絶望の序曲
………………
ヨシノリは閃光の直前。強い衝撃によって後方に吹き飛び背中を強く地面に叩き付けられる。自身がどれだけ飛ばされたのか、直射日光のように眩い眼前の光によって視界が奪われ知るすべはない筈だった。だが彼は後方に3メートルほど飛び、周囲に何人かの人物、そして自身の操る霊が彼を、身を挺して守っていることが感じ取れた。
――この感覚は一体……。いや、そんな事よりも……!
彼の視界がゆっくりと回復する。目の前には魔術師たち全員が火傷を負いながら彼を守っていた。
心念が倒れる、それを周囲の術師が支えようとした瞬間、彼は声を荒げて言う。
「僕のことはいい、先に奴を!」
全員の意識が火球を呼び寄せようとする阿修羅の神霊へ向けられ、準備動作なく折口と諜報員は走り出す。
並び走る二者、折口はぼそりと呟く。
「意外にも人を守る意識はあったんですね」
「『我々』は無法者ではない」
諜報員がぼそりとそう言った言葉が折口の耳に届く。彼らはその一瞬の会話の後、同時に神霊へと攻撃を行う。真っ先に切り込む折口の抜刀を読んだ神霊は予め回避に動くが、その次に来る諜報員の上段蹴り、そしてその次の折口の切り上げに対抗すべく、二本目の左腕の中指先を切り取らせる。諜報員の上段蹴りを上部右腕で防御し、折口の斬り返した刀の斜め振り上げを左腕二本の肘鉄でブロックする。
二人の連撃は神霊の予知能力によって全て防がれ、相手の魔力を削る効果も微々たるものである。それをうかがう心念は状況を見て動かぬ自身の身体を呪うように言葉を絞り出す。
「くぅッ……! もう一人、あともう一人入らなければ奴を削り切れない……! せめてもう少し削れれば、僕の遠隔封印術で……」
ヨシノリはその言葉を受け、自身の霊を見る。彼の操る霊は先程の閃光によって存在が消えかかり白い影のようなものになっている。また、もう一体の黒い騎士はすでに消滅したようだ。彼の手元にあったはずの『模様つき頭蓋骨の像』はいつの間にか一つ消滅していた。
――コイツをあの神霊にぶつけても焼け石に水、近づくだけであの熱気に吹き飛ばされるだろう……。出来る手は一つ……。出来るか……?
ヨシノリはそう考えると白い影に向き直る。影はノイズの多い声を響かせて彼に話かける。
「せん……。わたしは……。あ……。のため……。に……」
ヨシノリはその途切れ途切れの声を聴き、やや逡巡しながらも後方で拳や刀がぶつかる音を聞き、意を決して口を開く。
「騙して悪いが、オレはお前の本当の主ではない。偽物だ」
彼は先程の黒い騎士による呪いの力を期待し、その真実を伝える。彼の眼前にうっすらと存在する霊は強く揺らめき、その輪郭を徐々にはっきりとしたものへと変貌させてゆく。そこに映る表情は、しかし確認することはできない。
「せんぱ……。主……。我が……。じ……。子孫……。元の……。術者は……?」
様々な声が混ざり合い聞き取りにくいその言葉を彼は理解し、口を開く。
「それは……。お前が……」
言いよどんだその言葉を聞いたのか、霊体は色を黒く染め、呪いの瘴気を帯びる。だが、その姿は元の白衣の少女とは異なり、黒い衣に身を包んだ影のような不定形の存在であった。
ヨシノリには不思議とそれが哀し気な姿をしているように感じられた。その存在は先程のように自分に攻撃性や過剰な庇護の感情を向けることもなく、ただただ命令を受け、応える。先程の姿以上に不安定で、そして同時に強力な力を持っていることが、術者である彼には、手元に残った頭蓋骨の像から感じ取れた。
彼はその頭蓋骨に最後の指令を念じる。
――あの神霊を倒せ。全力で、倒せ。
その念を受け取った霊は不定形の脆い身体を煙のようにまき散らしながら真っ直ぐ神霊に飛んでいく。神霊は二人の魔術師に対して攻勢に転じ、数的有利をものともせず押し返し始めていた。
だが、そこへ到達する不定形の霊に対して神霊は対処を優先、残る魔力を惜しげ無く使い閃光を放とうと手を合わせる動きを行う。
突然のその動きにやや退いた諜報員を横目に、折口は死に物狂いの表情で刀を神霊の腕に振るう。
『ガキィイイン!』
金属音が響く。強靭な防御の前に、刀は無力に弾かれる。しかし、その衝撃によってわずか一瞬、術の完成が遅れ、神霊の予知にほころびが生じる。
その一瞬はヨシノリの放った霊の攻撃が神霊に到達するに十分な時間であった。その不定形の身体を無数の拳に変容させ、瘴気と共に熱波を掻き消し、全方位から全力の一撃を浴びせた黒い影は、その一撃を下した瞬間何もなかったかのように突然消失する。だが、その一撃は確かに神霊を怯ませ、諜報員、そしてすぐに体勢を立て直した折口による攻撃を繋ぐ。
神霊の魔力は先程の一撃により大きく削られ、そしてそれに続く諜報員による蹴り、仕込みナイフの一撃、折口による刀の一閃によって更に削り取られて行く。しかしながら、その強大な魔力には底が見えず、姿が揺らぐこともない。
すぐさま神霊は二人による連撃を受け止め、攻勢に戻る。だが、削られた魔力は攻撃を続ける必要から回復することは無い。
そこでヨシノリが叫ぶ。
「全員で取り押さえろ!」
神霊は攻撃の手を止め退く動きを見せ始めるも、声に呼応した諜報員による攻撃を受け止め、腕に掴みかかる折口への攻撃し、脚を止めることとなる。
それと同時に心念が呪文を詠唱する。
『オン・ヤハ・パラミ・ラスタ・ヤッタ・ソワカ。その羂索によりて仏敵悪心を縛り上げよ』
作り出した魔術結合を心念は投げ網のように神霊に向けて放ち、捕らえる。
「このまま封印を完全なものにしてやる……!」
神霊は網のような魔術結合を断ち切ろうともがくが、失った魔力のせいか、逃れることはできない。魔術結合に籠められている魔力は次第に強度を増してゆき、神霊も身動き一つ取らなくなる。
しかし、封印は時間がかかるようで、心念は神霊に対して近づいて念仏のようなものの詠唱を続け、折口と諜報員はその武器を携えたままながら傷と魔力の回復のため瞑想のようなものをし始めていた。
ヨシノリはその封印を見届ける中で、『ラッキー38』の声を耳にする。
『オヤオヤ! 呪物がぶっ壊れちまったようだナ! だが安心しろ、おめーが扱う呪物は単なる借り物、実物が天出のコレクションとして所蔵されている限りはいくらでも元通りの状態で使えるからナ! んじゃ、魔力がタマッたらまたオイラを呼べよッ!』
ヨシノリはその言葉を聞き、脳裏に先程の霊に対する思いが浮かぶ。
――真実を知ったあの霊は、深く絶望していた。あれも多分リセットされるのだろうが……。真実を知ることで絶望する、か。求めた『真実』がもしも自分を苦しめるものだったら、あの霊のように忘れられたほうが幸せなことも……。あるというのだろうか。
彼がそう考える中、封印を続けていた心念が、何かに気づいてヨシノリ達に振り返って話す。
「師匠が来た、他の魔術師も一緒だ!」
その言葉ののち、彼は感知能力によって知覚した師匠たちがやってくる方角を向く。その数分後、火球も消失し、爆裂によって穴だらけとなり焼野原となった住宅街のアスファルトがわずかに残る道の果てより四人の人影が現れる。その姿の仔細が良く見え始めた頃、心念はその一段の先頭を走る師の様子に疑問を抱く。
――なんだ? あの焦りよう……。それになにか、何かを伝えようとしている……?
彼は目を凝らしてその師の口元を読み取る。
「た、お、せ……? い、ま、す、ぐ……!」
彼は並々ならぬ師の焦りよう、そして師・忍如と全力疾走でこちらに向かう西園寺、香室、シュウメイら、もれなく全員が相応に魔力を消耗し、傷を受けていた。
――師匠ほどの術師があそこまでの傷を……!? それに、『倒せ、今すぐ』……。とにかく今すぐにでもこの神霊を封印して……。
彼はそう考えて振り返り封印を完成させる作業に取り掛かる。だが、すぐに彼は違和感に気づく。
――何か……。何かが近づいている……? 周囲に強力な神霊、怨霊の存在は感知されていない。だが……。地下か?
彼の目が阿修羅の神霊が這いつくばう地面に向けられた。その目は確かに、地面の小石が揺れる様子を捉える。そして、その地面は次の瞬間、盛り上がり、土の中から苦悶に歪む人間の顔が現れた。
「何ッ!?」
その顔は、神霊を囲うように幾つも現れ、天に向け伸びてゆく。現れたのは人間の女性の手足、胴体で構成された木の根のようなものだった。
周囲にいた折口と諜報員は即座にその肉でできた木に攻撃を加える。折口はその攻撃の感触から悟る。
――これは、霊体……! これも神霊!?
二人の攻撃に血飛沫を挙げるその『根』はそのまま土の下へと戻っていく。封印されていた阿修羅の神霊はその根に取り込まれ、連れ去られていた。
その直後、再び地面が揺れ始める。だがその揺れは大きく、そしてそれに伴って地下より現れるものも巨大であった。
ヨシノリは目の前に『生える』巨大な『樹』を見て、その冒涜的で生々しい姿に恐怖を覚える。
そこには様々な人間の肉体が幾千、幾万と滅茶苦茶につながり合って構成される巨大な樹のような存在が現れる。その樹の幹には同じく人間の肉体と血、肉、内臓によって彩られ、輪郭を作り出す巨大な女神の姿がある。
その女神の肉体より、無数の女性怨霊が木の実のように産み落とされ、霊体の津波としてヨシノリ達へなだれ込んできた。




