到達するやや前に詠唱する。
『オン・インドラヤ・ヴァジュラ・ヴィジャヤ・ソワカ・北辰の天より来たり仏敵を罰する力を与えよ』
彼の手元に魔術によって造られる金剛杵の像が出現し、彼は目の前に立ちはだかるウブメの大群に向け、それをかざして魔力を注ぐ。
夜叉母を守るように、ウブメの大群は天空の黒い壁として魔術師たちの進路をふさいでいたが、そこへ心念が火球を放り込んだのだ。
『ドガァアアアアアアン!』
火球の爆裂と共に魔術師たちはウブメの群れへとなだれ込む。僅か5人の魔術師たちによる大怨霊討伐の鬨が鳴らされたのだった。




