智慧の瞳と色を宿す瞳
……………
口元に血をにじませ、そう語る天出仁は胸ぐらをつかまれる。
その顔面へ無慈悲な二撃目が振るわれた。赤い眼鏡が畳の上へ落ちる。
「ぶへっ!」
天出仁はその攻撃を防御などはせずそのまま受け止める。ミゾロギは更なる追撃に向け拳を更に振り上げる。が、その時、二人の胸に『釘』が打たれ『腕』が張り付けられる。
正確には『釘によって打ち付けられた腕の像』である。
「!?」
「残念ながら、結界内の人間は全員効果対象だ」
鼻血を流しながらニヤリと笑う天出仁、二人の胸に現れた腕は二の腕から血を流し始める。その血は二人の身体の中へと染み込み、神経へと作用していく。
「ぐぬぉおおおっ!?」
神経に直接、痛みが走る。痛覚、痺れ、ただそれだけ。それにもかかわらずミゾロギには脂汗が浮き、力が抜ける。
「痛みには慣れていないようだね。くくく……!」
天出仁は笑みに顔を歪ませながら落ちた眼鏡を拾い上げて付け直し、すたすたと邸宅の外の庭園へと歩いて行く。
だが、その歩みにはややぎこちなさがあり、彼自身にも麻痺と痛みが走っていることが分かる。
「ぐっ……。ぬううっ……」
ミゾロギは膝をつき、滾々と流れ出る胸に打ち付けられた手の血液による痛みに震える。
しかし、彼は両腕を顔に近づけ、笑い始める。
「ぐふふ……。ふっふっふふふふ、ははははははははは!」
血走った目と浮き出る血管が彼のやせ我慢を如実に示す。
だが、彼はそれでもなお高い機動力で天出仁へと飛び掛かる。
「頑張るねぇ」
ミゾロギの動きに対し嬉しそうにそう言う天出仁だったが、彼は右手に持つ繭を撫でた。
「ああああああああああ!」
赤子の泣く声と共に天出仁の背後の襖を破って『赤子』が現れる。
「この屋敷の『一族以外の侵入者』に向けられる呪いはじわじわ強まっていく……。
一分もすれば君も動けなくなるだろう。君、神経操作術そんなに知らないでしょ?
私のように自身に術をかけてある程度麻痺に耐性を付ける方法を知らない……。致命的な『知識不足』だねぇ」
鼻血を拭いながらぺらぺらと喋る天出仁の目の前で、巨大な赤子に殴りつけられ、玩具のように弄ばれるミゾロギの姿があった。
彼の召喚する忌まわしき狩人も屋敷の呪いの効果対象に取られ、痛みと麻痺によって床にバタバタと打ち震えるのみ。彼は自身の腕を『狩人』の頭部に変化させることに留め、赤子の腕に食らいつくがそれも霊魂の赤子には焼け石に水である。
彼は赤子に頭と腰を掴まれ、鉄の棒を無理に曲げるように凄まじい力で肋骨から腰に掛けて折り曲げられる。
『ベキベキベキベキィッ!』
肋骨が粉砕される音が屋敷に鳴り響く。
天出仁はその様子を少し眺めた後、興味を無くしたようでさっさと外へ行こうと破られた襖の先にある隣の部屋から縁側へ向かう。
『ぐちゅっ! ちゅっちゅっ……ぴちゃっ……ぴちゅっ』
「?」
奇妙な音に天出仁が振り返った。彼は部屋の畳の上に、ぬらぬらとした鮮血に染まった、紐のようなものがくっついている楕円形で二つある物体を見た。
それは抉り出され、神経の千切れた、『二つの目玉』である。
そして、ミゾロギは人間の発音とは思えない奇妙な言語による呪文を口ずさむ。
『遥かなる天におわします智慧の瞳よ、新たなる瞳より、御業をここに顕し下さい』
――『解放の凝視《天蓋からの色彩》』
その言葉の終焉と同時に、天出仁は前方で白い光が発生するのを見た。
そして、彼はその音もない光線が恐るべき力を持つことを察し、距離を取るように背後へ飛ぶ。
彼は笑いながらミゾロギへ言う。
「……!。くくく……。あはははは! 面白い! 『覚悟』、結構あるじゃないか……!」
ミゾロギの『瞳』から放たれた光は、いや、正確には瞳より放たれた『色』は、周囲の色を吸い込み、白く脆い存在へと変換し、破壊する。赤子を消し飛ばし、解放されたミゾロギは継続する痛みに打ち震えながら、笑う。
「はぁーっ、はぁーっ、ふひひっ。やはり『復讐の喇叭』だけでは足りない……!
我が瞳も神のものに捧げ! 我が命を燃やし尽くし! 貴様を殺す! 貴様だけは、俺が! 殺す!
神無き愚か者がァッ!」
天出仁を『見た』ミゾロギタクヤの瞳は、黒い闇の中に無限の色を棲まわせていた。その『色』はそこから飛び出し、周囲の色を吸い上げ、白に染めていく。
その『色』は彼の視線の先へ真っすぐと進む。天出仁は左側にある襖に飛び込み、猛スピードで進む『色』を避ける。その危険に対して、天出は喜びに笑みをこぼす。
――噂に聞く『色』!
自らの瞳を抉り出すという強力な精神的負荷!
呪術的儀式!
面白い……。私の想像を超える覚悟と殉教意識!
理解不能! 理解不能! 理解不能!
面白い!!
その思考の中でも柱や襖を貫通し、『色』はあらゆる色を吸収しながら破壊していく。
しかし、色を吸われ破壊された柱や襖、先程赤子に破られた襖も彼が一瞬目を離したすきに元どおりになっている。
天出仁は知っていた。
この『家』は他の魔術同様に単なる像であり、感触があれど、物質として存在していない。
それどころか、現実に物質として存在している家やブロック塀の瓦礫などはこの結界内では不可視になっている。ともすれば『見えない現実の壁』などに阻まれることもある。その際は現実の建物を破壊する必要性があり、天出仁も少々手こずる。
逆に、この結界の効果で発生している像の邸宅、庭園は単なる魔術によるものであるため本物より破壊しやすいものの、いくら壊しても『誰からも見られなかった瞬間』に元に戻るのだ。
天出仁は魔術による虚像の柱や襖を貫通する『色』から逃げながら、思考する。
――どうやら『色』はミゾロギの視野を効果範囲としている。
効果適応時間は光の速度と大きなズレがあるがそれでも視界内に入り続ければ私でも逃げられん。そして、この『視界』はおそらく……。
その思考の最中。『色』の動きが鈍る。その変化から、襖越しのミゾロギの行動を天出は悟る。
――目を閉じたか?
マズい、結界内のせいで私の感知範囲も狭まっている。奴は感知、予知能力共に私に劣るが、『智慧の神』の術を使うことから『契約している』可能性が高い……!
天出の読みは当たっていた。
ミゾロギの脳内には神格『智慧の瞳』によって埋め込まれた『脳の瞳』によって半径10メートルの範囲内における正確な情報が脳の処理能力を大きく超えて流れ込み続けている。そのせいもあってミゾロギの脳は常に過負荷状態であり、本来思考はほとんど不可能な状態である。
だが、彼の『神』はその瞳を介してミゾロギの脳髄を侵食し、『戦い』『生存』『神への服従』に関わる神経節をしっかりと守っていた。ミゾロギは正に、神の忠実な僕なのである。
「目などなくとも見える! 全て見えるぞ天出仁! 私は全てを知れる! 神の真理を私は賜わっているのだァっ! ははははははは!」
ミゾロギはよだれを噴き出し、口元に泡を出しながら、もう激痛も感じられなくなった身体を、振り動かし、走る。
だが、彼の足を掴む手があった。
「!!ッ」




