柔と剛
……………
山口コウは空中にて『無』を蹴り、ライフル弾の如く鋭い突撃を西園寺に向け敢行する。ミサキ事前に山口の攻撃を予感し即座に回避の動きを取る、だが、彼女の足はもつれ、倒れかける。
――地面から……!
物質密度が高いほど、感知は鈍る……。やられたッ!
彼女の足首は地中よりアスファルトを砕いて現れた腕に掴まれていたのだ。
山口の攻撃は正確に西園寺を捉えて攻撃が飛来する。速度により増幅される力学的ダメージと異常な硬度と強度を誇る肉体の圧力は極小に圧縮された爆弾的破壊力を持つ。
だが、そこへ介入する山口以上の速度を示す者の影があった。
香室雅である。
彼女はくるりと横回転しながら蹴りを繰り出す山口の下へと自らを差し込み、髪の毛によって彼の胴体をからめとると、その力を利用しつつ自らを軸とした回転の力へと合流させ、山口を空中で投げ飛ばす。
華麗に着地した彼女はアスファルトに叩き付けられた山口へ追撃を行うべく走り近づく。
「柔能く剛を制す、というやつですわ、ねッ!」
彼女の正拳は跳び起きた山口が振る拳とぶつかり合う。
『ガキィイイイン!』
「何ィッ!」
山口は体勢が不安定であったこと、パンチに腰が入っていなかったことからか圧し負ける。
彼は驚愕を覚えていた。
――このガキ、オレに迫り得る身体の魔力順応度!!
しかも全身隈なく!
オレがここまでボロゾーキンになって鍛え上げた肉体にその歳で追いつかれるのはムカつくぜッ!
彼がそう考えつつ次なる攻撃を用意する中、香室もまた相手に対して驚愕していた。
――起き抜けになんてパワー!
なんて拳の硬さですの!
身体の魔力順応の本質とは『身体が魔力に慣れることで本人のイメージ通りに身体が変貌すること』!
私の身体は誰よりも柔く、誰よりも硬く操作できる!
そう信じてきた!
けれど彼は……。私の想像を超えるスケール!
私は、私は……!
「更なる伸びしろ、感じますわぁ~ッ!」
彼女の巻き髪の束一つ一つが生物の如く動き出し、彼女の四肢と共に山口へと襲い掛かる。
一方、地中から現れた腕に足を掴まれたミサキだったが、山口の攻撃が逸れた直後、その腕の主が地中より、アスファルトを一息に吹き飛ばして現れる。
『ドガァアアアアン!』
ミサキはその飛来するアスファルトの破片から身を守りつつ、自らの足を掴む相手の姿を見る。そこにはもう片方の手で錫杖を持った老人が開いた穴より地面に這い上がろうとする姿があった。
「やれやれ、下水管のガスで死ぬかと思ったわ」
彼の背後には八面六臂の千手観音座像が像として浮かび上がっており、強力な魔力と生命力に満ち溢れ、輝くオーラを身に纏っている。
ミサキは即座に攻撃を敢行しつつ、相手が古僧會の僧兵『忍如』であることを確認する。
――違法魔術団体『古僧會』所属、第一級相当違法魔術師。
第一級相当とされながら、その枠を超えた世界有数の称号『特別指定級』の魔力量を誇る術師。感知、予知能力としては『天出仁』に一段劣るが知識、技術、戦闘能力を総合的に見て奴の練習台として丁度いい相手だ……!
この老人を私一人で倒せるのならば……。私は天出仁を殺すことができる!
決意を固めた彼女は自らの足を握る老人の手を蹴る。
だが、輝くオーラとして示される魔術の『防壁』はその攻撃の衝撃を完全に吸収する。忍如は地面に片足を掛ける中、握る手の圧力を高め、金属光沢を帯びた錫杖で殴りかかる!
「悪いがこれも職務」
そう言いつつも、逃れようとミサキはアスファルトを手でつかみ、忍如を引く。
忍如は殴りに腰を入れるべく、その引っ張る動きに応じ、より安定した姿勢のために地面にもう片方の足を掛け、マウントポジションを取ろうと動く。
だが、それはミサキの思惑通りであった。
「!?ッ」
忍如は地面に上げた脚がどろりと底なし沼に入る感触を覚える。魔術である。
流石の体幹により倒れるようなことはないがもう片方の足もまた、魔術によって足を取られ安定を失う。
彼はミサキの魔力操作技量により巧妙に魔術結合を隠蔽された『罠』を踏んだのだ。
――無詠唱。更に魔術結合の隠匿。相当効率化しているな……?
二級魔術師と侮いたが、どうやら更新していないだけのよう……。やれやれ……。
「歳は取りたくないものだ……」
忍如はミサキの蹴りの連打が入る中、余裕たっぷりにそう呟く。
彼の強力な魔術の防壁は彼女の本気の蹴りをことごとく防いでいく。彼はミサキの足を放すことはない。
だが、忍如の足は沈みゆき、『沼』の範囲は広がっていく。
「私は手を離さない。貴様は私と共に沈むことになるが……。姿勢から見てもどうやらこのままでは貴様の方が先に窒息死するようだ。私も僧侶、殺生は避けたい、ましてや相手の術で、女を……」
「黙って沈め、ジジイ」
勢いよく入れた蹴りも全く意味をなさない。
――私の『蘆原の底の黄泉』は強力な解呪効果を持つ。神道系魔術の効果により日本語を術に取り入れている場合より効果的に魔術を弱らせる……。通常の防壁などは、これで消える!
なのに……。コイツは一体どれだけの魔力をこの術に籠めているんだ……?
忍如を守る黄金のオーラは輝きを鈍らすこともなく、なおも強力な防御を示している。
だが、彼は徐々に沈むところから動き出すこともできない。そして彼は、胸の位置まで埋まり始めていた。
「ふむ、流石に術者は巻き込まない……。いや、罠を踏んだもの以外を対象としないということか」
忍如は全く沈む様子の無いミサキと、自らの腕がミサキから引き離されるように協力に地面へと引き込まれていることに気づき、そう言う。
「そう言う事だ。無限にも思えるその防御もこうなっては形無しだな」
忍如は溜息をつき、口を開く。
「では、手加減はできんな」
ミサキはその彼の顔に幾重にも刻まれた皺が人間を殺すときの冷たい表情を形成する瞬間を見た。その皺のほとんどすべてが笑みではなく、その冷たく、しかし真剣で、怒りにも似た感情が渦巻く表情によって形成されたことを悟った。
同時に、彼の手がミサキの足から離され、沈む。ミサキはその隙を見逃さず、すかさず距離を取り破魔矢を撃ち込むため矢をつがえ弓を引く。
そして、忍如の頭へと矢を放つ。
『ヒュッ……』
防壁により、止まる。
だが、矢は彼女の魔術により爆発する。
『ドガァアアアアアアアアアン!』
TNT換算約5kg相当の大爆発が忍如を包む。
だが、彼の声はその爆発の中響いた。
『オン・アマリ・トドハブ・フムン・フアッタ・ソワカ・呪わしき諸悪を討ちたもう・邪念呼ぶ魔王を滅ぼしたもう』
ミサキは、爆炎と黒煙の中、忍如が無傷である事を爆発音の中わずかに聞こえた詠唱によって悟る。
そしてその一瞬後、黒煙で見えない忍如の場所に『恐るべき魔術』の力を感じる。それは本能的に『死』を覚える様な、『忿怒』の空気感。
――これは……!
クッ……!
仕方ない、天出仁に用意した『奥の手』を使うか……?
彼女の眼帯から黒いオーラがあふれ出す。黒煙の中で忍如が作り出した『それ』と同等の、『怨嗟』の空気感を帯びる強力な魔術がそこにはあった。




