神の目は真実を見定める
………………
その手は床より生えた霊魂の手。
ミゾロギの周囲へほかに三体の霊魂が屋敷の天井や壁、床から現れ、彼へ抱き着く。彼は腕を振って振りほどくが、そうするたびに霊魂は増える。
一方、天出仁の方にも霊魂は現れ抱き着くものの彼はそれを受け入れる。彼は霊魂を見てフレンドリーに笑いかけて話す。
「お、今日はヨネ姉さんか。お久しぶりー」
霊魂は姿もおぼろ気であるが、天出仁には彼女が笑っていることが分かる。
「じゃあ今回もお願いするぜ。今日はちょいと余裕がなくってさ。魔力がカツカツなんだよー」
彼のその言葉に呼応して、霊魂は彼の体内へと入る。
霊に憑りつかれた彼は、胸に打ち付けられた腕から流れる血によって、魔力が回復し始める。
――『愛の手』。
一族を守る愛の加護は一族の滅亡により家を守り、部外者を排除する力を持った。
だが、こうして一族の地縛霊が憑りついた状態になると加護が私にも適応される妙な挙動となる。地縛霊は本来侵入者をその場に留め、苦しめて殺すための要員。それが転じて我が力となるのは全く持って興味深い。これだから魔術は止められないねぇ……!
他方、ミゾロギは無数に湧き出てくる霊魂たちに向け瞳を開き、色を吸い上げて消し飛ばす。
「邪魔だァっ、死者共め! 貴様らは最早、見棄てられ、神の救いもないのだッ! 不信心なゴミどもめッ!」
そう叫ぶミゾロギは頭頂部に意識を集中し魔力を向ける。
脳に埋め込まれた『瞳』の力を活性化させようとしているのだ。彼の鼻からは血がしたたり、彼の脳の神経節は次々と焼き切れてゆく。
だが、彼にそれをためらう理由は全くなかった。
――そうだ、不信心で無知なゴミ共に嘲笑されて騙されてきた人生の記録など、人々の救いのためには不要!
俺は俺の全てを捧げ、この不浄で自由の刑罰に処されている世界を清浄なる正しき救いをもたらすのだ!
愚かな我らを正しき道へ!
嘘偽りの無い、悪意なき世界へ!
「うはははははは! 見える! 感じるぞ! そこだァっ!」
ミゾロギは目を見開き、ある一点を見つめる。
彼にはもはや色彩も視覚もなかったが、半径10メートル以内の物理的状況、魔術による虚像の状態、霊魂の位置、そして魔力感知による生物の位置などが把握できている。
――物体としての形、魔術による虚像か否か、霊魂の性質、魔力の性質。本来強力な魔術か第一級クラスの感知型魔術師によって一部しかわからない情報が際限なく俺の頭に入って行く!
真実は我が手中にある!
天出仁は近づいて来る『色』をようやく察知し、逃げ出す。
だが、時すでに遅し、『色』は足先を捕まえ、その身体を徐々に蝕み、崩壊させていく。
そして、その身体は灰となって消滅していった。
「はははははははは!」
ミゾロギは高らかに笑う。
彼を取り囲む霊魂たちが再び現れ始めるが、彼は勝利の余韻に打ち震え、その観測についてはおろそかになっていた。
だが、彼はすぐに異変に気付く。
「!?」
――天出仁が……。6人……!?
彼の知覚範囲内に天出仁が6人感知された。形状も正しく、虚像ではなく、霊体でもなく、魔力の性質も一致する。
――俺が、騙された!?
いや、奴の術だ。幻覚?
そんなはずはない!
俺に魔術的結合は付着していない!
神の瞳がそれを見逃すはずはない!!
この結界の効果?
くだらぬ児戯を!
偽りを!
詐称を!
嘘を!
殺す殺す殺す殺す殺す!
怒りのままに瞳を開き、周囲を薙ぎ払う。霊魂に紛れて襲い掛かる天出仁達は砕け散る。だが、幽霊と共にまだ天出仁は現れる。
「クソッ! クソッ! このッ……クソムシがァッ! 死体に群がる蛆虫めっ……! お望み通り全員食らいつくしてやるよ餌共がッ!」
群がる天出仁達はついに20人ほどの集団となっていた。
四方から迫る天出達に、ミゾロギの処理は追いつかず、身体を掴まれる。触れたものを見ては消し飛ばし、いつしか彼は周囲の状況への集中を欠き始める。彼の身体を蝕む麻痺も悪化していることから、彼は脱出のため動き出す。
――なぜだ!
なぜ全てを見る神の瞳を得た私が!
またしても、またしても詐欺に捕まる!
真実は!
真実は私の手の中に……!
彼は障子を突き破り、庭園へと出る。だが彼はその庭園の像が崩れたブロック塀の先となっていることを知っていた。彼は魔術の虚像によって隠された現実の世界をなぞり、家の庭を通って走り出す。
だが、彼の頭上から巨大な赤子が出現する。
――間に合わん!
消し飛ばせるか!?
彼の眼孔が頭上の赤子を捉える。霊魂の『色』が奪われるが、赤子の腕がミゾロギを掴み、振り上げる。ミゾロギの視界による攻撃は付近を一通り破壊するが最後には地面に叩き付けられる。
赤子は同時に力尽き、消滅した。
「グゥッ!」
ミゾロギは起き上がろうとするが、屋敷から出てきた天出仁の集団に取り押さえられ、地面に頭を叩きつけられ視界を封じられる。
彼の頭上、かなり遠くから声が響く。
彼は脳に埋め込まれた瞳の効果によってその声の主が、折口レイが吹き飛ばされた家の屋根の部分に立つ天出仁であることを悟る。天出仁はミゾロギを自身の視界にすら入れず、絶対安全圏から話しかけていた。
「どうだい、『神の目』とやらを得たがゆえに負けた気分は?」
「……。貴様は真実さえも偽れるというのか……?」
「くくく……。真実か。この世で最も無意味な言葉の一つだな。『そんなものはない』と定義される言葉。お前の得た『神の目』も同じ。真実などでは決してない。人間と同じ、歪んだ主観の一つでしかないと私は思うよ」
天出仁は瓦礫を片付けた床に寝転びながらそう言う。
だが彼の視界では結界魔術の効果により空中で寝そべっているように感じられている。集中された魔力感知能力によってのみ彼は本当の物理的な状況を確認できるのだ。
そんな『高度な無駄』を楽しむ彼はのらりくらりと語る。
「タネを明かすとそうだねぇ……。
私は呪物コレクターとして呪物を集めているわけだが、最近はとりわけ『神霊』由来のものを集めるのに執心していた。
そんで、中には生贄だのを要求する不届きな奴もいるわけだ。たかだか人間の営為の概念に過ぎない分際で生きたものを求めるとは、笑止千万。
立場が分かっていないと思うが、まあそれはさておき、それを何かで代替できないかなーとちょいと研究してみたんだ」
怒りのあまり、ミゾロギは食いしばる歯ぐきから血を流していた。
天出仁は支配下にある霊体よりその情報を覚り、ニヤリと悪意に満ちた笑みを浮かべる。
「くくく……。そしたらまあ、程度の差や性質の差はあれど『神霊』が生き物や霊、人間を見分ける基準点のようなものをあらかた掴んだ。
それを基に『神霊にとっての私』を複製する術を作り出したわけだ。やり方は簡単。
私の身体の一部、髪の毛や血、爪などを入れた風船に背格好がほぼ同じくらいの霊魂を入れる。そいつをいい感じに魔術で調整すればあら不思議。私を複製する魔術、『縁の下の双子』が完了する。
後は生贄や身代り、お遍路代行なんのそのってね。クククク……」
そう言って彼はおもむろに立ち上がる。動きに気づいたミゾロギは語る。
「貴様に勝ち目はない……!
荒神『沸き立つ水疱』の呪いは貴様のような詐欺師だろうと、私のような信者だろうと、誰一人として逃がさない。皆救済されるのだ!
最後に君臨するのは全ての神々の君主『無貌の神』だ!」
「敵方に情報をゲロっていくのってやられ役のお家芸だよなァ。だが、もっと情報を引き出させてもらうぜ?」
天出仁が指を鳴らす。天出仁の複製体たちがミゾロギへ襲い掛かる。だが、彼は笑いと共に体中から忌まわしき狩人を放ち、拘束を抜けだして叫ぶ。
「フハハハハハ! 私は貴様には殺されないぞ!
わたしには神が付いているのだァっ!」
目を見開き、周囲の霊体を消し飛ばしてミゾロギは結界の外へ逃げだす。天出仁は呪物の効果を解除する。結界によって作り出された虚像が歪み、収縮していく。
「くくく。まだまだ楽しませてくれるかなァ?」
楽しそうにそう語る彼の眼下では残った『複製体』数人がミゾロギを追い走り出していく。その先に広がる住宅街では未だ奇妙な霊魂がさまよい、肉の塊となった人々がうごめき、度々人の叫び声が聞こえてくる。
街はいま、混乱の渦中にあった。




