覚悟の衝突
……………
シュウメイが300メートル先において観測された魔力の変動を述べると、ミサキが立ち上がり呟くように言う。
「天出仁……!」
折口とシュウメイが同時に立ち上がり彼女を止める。折口は何か嫌な予感を覚えていたのもあり、止める言葉も必死さがあった。
「ミサキ、待って。まだ彼だという確証もない」
「私が見ればすぐにわかる」
シュウメイも諭す。
「仮に彼だったとして、第一級相当と思われる『龍』の怨霊を一人で倒した相手だぞ? 君一人で相手して勝算のある相手じゃない」
「奥の手がある。家族が死んでから閉ざしていたこの左目を使った呪いだ。私がいつも使う瞳術とも違う。今まで一度も使わなかった、奴だけのための呪術」
ギリッと食いしばる彼女の歯が鳴る。彼女の表情は忿怒に満ち、呪いの瘴気は彼女の全身からほとばしっている。シュウメイの目からも彼女の今までにない激情と限界を超え呪いの力によって高まる魔力と身体の強度がわかった。
――なんて闘気と魔力だ……。ここまで呪術的な力が満ちることなんて呪物以外で見た事が無い。やはりミサキは私などよりもずっと才気ある魔術師ということか……。
殺気に満ちたミサキは立ち去ろうとするがその手を折口が引き留める。
「待ってよ、ミサキ。こういう時こそ私たちが……」
ミサキはその手を振りほどいて告げる。
「私は『一人』で決着をつける」
彼女はそのまま慌ただしく家屋を出ていく。
折口は彼女を引き留めようと動く身体がミサキの言葉で硬直し、黙り込んで悲しげな様子で彼女を見送った。シュウメイは彼女を見送りながら一人黙って自身の無力さを呪うように、拳を握り締める。
出て行ったミサキの魔力をできる限りで感知しつつ、忍如は心念に指示する。
「魔力を激情により漏らしていたが、一応家を出てすぐに隠匿したようではある。心念、怨霊どもの動きは問題ないか?」
隣で即座に感知へと集中した弟子は答える。
「観測する限りでは問題ないかと」
香室はそれを聞き、全員に対して進行するように発言する。
「では、問題ないでしょう。彼女に邪魔が入らないように我々もあの『夜叉母』とやらと早く戦うべきですわ」
折口はその言葉に振り返って彼女へと反論する。
「私達でもサポートはできます、天出仁は全員で対処すべき相手です。秘匿課のマニュアルでも……」
香室は折口レイの言葉を遮るように言い放つ。
「あの決意は単身で戦うからこその決意ではなくって? 自分の因縁に決着をつける。それは個人的な戦いだと思いますわ。いくら友人とは言えそこに立ち入るのは無粋ですわよ」
折口は声を荒げる。
「友達が死ぬかもしれないのに、そんなことを!」
香室は眉をしかめる。それは今までの彼女の常に微笑を示していた様子からはガラリと様子を変えたような、内に秘めていたものを表に出したような表情の変化であった。
「それならなぜ先程彼女を叩き切ってでも留めなかったんですの? 貴女は既に『引き留めない』選択をしたのよ」
折口は口を開くも反論の言葉を失っていた。香室はやや諭すような口調で続ける。
「友達が死ぬのをみすみす見逃せないのは当然のこと。しかし、友達のことを止めるということは、友達の『意志』を貴女の『意志』で上回るということ……! 貴女にその覚悟はあるのかしら? 時と場合によっては彼女と戦ってでも引き留めようとする『覚悟』が」
「……覚悟……」
うつむく折口に香室は言う。
「私は彼女のことをほとんど知りません。だからこそかもしれないけれど、私は彼女の覚悟に水を差したくありませんわ。はっきりと『一人で』戦う事を宣言した。それが彼女にとって『悔いのない生き方』なのでしょうから、私はそれを尊重したいと思いましたの。私は貴女が彼女を追うというのならこれ以上引き留めることはしません、それが貴女の『悔いのない生き方』なのであれば」
その言葉に折口は迷いと困惑の表情を示し、暫しの沈黙の後、弱々しく呟く。
「私は……。ミサキのもとに行って足手まといになれば悔いが残る。ミサキの決意に水を差しても、あの娘は私を強く責めはしないだろうけど、私は後悔する。……。あの娘が死んでしまえば、もっと後悔は……」
彼女はそう言って自身の拳を握り締め、一筋の涙をこぼす。
香室はそれを見て彼女に伝える。
「この場所へ夜叉母の怨霊が来る前に、私は奴を攻撃するつもりですわ。貴方がもし彼女を追わない決断をするのなら、後からでも合流すれば宜しくってよ」
その言葉に、忍如、心念、ヨシノリらが立ち上がり戦いに赴く意思を示す。奥に居た諜報員も同じく立ち上がっていた。
違法魔術師たちは二人を残し、怨霊討伐へと出陣していく。その中のヨシノリは、暗い室内に残る二人の姿を心配げに最後まで伺っていた。
そして、ヨシノリが家を出る直前、二人は決意をした表情で話し合いを終えて、外へと出る。
その時、ヨシノリはレイにおずおずと訊いた。
「どちらに、決めたんですか……?」
折口は進むべき道を見据えながらハッキリと答える。
「ミサキを止める。大事な友達を死なせるわけにはいかない……!」
彼女はそう言うとシュウメイと共にミサキのわずかな足跡を追って闇夜の街を駆けだした。ヨシノリが見た彼女の顔は今までにない覚悟に満ちていのだった。




