漆黒の復讐者
……………
西園寺ミサキはヨシノリ、香室雅をそれぞれ見遣る。何かを見定める様な片方の眼光はすぐに止み、彼女は口を開く。
「結界からは離れよう。先程のように怨霊がこれからどれだけ出てくるか……。壁のせいで外の感知は難しい。それに、『奴』の配下にある霊魂が襲ってこないとも限らない」
彼女はそう言って振り返り住宅街へと入っていく。
一行もそれに続いて歩き始めた。住宅街の道路上には蠢く肉塊が定期的に見られ、人の姿はない。魔術師たちは感知能力によって周辺にほとんど『肉塊』以外の人間はいないことを知っていた。
ヨシノリはそれらが『人間』であることを自分の家族を思い出しながら想像し、一抹の不安を心によぎらせる。
避難させるべき人間は存在しない。勿論、住宅街や家々を一軒一軒しらみつぶしに調べて行けばその限りではないだろう。折口はその提案をしようとも考えていたが、西園寺の様子を見て言いだせずにいた。
――ミサキ、あんなに緊張しているところは始めて見た……。
それだけ、あの天出仁への恨みが……。
西園寺ミサキの身体には魔力に混ざり合う呪いの瘴気が発せられており独特の緊張感を示している。そしてその瘴気は眼帯に覆われた瞳の部分より漏れ出ている。
その瘴気はヨシノリにも何となく感じられていた。
彼は自分の抱いていた天出仁の印象と対照的なミサキの様子に揺らいでいる。秘匿課という組織、そして魔界府という機関についての疑念はほとんどないが、天出仁がなぜ自分を助けたのかという疑念のせいもあり、次彼に会った際に敵対する気にはあまりなれていなかった。
そんな中、香室雅が口を開く。
「西園寺さん。貴女、どこへ向かってらして?」
ミサキは歩きながら振り返ることもなく答える。
「雑魚怨霊を避けつつ、天出仁を見つけ出して殺す」
香室雅はそれを聞き、ぴしゃりと、しかし丁寧に反論する。
「西園寺さん。はっきり言ってそれは今の我々では不可能です。民間の方々を一か所で保護することを優先した方が宜しいと思いますわ」
西園寺はぴたりと足を止め、鋭い眼光を香室へ向ける。
「あんたに奴の何が分かる?」
香室雅はなおも毅然として優雅とも言える態度を崩さない。
「わかりますわ。真剣にお手合わせをした相手ですもの。ただ、貴女ほど彼を研究しているわけではないでしょう。それでも、私には貴女を含めた我々全員で一気に彼に挑んで勝てるビジョンが全く見えないのです」
「香室雅、あんたは秘匿課に回される『違法魔術師管理資料』には載っていない。それがどういうことかわかっているか?」
「まだまだ私のことがバレていないということですわね」
「違う。あんたはこの日本のあらゆる場所に張り巡らされた魔力観測計で注目されるほどの魔力や強度の術式を今まで一度も操っていないということだ。つまり、あんたは指名されるほど強くない、三流魔術師ということだ」
香室雅口元に手を当て笑う。
「オーッホッホッホッホッホ! 面白い御冗談ですわ! 相手の実力すら自分の目で測れないお馬鹿さんのようなことをおっしゃって!」
西園寺は眉間にしわを寄せ、怒りを示す。
香室雅はそれを見て、なおも不敵な笑みを見せる。
「なーにガン垂れてるんですの? 自分で試す気になられて?」
西園寺は有無を言わさず右ストレートをすさまじい速さで繰り出す。だが、香室雅はそれを左手で軽くいなし、右手で西園寺の顔を平手で打つ。
「あら」
香室のビンタは空を切り避けられる。
だが、西園寺のその眼にはやや焦りが見られた。
「流石に『予知』は研ぎ澄まされているようですわねぇ。でもその焦り、私の力量は流石に伝わったのかしら?」
西園寺は香室の言葉を聞き流し、彼女を凝視していた。西園寺は彼女の仔細を分析していた。
――彼女は……。間近で感知してハッキリとわかった。
彼女の魔力は『二重』になっている。そして魔力回復も奇妙だ。
まるで《《二人の人間が一人として活動しているかのよう》》に……。
それになんだ、この肉体の『魔力への順応度』は……?
先程戦った山口には一歩及ばないが、それでもここまでの順応は魔力攻撃による瀕死の重傷を幾度も受けるか、つねに強力な魔術・呪いの影響下に無い限り有り得ない。
香室雅の肉体はすでに鋼鉄のような強度を持っており、魔力が全くなくとも10gTNT炸裂程度なら火傷になる事もなく耐えられるほどだった。西園寺の記憶ではここまでの異常な魔力順応は第一級相当以上の精鋭と認められるレベルのものである。
だが、西園寺はそれでもなお負ける気はなかった。
――予知ではこちらが優位。負けたままではこちらの気が収まらない!
「あらあら、負けず嫌いなのね。良いじゃない」
香室雅もそのまま戦う姿勢を崩さない。シュウメイは仲裁に入ろうと駆け寄って言う。
「お前たちいい加減に……」
シュウメイはその瞬間、近くで強力な魔力反応を察知する。
――私の感知範囲に突然!?
いや、『隠密』か!
油断していた……。さっきやり合った隠者の薔薇の構成員!
シュウメイは叫ぶ。
「『隠者の薔薇』だッ! 他の奴らも来るぞッ!」
その叫びと共に、ヨシノリの背後へ未知の角から人間の影が出現する。その影はあまりにも速い速度で動く女諜報員であった。
彼女は袖口より仕込みナイフを取り出しつつ、もう片方の手でヨシノリの首を掴もうとする。
『ビュワッ!』
諜報員のヨシノリに向けて伸ばす手に破魔矢が飛来する。西園寺は凄まじく流麗な射撃により『人質』戦術を抑止した。また同時に香室の髪によってヨシノリは巻き取られ、彼女の下へと寄せられる。
諜報員は飛来する破魔矢が腕に刺さる前に攻撃を中止、ヨシノリを捉えるよりも回避を選択するが、矢は彼女の腕を追うように軌道をうねらせて刺さる。
「!?ッ」
香室はすぐに周囲を警戒、感知に集中する。そして彼女は上空から飛来する山口、別方向より走ってくる心念を感知する。
「あと二人、面白いメンバーですわね」
上空から真っ直ぐ飛び込んでくる山口は西園寺ミサキを見定めて叫ぶ。
「また会ったなァ! 死ねぇっ!」




