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肉の結界にて再会を

     ……………


 制圧射撃の如く掃射される血飛沫の雫。

 だが、それらすべて香室の把握するところであった。彼女は髪の毛を新たなる肢体が如く巧みに操り、通常では困難な体勢、不可能な走法を実現。するりと雫を避けて、鎮座する肉体へと近づくと魔力操作による衝撃波を纏った軽快な拳の3連撃を入れる。

 彼女がその拳で肉をえぐり取ると、内部よりミサキの手が肉を貫いて現れる。その手は外へと抜け出るべく肉をかき分けるように動いていたがすぐに再生する肉に埋まっていく。

 香室はその時、攻撃を中断し後ろへ跳ぶ。彼女の足もとが先程と同じく飛沫より広がる魔術結合に埋められかけていたのだ。

 しかし、今度の彼女は謎の男へ切り替わる必要が無い。シュウメイの用意した防護壁を足場として空中殺法の如く彼女はすぐに肉体へと飛び掛かり、ムーンサルトの如く弧を描く動きから踵を突き出し全体重と共に怨霊の肉体の頂点を蹴りつける。

 怨霊の頭は『ぶちゅり』と音をたて風船のように潰れる。そして肉を飛散し血を噴出した。が、香室はその感知能力によりそれらをすべて把握、怨霊の頭を潰した反動を利用し肉片と血の雫を避けながら別の防壁へと飛び移っていく。


 「!?」


 彼女は防壁に飛び移った際、怨霊の肉体が奇妙な動きをしたことに気づき別の防壁へと移る。彼女の背後では怨霊の破壊された肉体が再生し奇妙な形状へと変貌していた。その肉体にある無数の首がどんどん伸びていき周囲の地面や防壁に頭部を押し付け、圧力をかけていく。

 シュウメイは機転を利かせ、その延伸に蓋をするように防壁を動かして閉じ込める。

 この奇妙な変身に関して香室はシュウメイの作り出した時間を使い、彼女の内に居る男と共に分析を進める。


――アプローチ方法を変えたということかしら? こちらを取り込もうとするよりももっと積極的に攻撃に出ている気がするわ。

――『おそらく、な。当初は遠隔での魔術攻撃を行っていたことと先程まで逃走を試みていたことを鑑みても、この行動の変化はそう考えていいだろう。より積極的な攻撃が予想される。こちらも予知でサポートするが気を抜くなよ』

――当然ですわ。私が死んでしまえばあなたの命が尽きてしまう。そんなことは絶対にさせませんから。

 

 決意を胸に香室は飛び上がる。それと同時に肉体の延伸による圧力でシュウメイの防壁が壊れ、ぐんぐんと首が伸びて香室のもとへ頭突きが飛んで来る。彼女は内なる声に導かれその攻撃を防壁蹴ってするりと避ける。次々と迫る同様の攻撃の網目を抜け、彼女はその伸びた首をへし折るような鋭い突きを放つ。首の硬い骨が軽い音を立てて折れ、彼女の他の首への攻撃が続き、その軽い音もどんどん連鎖していく。

 状況は彼女の優勢、だが彼女の中の男が突然撤退を彼女に勧告する。


――『飛んで逃げろ、また結界術だ』

 

 彼女はその言葉を完全に理解するよりも早く地面を蹴り、近くの防護壁へ跳び移る。その一瞬後彼女のいた場所には簡易な結界が出現。逃れた彼女を見て肉体の頭たちが憎々し気に彼女を見つめる。


――簡易とは言え結界をこの短時間で……?

――『自身の肉体を結界の外殻として使っている。更に奴の肉体は魔力順応度が異常だ。血液に至るまで魔術が通っているからな。それもあって自身の生命としての形を考慮することなく身体を魔術の媒体として扱っていることで異形の魔術を進化させている』

――まだまだ変則的な攻撃が予想されますわ。今のところ予知に関して貴方の方が優位であるので分はこちらにあると思われますが……。

 

 彼女は防壁に着地し相手の出方をうかがう。怨霊は結界を即座に消し、肉体を蠢かせ再び血を水鉄砲の如く噴出。香室はそれを問題なく飛んで避け、別の防壁へ。怨霊はその血の噴出をまた香室に向けて行う。

 彼女はそれを避ける動作をしながら、この攻撃の思惑を内なる男に諮る。


――何かの準備、また結界の展開かしら。

――『その可能性が高いな。仕方がない、離れよう』


 彼女は別の防壁に移った後、地面に降り、怨霊と距離を取るように走り出す。だが、彼女は違和感に感づき、脚を止め感知に集中する。背後からは怨霊の肉体と飛散した血液が彼女へ迫っている。


――『何を感じ取った?』

――あの怨霊……。体積がかなり目減りしている。そして地を這う血液の量もかなり減っている。

――『乾いたか、土に染み込んだのではないか? いや、自然な量ではないとすると……』


 彼女の中の男はそう彼女に語りかけた途端、次に起こる出来事を予知し即座に香室へと伝える。


――『跳べ! 地面から来る!』

 

 彼女の迷いのない跳躍、そして謎の男への転身。男は跳躍の勢いそのまま浮遊術を操る。間一髪、彼は地面より現れた蔓の如き血液を回避した。怨霊は感知能力の聞きづらい地下に血液を染み込ませ、攻撃を行ったのだ。そしてその準備万端の攻撃はぐんぐんと伸び、男へと追いすがる。

 その瞬間、遠方で『バリン』と何かが割れる音がした。そして次の瞬間、空中を飛翔する男の元へ彼の回避することができないスピードで『肉片』が飛んで来る。


――シュウメイが防護魔術で止めていた怨霊の肉片! マークされている私に向けて飛んできたか! あの怨霊、防護壁を破る機会をうかがっていたな!

――『私に切り替わればマークをかく乱できますわ!』

――君は迫る血液を浮遊でかわせない。それに君は今、私の身代わりになろうとしている。……それは了承できん。


 男の身体に肉片が飛び込む。彼は重くなった体で飛翔しようともがくが、その抵抗虚しく地面から現れた血液に絡めとられ、もう一体の怨霊に取り込まれて行く。


――君は私の身代わりになってはいけない。《《私が君の身代わりなんだ》》。今までもこれからも。それを私が望んだんだ。


 男は彼の胸の内で代わるように懇願する香室を諭しながら、呪文を詠唱する。


『お恨み申す、お恨み申す、命を賭して救った命に、救い上げられ半死半生、お恨み申す、お恨み申す、死んでやれぬ悔やみを申す、生きてやれぬ恨みを申す、ままならぬ(さが)、お恨み申す』


 詠唱の開始から、呪いの瘴気が彼に纏わりつき、肉を溶かして血を啜ろうとする肉片を包み込み、全方位から圧力をかけていく。

 だが、肉片の量がどんどん増加するうちに彼は肉の内部へと取り込まれて行く。詠唱が終わらぬうちに彼は全身をすっぽりと肉に包まれ外界と遮断され、怨霊の身体内を満たす結界の如き空間に取り込まれる。


――これは……! 結界による空間拡張の幻影か。

 

 男は気づけば暗く、果てなく広い空間に居た。床はぶよぶよとした肉の絨毯のようになっており、周囲には何も感じられない。この場所は彼の脳裏に転写されている幻影の空間であることを彼はすぐに理解した。


――人間の肉体の内部は結界の内部に近い性質を持つが、怨霊は更にそれを自在に操り結界と全く同じ、いやそれ以上の効果を見せるということか。


 彼はそのような考察を続ける。だが、それはすぐに中断することとなる。

 

智衆(ちしゅう)?」

 

 彼は自分の名前を呼ぶ、今まで良く聞いてきた声に振り返る。そこには彼と身体を共有していた香室雅が立っていた。


「雅か! ……とするとこの空間ではそれぞれの精神が顕現しているということになるな」


 彼がそう口走るのに対して香室は呆れたような表情で言う。


「貴方は久々の再開でも変わらないわね。まあそこが好きなのだけれど」


 そう言いつつ彼女はふわりと目の前の男に抱き着く。男は困ったような様子を見せるが、香室はそれを満足気に見つめていた。

 だが、彼女はすぐに表情を変え目線を別の場所に向ける。何かを感知したのだ。男はすぐに自身の警戒心を復活させ、彼女に問う。


「何だ」


「近づいている。恐らくは敵。あら、それと別方向から……。西園寺ミサキさんがこっちに来てますわね」


「他の人間もいるか……。同じ肉体に取り込まれたためか?」


「どうやら、結界ともつながっているようですわ。奥の方ですごい魔力を放出している忍如さんがいらっしゃるわ。今はそれより……! 来る!」


 彼女の見据える方向の闇より、地面となっている肉を泳ぐように書き分けて大きな肉の塊が現れる。それは二つの瞳が厭らしくにやけたように歪み、血によってぬらぬらとした光を反射していた。


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