闇夜を舞う龍神
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他方、シュウメイは心念に対して近接戦を仕掛けていた。彼の『壁』を操る魔術は先の戦いにおいて幾枚も破壊され残る枚数は4枚、彼はその壁を彼中心に奇妙な位置に置きつつ、心念に近づいて行ったのだ。
心念は右手に持った金剛杵に魔力を込め、槍のような武器へと変化させる。彼は柔軟性を持つ槍で突き、しなりを利用した攻撃を行う。だが、シュウメイはその攻撃を壁で防御することなく、脇腹に突きを受けつつ心念へ霊符を張り付けた。
その霊符は周囲の壁から魔術結合を結ぶ。その結合は丁度五芒星、セーマン印を描いていた。
「幸いにも今日は陽と陰、太陽の影と月の交わる日。陰陽七曜術は強力なものとなる……! 『火剋金急急如律令』」
シュウメイの簡易呪文と共に魔術結合は効果を発揮、魔術結合が炎の縄となり心念に巻き付く。
――こいつ、陰陽師か! 僕への攻撃と共に僕の『金剛杵』自体の強度も弱めている! 五行相剋……。堅牢な槍の特性を『金』ととらえ五行においてそれに剋つ『火』を出したというわけか。
炎はじわじわと心念の魔力防御を削り取る。そこで心念は金剛杵にまたしても魔力を込める。槍のように伸びていたそれはまたしても像を変貌させ、通常の金剛杵に収縮すると、凄まじい光と熱をその内部から発生させ、爆発する。
『ドガァアアアアアン!』
シュウメイはその爆発を即座に察知し防御姿勢をとるが、不十分なままに爆発を受け、背後のブロック塀へと吹き飛びガラガラとその塀を瓦礫に変える。シュウメイはわずかな火傷を負いながらも即座に跳び起き、心念へ向かっていく。相手もまた炎の縄がいまだ身体の一部に纏わりついていながらも身体の自由は確保し、金剛杵を弓に変化させ引き絞る。
また、ヨシノリを人質にしようと襲い掛かった諜報員は西園寺と香室にそれを阻止されたのち、折口レイによって足止めを受けていた。折口は場を離れようとしていた諜報員に素早くも独特な歩みの方法で近づき、目にも留まらぬ抜刀を行った。緩やかで流麗とも言えるその太刀筋は諜報員の予知能力を凌駕した速度であった。
女諜報員は肘から下をその居合で切り離される。全てを断つその一撃は彼女にとってまたしても特異な体験であり、数々の実践の経験を踏まえ、彼女は距離を取る動きを即座に敢行しつつ魔術に対して分析を開始する。
――刀は日本魔界府警備課に支給されるものとは違う……。あれら以上の強度を誇る呪物だ。それに、私の切り落とされた左腕が私の脳と感覚がいまだ繋がっていることから『古代魔術』を含んだ魔術を彫りこんでいると見た。恐らくは刀身が効果範囲。刀を振る際の動作指定や鞘から抜き出す動作の必要性といった更なる条件も予想できる。
彼女は脚へ魔力を集中。先程相手が繰り出した歩行法を超えるスピードで距離を取る。
――攻撃範囲の短さ、予知能力で私を凌駕している可能性が高いことから、全力で距離を取って私の霊で攻撃するのがベスト、近接戦を避けろ。隠密に持ち込めばこちらの勝ちだ。
だが、折口はそれを追う事もせず、刀を両手で握り、上段突きの構えを取り、魔力を刀へと注ぎ込みつつ呪文を唱える。
『快刀乱麻、汚れなき刃の煌めきがあなたを撃つ』
刀身は自ら輝きを放ち、彼女の突きと共にその光が真っ直ぐレーザー光線の如く放たれる。
「何ィッ!?」
光は諜報員の脚を捉え、熱戦の如きパワーで触れた部位を焼く。思わず被弾箇所を見た彼女は眩い光を目撃した。
――マズい、この光も術中!
彼女の目は一時的、ほんの数秒眩む。その隙を突くように折口はまたしても残像が現れる様な独特の歩行法で距離を詰めていく。それに対応すべく、諜報員は彼女の周囲に霊を展開し始める。
一方、ヨシノリは戦いの場となった住宅街の道端で周囲を見回していた。爆発、轟音、血の飛び散る様は正に戦場。香室と山口が目の前で顔面も胴も腕も関係なく激しい殴り合いと取っ組み合いを演じて血を塀やアスファルトに飛び散らせている。
だが、相手となる人間は諜報員と山口に関しては異なるものの、僧侶二人は彼に対して友好的に接触していた人物であったと彼は思い出す。
――折口さんたちは香室さんとは協力関係を結んだ、僧や諜報員は香室さんとは訳が違うのか? そもそも今優先すべきは……。
彼は自分に何もできないこの状況において、自分のやるべきことを見定め、叫ぶ。
「あんたらなんで攻撃してくるんだ!? 俺たちは脱出のために一時結託しているだけだぞ! 攻撃する理由もされる理由もない!」
山口が香室に強力なフックを入れ、後ろへ吹き飛ばしつつ叫ぶ。
「理由なんざねえよガキ! 違法魔術師は秘匿課をぶっ殺す! そう言うもんだ」
ヨシノリは嘲るようなその言葉に即座に反論する。
「あんたと戦ってんのはその違法魔術師だよオッサン!」
「ああ? テメェ……!」
反論への怒りか山口はヨシノリに食って掛かろうとするが、香室が飛び掛かって身体に組み付く。彼女は笑う。
「オーッホッホッホッホッホ! 隙アリですわ~! お話の邪魔する悪い子には躾が必要ですことよッ!」
「クソッ! 放せコラァっ!」
二人の乱闘が続く中、僧侶忍如が背後に炎を帯びた憤怒の仏像を出現させつつ口を開く。相対しているミサキも眼帯を解放しようとしている手を止めた。
「我々古僧會としても脱出を優先したいところなのだが、結託した『隠者の薔薇』の御仁がな……」
その言葉に心念も一時攻撃を止める。対するシュウメイもまた手を止める。
当の諜報員は自身の周囲に霊を展開し続け攻撃的意思を隠さない。だが、折口が距離を置いて手を止め、さらに機転を利かせて刀を鞘に納めるとともにそれを地面に置いたことで諜報員はようやく重い口を開く。
「……。我々『隠者の薔薇』は魔界府秘匿課と協力することはない」
その言葉に反論するように折口は話す。
「今の状況はそうした対立よりも結界の解除を優先すべきです。我々も対立に関して思うところはありますが、いったんそれは脇に置いて……」
「私は我々の理念に準ずる。たとえ私が死のうとも。我々の理念は貴様らと慣れ合う事を許しはしない」
冷徹に諜報員はそう語る。折口もその反論にやや怒りを見せつつあった。だが、ミサキが口を開く。
「フーッ……。まあ待て。何も積極的に協力しろと言っているわけではない。貴様がどこへ行こうとこの結界がある限り我々は関与しないということだ。どうせ狙う相手は天出仁一人だがな」
諜報員はやや悩む。だが、決意は変わらぬ様子で答えようとする。
その時、忍如とシュウメイらは身の毛もよだつ悪寒を感じる。彼らの広範に及ぶ魔力感知能力が『ある存在』を感知したためだ。
シュウメイが叫ぶ。
「怨霊だ……! 100メートル圏内に巨大な怨霊が、空中に……。すごいスピードでこちらに来る!」
山口が空を見上げ指差し叫ぶ。
「あれだ! 20秒程度でこちらに着く!」
その指の先には雷雲と共に空を蛇行する『龍』が居た。




