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『鍵』と詐欺師

     ……………


 20時に差し掛かろうという頃、ミゾロギタクヤは住宅街を走っていた。住宅やブロック塀などの障害物は彼の眼孔に棲む『色』の前に砕かれて行く。彼はひたすら真っ直ぐ、真っ直ぐ南へ走っていた。


――天出仁……。聖なる供物にたかる(バアル・ゼブブ)め……!

 必ず殺す。

 必ず!

 だが、『俺では無理』だ。今俺にできるのは足掻くことのみ……。だが、だがッ!


「必ずお前は殺す。天出仁……! 貴様は供物となる運命なのだ……!

 だが、それよりもまず、まずはあの結界を……! そうすれば、グフフ……。世界が……!

 ぐはっ、ぐはははははは!」


 ミゾロギは叫びをあげる中、脚を止める。結界の壁の前までたどり着いたのだ。

 彼は有無を言わさずそのまま結界への凝視を続ける。

 だが、結界の薄い黒は色を吸われて続けてなお色を褪せさせない。


「なぜだ……。なぜ色が……。『色』が吸えない?」


 そう呟いたミゾロギの背後に迫る『天出仁の複製(ドッキリゲンガー)』達の大群。その中から声が響く。


『くくく……。急ごしらえだったがうまく動作したようで何よりだ。さっき、ものの数十秒でやったにしては上出来だろう?』


 ミゾロギは振り返り複製体たちを消し飛ばす。だが、一部の複製体は生き残る。


「どうなっている……!? 『色』は宇宙に棲む物理法則とは別の世界の生き物……。決して人間の力では……」


 天出仁の声が、複製の中から響く。


「本来は、な。

 ホンモノはそんな雑に色を吸うことはしない。数日かけてじわじわ成長し生態系に影響を及ぼして支配する。どっちかというと精神支配系の生き物だ。

 君のやっている術は『色』を一部分だけ招来しその力のほんの一部を利用しているに過ぎない。更に言えば、『色』の効果も不十分だ」


 ミゾロギは声の響きから複製体たちの奥にホンモノの天出仁がいることを悟る。彼は苛立ちながら、その複製体たちを凝視し続けるが効果はない。


「たかだが……っ。ちっぽけな……っ。霊体ごときを……っ! なぜッ! ナゼダッァッ!!」


「くくく。良い声でわめくねぇ……。

 君の『色』は不完全もいいとこだ。物質の『色』の情報そのものを取り込む『概念操作』といった物理法則外の能力を使用しているが、本来その物体を完全に浸食したうえで色の情報を取り込む過程をすっ飛ばしている。

 そのせいで私の『色を出現させ続ける』という《《実に初歩的で初心者でもできる容易な魔術効果》》によって物質の情報を吸収し破壊することを防がれてしまっている。

 いやはや生兵法は大怪我の基とは全くこのこと。まさしくコズミックホラーの大傑作完コピして書いてもなかなか売れないみたいな話だ」


 流暢に、冗舌にそう語る最中も延々とミゾロギの『色』は吸収を試みるが全く歯が立たない。なおも天出仁は彼を逆なでするように語り続ける。


「君が結界の外に出て、街を壊し周ってくれて本当に助かった。私の感知能力によって即座に君の眼孔から放たれる魔術結合を分析し、効果の『アタリ』を付けることができた。

 結界内では魔力の充満のせいでわからなかった。いやほんと、助かったよ、君が迂闊で無思慮で愚かで……」


 「俺を……。おれを舐めるなっ……。この道端のっタンカスがっ! 殺す! 殺すぅううっ! うううううぅウワァアアアアアァアアア!」


 全身から忌まわしき狩人を放ち、ミゾロギは飛び掛かる。狩人たちは複製体に食らいつく。


『ドガァアアアアン!!』


 爆裂。

 複製体はその爆発によって忌まわしき狩人の動きを止める。ミゾロギはその複製体に守られていた天出仁に向け眼孔を開く。


『ガシャッ!』


 天出仁の色は失われ、姿は砕け散った。


「ガハハハハ! 所詮、所詮人間! 神の力の前には無力!」


 高らかにミゾロギは宣言する。だがその背後、遥か後方よりミゾロギの頭部へ『布』がかけられる。


――複製体の吹き飛んだ手から布ォッ!? ノーマーク!! 『色』が吸えない!! 布に魔術を施している!


「やれやれ、だからその『神の瞳』とやらに頼ってる限りは無理なんだってば。騙されやすい男だよ」


 ミゾロギの目の前、砕けたはずの天出仁の下半身から声がする。その下半身であるはずのものは動き、天出仁が現れる。ミゾロギには意味が分からない。


「だからさ、私は【私の複製自体の内部】に潜むこともできるし、私の姿自体をその瞳から隠すことも欺くことも容易だ。

 そうじゃないと身代わりを複数用意しても意味ないからね。要するに君はその瞳に頼った時点でホンモノの私を捉えることは不可能で、負けていたということだ」


 ミゾロギは天出仁に喉を掴まれ足の届かないよう持ち上げられて絞められる。布を破ろうとする手も力を出せない。天出仁は直接魔術をミゾロギに施し、苦しみを与える。


「簡単な術でも直接つかまれて流し込まれれば、解呪する方法は無い。

 ――私はね、簡単な術なら無詠唱でも楽々使えるんだよ。触ったところ君、随分と神経が焼き切れているようだが、中枢神経系やらは無事らしい。

 ほうら、こんなに麻痺が効く。ここで更に神経を直接操作して自白を引き出してやろうか……」


 その言葉にミゾロギは喉を鳴らして話す。


「私を……。利用する気か……?

 カヒュッ……。私は『神に愛された者』。

 私の『救済』はすでに……。『確定』している……! 私の勝ちは変わらんぞ……。このちっぽけな詐欺師めっ……!

 カヒューッ。

 ――私の命は……! 私の命は、『鍵』! 『大いなる怨霊ども』を牢から解き放てええぇっ!!!!」


 次の瞬間、ミゾロギの首に泡立つような気泡が現れる。

 顔や首、身体が膨れ、沸き立つ水疱が全身に泡立って行く。そしてものの数秒で、街のあちこちに横たわって蠢く肉塊と同じ姿となった。


 どちゃりと音をたてて肉塊を地面に捨てた天出仁は息を大きく吐く。


「フゥーッ……。移動すべきだな」


 背後の『結界』の壁をちらと見て彼はそう呟く。そして彼は魔力を込めた脚でジャンプして住宅街を数十メートル跳躍。そのまま結界の壁より離れていく。

 そしてしばらく離れた民家の窓へ飛び込み、寝室のベッドへと向かった。

 勿論、彼はこの家の家主のことなど知らない。ただ丁度いい場所にあっただけである。

 どさりと彼はベッドに倒れ込む。


「しんどーっ! 自分の魔力で魔術を使うとか……。やっぱきついわ~!」


 彼の最大魔力量は97g。第三級魔術師上位相当の量であるが、彼の実力と比べて明らかに少ない。だが最大魔力量は類まれな才能か、長年にわたる修行が必要不可欠であり、彼はそのどちらもが不足していた。


 彼は懐から『指』を取り出してなけなしの魔力を込める。


 既に彼の残る魔力量は10g程度。それでも彼の高度に効率化された魔術は呪物の魔力を利用するため起動のための魔力は4g程度で十分なのだ。

 魔術によって現れた霊体の遊女に天出は困ったような笑顔で頼み込む。


「ごめーん。少し寝たいからさ、見張り頼める?」


 呼び出された彼女は呆れた様子で頷く。


「ありがとうございますっ! いつもお世話になっちゃって申し訳ないねー」


 そう言った後、すぐに彼は眠りに入る。

 リラックスした様子で寝息を立てる彼の魔力は非常に速い速度で回復を始める。だが、彼の魔力感性は先程結界で感じた『存在達』の結界内への侵入をしっかりととらえていた。

 通常の霊魂や怨霊であれば睡眠中でも全く持って彼にとって無害でありながら、わざわざ術を発動して眠った理由がそこにあった。


 時は夜20時。

 西羅牟市をドーム状に覆う結界の中へ、『三体の大怨霊』が侵入してきた。


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