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餓鬼道にて愛の舞踏を

     ……………


 初めに動いたのは正体不明の男。彼の痩せてくぼみかけた隈の目立つ瞳はハッキリと怨霊の異形なる肉体を捉え、彼はぼそりと呪文を、呟くように詠唱する。その詠唱は長く、相手の怨霊は彼めがけて無数の魔術を放つ。


『お恨み申す、お恨み申す、命を賭して救った命に救い上げられ半死半生、お恨み申す、お恨み申す、死んでやれぬ悔やみを申す、生きてやれぬ恨みを申す、ままならぬ性、お恨み申す』


 詠唱中、彼はシュウメイが動かす障壁を突破してきた怨霊による無数の衝撃波をその身に受ける。だが、彼は無数の傷を負い口から血を零しながらも全く動揺することなく、異常な忍耐力で詠唱を完遂する。

 その時、彼の肉体から強力な呪いの瘴気が一気に放出される。それに気づいた怨霊は闘争を試みるも、瘴気にからめとられ、その場にぴたり静止する。


 『ゴキゴキゴキゴキゴキッ』


 怨霊の肉体は徐々に音を立てて身体の中心へと圧縮されて行く。あらゆる方向から強力な圧力がかけられ、深海に沈んだかのように怨霊はひしゃげ、最終的に1立方メートル程度の球体に潰れる。

 しかし、それでもなお怨霊からは抵抗の表れとして魔術結合が放たれる。だが、彼は一瞬香室に変貌、リカバリーに入るシュウメイの防壁よりも素早い魔術結合を把握し、男に切り替わって封印。残りもシュウメイの防壁によって防がれる。


――『分裂して力を弱めるなんて私たち相手にお馬鹿なことですわぁ。私たち二人の愛の前にはいかに強い霊体も無力です事よ!』 

――他の奴の力もあってのことと思うが……。 

――『私達二人の比重が大きいので問題ないのですわ』


 やや困ったような表情を男は見せるが、目の前の怨霊の不審な動きを見てすぐに表情をこわばらせる。彼の目に映った怨霊の肉塊は複数の苦悶の顔を表面に顕し、呪詛の言葉と共に自らを食らい始めていた。香室にも彼にも何が起きるのかはわからなかったが、何らかの予備動作であることはそこに集まる魔力の強度から見て明らかである。

 その予感は的中し、肉塊より三体の鬼のような存在が現れる。男が先程発動した魔術は依然、残った数センチ程度の肉塊に効果を発揮しているが飛び出した鬼にはその効果は適用されない。これは魔術自体の効果条件が厳格であるため発生した事象であり、怨霊は自らにかかった魔術の結合を読み込み、理解していると男は判断した。


――力に見合った高い知能。私たちの呪いを対象に無理矢理押し付けるこの術の一部をこの短時間で読み取ったか。『三体の分身はこちらに直接攻撃してきますわ、ここは私に』


 瞬く間に艶やかな黒髪と豪華なドレスを身に纏う香室が男と切り替わる。彼女に襲い掛かる三体の鬼は全員、痩せこけ、腹部が膨れた様子を示しており、彼女は見ただけでそれらが『餓鬼』の姿を模していることを察する。


 三体の餓鬼はそれぞれ血や汚物のようなものを口から吐き出す。それは魔力によって構成された魔術的攻撃であり、それぞれが魔術結合によって構成されている。

 香室はその様子を見て顔をしかめながらも、ほとばしる全ての飛沫をするりと抜け、髪の毛一本それに触れることなく避けると彼女の縦ロールした髪の毛の束が二体の餓鬼を殴りつける。そして、彼女本体は最後に残る餓鬼に対して正拳突きを御見舞する。


『バキバキィッ、ゴキッ』


 コンクリートで人体を殴ったような重い音と骨が砕ける音が響き、餓鬼それぞれが肋骨や腕の骨を露出させて血を噴き出す。それも流麗な動きと髪の毛一本一本を操作する緻密な集中力により飛沫をするりと避けていく。


「汚ッたねえですわァ! もう最悪!」


 彼女がそう悪態をつきながらそそくさと餓鬼たちの元から離れるが、その餓鬼たちの血飛沫から感じられる魔力から彼女ははたと気づく。


――魔術結合が更に拡散する……! なんて速度!


 噴き出した血は菌糸が根を張るように魔術結合を広げる。その動きは機械的かつ素早い。


――『魔術結合の二次元的拡張に一種のアルゴリズムを適応し記述を簡略化している。魔力だけでなく知能も十二分に高い、あるいはこの戦いの渦中で高まっているようだ。私達を囲うように結合が「成長」している。今すぐ跳ぶんだ』


 香室は地を蹴り跳ぶ。彼女の足へ魔術結合が到達する直前で彼女は空へと跳躍。しかし地面はすぐに魔術結合に包まれて行く。

 また、彼女の攻撃によって砕かれた餓鬼の肉体は蠢いて集まり、巨大な頭部へと変貌。その大きな口から血液が水鉄砲の要領で噴射する。


――『浮遊術ができる私に代わってくれ。空中では向こうに分がある』


 即座に香室の姿が黒一色の男へと切り替わり、ふわりと空中を浮遊し血液の噴出を避ける。だが、彼はその予知能力により一瞬後の出来事を察知し、焦る。


――コイツ、予知も成長している! それ以上に、血液を肉体として!? 


 男は護符を取り出し魔術による攻撃で相手の攻撃を触れずに済ませようと動く。だが、怨霊の動きが速度で勝った。

 噴射された血液の一部が人間の拳のような形に変化し男の左腕を殴りつける。


『ビチッ』


 男のスーツに血がべっとりと付着。その血には魔術が込められている。彼は即座に取り出していた護符を封印に応用しようと思考を巡らす。だが、彼の予知はそれよりもこの場から一刻も早く逃れることを促す。

 地面にある怨霊の肉片や明かりを反射する血液が彼の方へと引き寄せられるかのように浮き上がっている情景が彼の目に飛び込む。

 彼はそれについて思考で吟味するよりも先に、自身の浮遊術を衝撃発生の簡易的魔術に組み替えた。


『ドガッ!』


 彼は空中で後方へ殴りつけられたような衝撃を受けて遥か後方の地面へ吹っ飛んでいく。


――血によって魔術的刻印(マーク)された! 恐らくこの刻印は……! 

――『それよりも切り替えを先に!』


 彼は自身の内に居る香室の声を受け、姿を香室に切り替える。彼女は地面に叩き付けられる直前、自身の身を空でよじり安全に足から着地すると走り出す。


――この気配……。ミサキさんが感じられませんわ! シュウメイさんは一人でもう一体の肉体と対峙しているようですが……。まさか。


 彼女は周囲の状況を把握しながらシュウメイの方へ合流するべく走る。だが、彼女の背後遥か後方では彼女を一心に追う怨霊の肉体がある。

 彼女がシュウメイともう一体の肉体が戦う場所に辿り着いた時、彼女が感知によって怨霊の肉体としか認識していなかったものが強烈な違和感を持って改めて感知された。

 彼女の覚えた違和感はすぐに解決される。その肉体の内部には抵抗を続ける西園寺ミサキが格納されているのだった。


――『やはり先程の魔術的刻印(マーク)は肉体を檻のごとく対象に纏わせる術式か!』 あんなキッショい肉に包まれるわけには、いえ、貴方を包ませるわけにはいきませんわッ!


 シュウメイはその肉体を前に何重かの防護壁の中で連続攻撃に耐えつつ、他の防壁を操り攻撃の機会をうかがっていた。そこへ香室が地面を蹴ってすさまじい勢いで飛び込み、謎の男へ切り替わることで一気に魔術結合を解呪していく。

 シュウメイが防護壁を動かし、ミサキを捉えている肉体を囲うように位置を取りつつ語る。


「あんたをマークしている肉片は私の防壁で対処した。が、長くはもたない。あの血肉はあんたに付着すると食らいつくようにあんたの血肉を溶かす」


 男はその言葉を聞き、一瞬だけ香室に切り替える。彼女の感知能力は目の前の肉体の中で拘束されるミサキがいまだ内部で暴れていることを感じ取る。その暴れ様は外から出は正確には分からないが強力な呪いの瘴気を発していることから今まであのミサキが見せてきた魔術のいずれでもないものを利用していることが分かる。

 香室が黒スーツの男に戻ると、彼は一言ぼそりと言う。


「サポートを頼む。近接戦を仕掛ける」


 シュウメイはそれに頷き、防護壁の操作に集中する。黒スーツの男は自身に護符を展開、それが完了するとすぐに香室に切り替え、走り出す。

 小刻みに揺れ、痙攣しているような動きを見せている怨霊の肉体は、その震えを更に大きくしつつ、自らの肉体を自らの無数の手足で切り裂き、血飛沫を噴射する。


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