資料9 ある人物の日記
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2018年12月2日
嘲笑う声がする。もう1か月も前なのに。騙された俺が悪いのに。
また今日も起き上がることができなかった。電話に出る勇気さえ俺にはないのか。
2018年12月3日
14時間眠った。親の呼ぶ声がした。もういないのに。
母さんはきっと情けない俺を見て悲しむのだろう。どうせなら嗤ってほしい。
今日は電話はならない。
2018年12月4日
ユゴスのミシルレディニグスの話を聞いた。囁く声が耳打ちしてくる。うるさいし、意味が分からない。ユゴスというのは星の名前らしく、ミシルレディニグスとはそこに住む生物の個体名らしい。脳をどうたらこうたらと言っていた。
今日も電話はなかった。
2018年12月5日
ンカイの深淵で糸をつむぐアトラック=ナチャの毒によって永遠の糸の織り手は幸福を得るそうだ。レン高原の蜘蛛たちもそれを助けているとも言っていた。誰が? そしてこれはなんだ? 意味が分からん。妙な知識ばかり頭に入ってくる。
宗教勧誘がうるさい。何度怒鳴ってもやってくる。アイツらには恐怖というのがないのか?
2018年12月6日
シャッガイの哀れな虫がザイクロトルの奇妙な樹木をうまく育てるらしい。だが死の植物に恐れをなして今ではザイクロトルには近づかないそうだ。誰が何を言っているのか全く分からない。だが最近は壁の外からも足元からも天井からも意味は分かるが俺を嘲笑する話ばかりなのでこちらの意味のわからない話に耳を傾けている。
俺を嘲笑った奈美実は今日も俺のことを馬鹿にするために現れた。母さんはまた俺を怒鳴りつけて殴る。だが仕方ない、俺の頭が悪いから。
宗教勧誘の奴らに泣いているところを見られた。憐れみ、内心では嘲笑っているんだろうと聞いても、あいつ等は態度を変えない。何なんだ。
2018年12月7日
人の目が俺を見ている。満遍なくびっしりと。その目の形は知っている。どうせ俺を嗤う目だ。思えば奈美実の目も、アイツの取り巻きの奴も、会社の山内も三代も小山も居た。母さんも父さんも殺された当時のまま居た。みんな俺を嗤っていた。俺が目を閉じても暗闇に大きな目が在った。その目は俺に全てを教えてくれた。目は知っていた。俺が正しいことを。俺が嘲笑われることが間違っていることを。俺を嘲笑う世界を救う方法を。とても簡単なことだった。全てを救済するのはいつだって神だった。
2018年12月9日
レン高原の北へ向かい、縞瑪瑙の城塞聳える、神族の世界カダスへと向かった。インクアノクの街の先、神々の城塞へ導かれた俺はその中の最も偉大なる無貌の神によって祝福を受けた。俺を導いた大いなる瞳、サピエンティア・オクリースは無貌の神に俺を引き渡す。俺の求める救い全てが無貌の神にはあった。そして俺は神聖なる任務を与えられ。その報酬を知り。夢から覚めた。あるいは、夢にまた来たのかもしれない。
悠久なるカダスは俺の脳裏に今もある。
2019年4月1日
偉大なるサピエンティア・オクリースの啓示によって港と松の木の間にある微妙な神の影を見た。それは無貌の神の使者の一つ。月よりの沸き立つ贈り物。鳥毛を抜け。目玉を抉ろう。そして愚かな者たちを供物とするのだ。もっと愚かな無神論者たちに気を付けなくては。俺は知っている。俺は知っている。すべては神のもの。この世界の全ては大いなるものの掌の上。俺は知ってもなお愚かだ。俺は神の愛により、偉大なるサピエンティア・オクリースの取引により、無貌の神の子となるのだ。智慧の瞳を賜った俺は沸き立つ肉を取り出してやる。だがまだその時ではない。
ふたたびカダスへ向かわねば。夢見の中で俺は新たな大地に生きなければ。忌まわしき狩人をしっかりと神の御許から拝領し、赤い園の子供たちを約束の地へと送り届けよう。さすれば伝染病は広まり、無貌の神は月より来る。病に冒されなければならない。この世界全てを病に冒さねばならない。そうだ、嘲笑と愚劣の病を自覚させなくてはならないのだ。
只野修典によって門は解放され、天出仁によって門は閉じ込められる。
門を開かなければ。鍵は要らない。要るものは歴史の如く、ただ力のみ。




