封印と分離
……………
上空から忍如が叫ぶ。
「逃がすか! 『馬頭法波』!!」
その叫びと共に彼の背後に存在した憤怒の形相をしている明王像が無数の腕を動かし、祈りを行う。そしてその頭部にある冠の如き『馬の頭』から無数の火球が飛び出して、怨霊へと飛ぶ。その速度は怨霊をより近くで追っていたミサキ達三人が怨霊へ攻撃を試みるよりもずっと早く、怨霊も対処不可能なほどであった。
『ドドドドドドドド!』
重機関銃の掃射がごとき火球の乱射は数秒ほどで打ち尽くされるが、その威力は周囲の家屋を吹き飛ばし、アスファルトを溶かすほどである。掃射が完了すると明王像は消失し、代わりに千手観音坐像が現れる。
溶けたアスファルトによる煙に包まれた歪な巨人の姿だったが、シュウメイの感知には正確にその動きが感知されている。
「やはり再生している! まだまだ攻撃を叩き込まねば!」
彼は護符を用意しつつそう叫ぶ。
その隣に立つ西園寺ミサキと謎の男はすでに用意していたそれぞれの術を放つ。ミサキは三本の破魔矢を手に携え、それらをつぎつぎ弓につがえて連射していった。
謎の男の方は懐より取り出した護符を挟みつつ右手の薬指と中指で空を格子状に切り呪文を唱える。
『木生火、水虚火侮、甲乙より丙丁へ、火焔により縛れ、救急如律令』
やや鼻音や破裂音が意識されたような奇妙な発音で詠唱されたそれは炎を纏う魔術結合として煙の中に潜む怨霊へと真っ直ぐ向かう。
破魔矢はドスドスと煙の中、散らばった肉片がひとりでに蠢いて集まりつつある怨霊の肉体へ無慈悲に突き刺さり、同時に爆裂する。
『ドガァアン! ドガァアン! ドガガァアン!』
それでもなお肉片は一つに集まろうと動くが、炎に包まれる魔術結合がその大きな肉片に絡まり、炎の縄として肉体を焼く。ジュージューと肉の焼ける音と煙が出る。
だが、そんな中次なる攻撃を用意するシュウメイは感知する。
「バラけた破片から結合が来る!」
彼は肉片の動きの変化、そしてその肉片一つ一つから隠匿された魔術結合が現れていることを覚る。
――肉片は自立して動き出した、私たちを囲うように移動している。狙いは全方位からの攻撃か……?
シュウメイはそれを受けて話す。
「囲まれる前に動くべきだ!」
謎の男はぼそりと言う。
「当面はそうすべきだ、だがコイツは逃げるぞ」
それにミサキが言う。
「こいつの魔力はまだまだ残っている、我々では火力不足だ……。あのジジイを除いて」
彼女の言葉に呼応してか件の老僧侶が地上に降り立ち、三人の前に現れる。
「ワシが攻撃を全て引き受ける! お前たちはここから離れつつ削れ!」
その言葉を受け、シュウメイは謎の男に指示して隠匿された魔術をつぎつぎ封印させ、この場所から遠ざかる。ミサキもそれに続き三人は一時退避を進める。
三人が退避する中、忍如は一人ひび割れたアスファルトの上で彼に感知できない隠匿術を施された魔術による攻撃、多くは衝撃波を一身に受け続けていた。だがその攻撃も彼の身体を覆う防護魔術によって無力化され、忍如は身じろぎ一つ見せなかった。
三人を妨げる魔術結合の網を抜け、数秒走った後シュウメイが他二人を見て言う。
「抜けた。私はここらで術を展開する」
ミサキはそれを聞き、そのまま走っていこうとする。彼女の破魔矢の魔術は一度近くで感知した相手が彼女の最大感知圏内に居た場合に発動できるため、シュウメイの防壁魔術よりもやや射程距離が長い。
その時、謎の男がぼそりと呟く。
「結界術だ」
ミサキはそれを聞き、振り返る。シュウメイが一瞬後、何かを感知する。
「肉片同士が魔術結合を……。まさか……!」
忍如を囲っていた肉片同士がそれぞれを隠匿された魔術結合で結ぶ。その結ばれた結合は上空から見ると円に囲まれた五芒星を示していた。その半径3メートル程度の円は忍如を縛り付ける結界として一瞬でドーム状の外殻を虚像としてあらわした。内部の様子や音などは完全に遮断されているようで三人には全くわからない。
そして、それを見ていたシュウメイはまたも何かを感知する。
「はっ! 二体に怨霊が分裂して別方向から攻撃してくるぞ!」
シュウメイはその言葉に続けて謎の男に向け魔術結合封印のための情報を的確に指示し迫りくる魔術を封印させる。
ミサキは微かに感じられる怨霊の肉体に向け、弓より矢を撃つ。その矢は奇妙な軌道を描き、生きた鳥のように空を飛んで住宅の瓦礫を超え、二軒ほど隣の家の庭に居る怨霊へと刺さり爆裂する。
だが、その肉体もすぐに再生。シュウメイは手ごたえの薄いその様子を感知して苦言を漏らす。
「やはり決定打に欠ける……。結界の解除もこの状況では無理だ」
謎の男はそれに答える。
「怨霊の本体は分裂しても一体。霊魂を分けて肉体を操作するというのは魔術的効能だ。それだけで消費は多い」
ミサキはもう一発、矢を放って言う。
「相手は怨霊、魔力攻撃で削り切れば肉体も再生できなくなる。シュウメイ、今のうちに術を展開してくれ」
シュウメイは小さな大量の護符を取り出して一気に燃やし、呪文を詠唱する。
『完璧であれ。完全であれ。多様であれ。便利であれ。そうでなくてはならない』
彼の周囲に36枚の防壁が展開された。その術の完了と共に、ミサキの矢で怯んでいた二体の怨霊は体勢を持ち直し、魔術を放った。
シュウメイの防壁はその魔術結合を阻害し、動きを鈍らせる。
「これである程度の魔術は私でも封印や解呪が可能だし、相手に近づける」
それを聞いて謎の男が語る。
「私の術は近接のが強い。行かせてもらう」
シュウメイはそれに頷く。
男が走り出すとシュウメイの防壁が彼を囲い、守るように追従する。彼は住宅街の敷地を仕切るブロック塀などを体当たりで破壊し、突っ切っていく。そして、ある民家の庭先に立つ先程より一回り小さくなった異形の怪物の前へと至る。
また、ミサキも矢で逃走を妨害しつつシュウメイの防壁を引き連れながらもう一方の怨霊の肉体へと到達し、対峙していた。
シュウメイはその二者の戦いをサポートすべく感知能力に集中しながら36枚のうち数枚の操作を同時並行で処理している。
――二つの戦場を同時に処理する、か……。数が少ないのは助かるが、相手が相手、気は抜けない……!




