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『支配』の使い方

     ……………


「くくく。最後だってのにあっけないものだねぇ」


 天出仁はそう言って笑う。


 香室はその様子をやや驚きと共に見ていた。


 シルクのテーブルクロス上に置かれているカードはAと二枚のジョーカー。それは香室雅の場に出ている。彼女はスコア10000で相手の敗北宣言で勝利したのだ。香室の隣に三つの輝く勝ち星が浮かび上がる。


 しかし、当の敗者本人はあっけからんと笑っている。

 香室はその当人に尋ねる。


「あなたほどの魔術師ならご存じでしょう? ――『神経操作術』にかかることの脅威を」


 天出仁の赤い眼鏡(サングラス)が一瞬反射により光る。香室はその変化にやや威圧感を覚えた。


「大丈夫さ。変なことを口走るようなことはないよ……。それに楽しいゲームのお礼もしたいからねぇ」


 そう言うと彼はひょいと椅子から立ち上がり、結界ドームの端で観戦していたヨシノリの方を見る。急に見られたヨシノリはびくりと驚くが、それをよそに天出仁は話す。


「安心安全な結界での暮らしは終わりだ、魔力に丁度順応した今なら君でも外でちょっとくらいは戦えるだろう!」


「え? 急に何を……」


 ヨシノリの問いかけの中、黒い結界のドームは足元からするりと天幕が上がるように消え去っていく。同時に結界内を満たしていた魔術的結合の紐も消え去ってゆくが、天出仁の頭部にのみ、近くにあった結合が徐々に収束してゆき強固な一本の結合となっていく。

 結界が全て消え去り、夜半の冷たい外気が三人を包み込む。魔術による幻の結界は天出仁への攻撃として残った。


 香室は天出に向けて言う。


「さあ、敗者は支配されますわよ。私の命令を聞きなさい……!」


 天出仁はくるりと振り向き気障な西洋貴族式敬礼ボウ・アンド・スクレープを彼女に向けてする。表情はいつも通りの笑いのまま。


「何なりとお申し付けくださいませ、お嬢様。くくく」


 仰々しい言い方なども変わりはないが、香室はしっかりと自身の魔術的結合が作用していることを確認する。彼女は天出仁へ命令を下す。


「では、貴方に命令します。ここへ来た貴方の目的は?」


 天出仁は即座に答える。


「私はこの場所へ呪物及び神霊の収集に来た。日本魔界府の府庁にある魔力計測記録の一部を傍受し、この場所に封印された神霊及び複数の霊魂の魔力反応がある事を知ったためだね」


 よどみなく流暢にそう話す天出仁は未だ操られている様な様子は見られない。

 ヨシノリはその奇妙な様子に対して、少々の心配と、そして期待が同居する。


――なるほど……。支配を戦いではなく正確な情報を得るために使うと……。

 思えば『信用に足る情報がコイツから出てくる』というのはおれにとってもプラスになる。負けてくれてよかったかもな……。

 だが、香室が何をしてくるかもわからないし……。それに、さっきコイツが言った意味深な台詞も気になる。


 香室はそのまま命令を続ける。


「それでしたら、貴方はこの街で起きている呪い……。人が肉塊となる奇妙な呪いについて、原因ではないと?」


「ああ、私は原因ではないよ」


 ヨシノリはその質問と答えにはっとする。彼は丁度、数分前に家族がその『呪い』の餌食となる場面を見ていた。彼の脳裏にそのことがフラッシュバックする。


――『アアアア……。あつい……。あつぃいいいいい……』


 彼の耳に彼の家族たちの苦しむ声が響く。人がぶよぶよとした爛れた巨大な肉塊に変容していく様が彼の眼に飛び込む。


「……くっ……!」


 背中が凍り付くような感触に彼は拳を握る。


――だが、コイツは原因ではない。では原因は?

 ……。

 訊くべきか……。いや、だが……。


 ヨシノリはその言葉を口から出せずにいた。

 その様子を見た香室はヨシノリに訊く。


「どうかしましたか? ご気分がすぐれないようですが……」


「……。い、いや、何でもない……」


 ヨシノリには勇気がなかった。自分が原因か否か聴くだけの勇気が。


「そうですか……。では質問を続けます。天出仁さん。貴方はそちらの……」


 香室はヨシノリを見る。


「ああ、ヨシノリだ。只野修典」


「どうも。修典さんや私を利用する気はおありでしょうか?」


「助ける気はある。助けられるものならね。だが我々は、少なくともここにいる我々は、どうやら『肉』となった人々同様に『神の呪い』の効果対象に取られている。これを解除するまで我々は助かることはない。利用するというのがこの助けるという行為に利用することなども言い含めるのかどうかで私の答えは大いに変わるね」


 天出仁は迂遠な言い回しながら答える。香室はその彼に更なる質問を続けようと口を開く。


「では、貴方がこの町のけ……」


「お嬢様、質問の途中大変恐縮ですが、あと一分しないうちにこちらへ複数人の魔術師が到来します」


 天出仁は不敵に笑いながらそう語る。


「なっ……。この大事な時に……!」


 香室がそう叫ぶ中、かなり遠方から爆発音が響き渡る。その少し後、凄まじい瓦礫の崩壊する音が徐々にこちらへと近づき、大音量となっていく。

 ヨシノリは香室に言う。


「おい、どうするんだ?!」


「くっ……。天出さん! 私達を防衛する気はありますの?」


「もちろん、私は善人の不殺主義者さ。出来る限り人助けはするよ」


 天出はそう言うと気障(キザ)にウィンクして笑う。


「では命令はしませんわ。共闘と行きましょう」


 香室はそう言うと首をコキコキと鳴らし、呼吸を整えだす。そして、臨戦状態の集中へと思考を切り替えた。


 その横で、天出仁はヨシノリの方を見て言う。


「時間がない、さっき言ったように君は魔力を操れる。潜在量はかなりのものだが、今君が操れる『最大魔力量』はまだまだ10g程度、過信しないように。とりあえず魔力操作の方法は教えよう」


「お、おう」


 そう答えたヨシノリの額に天出仁の黒革の手袋に覆われた人差し指が触れられる。そこには微弱な魔力が込められている。ヨシノリは自身の体中に満ちる魔力が額に当てられた指先に集中していく、その感覚はヨシノリにとって奇妙な感触であった、全身が泡立つような、何かが吸い上げられるような感触である。


「これが、君の『最大魔力量』約10グラム。魔力は常に回復し続けるが、緊張時は毎秒0.0001%程度、リラックス状態では毎秒0.001%程度回復する。だいたいリラックス3時間で満タンだね」


 天出は指を額から離す。彼の魔力の集中はそのまま継続される。彼は感覚を覚えたのだ。


「ちょいと慣らしておくといいが、そんな時間はないか……。魔力集中をお守りに向けてするといいことがちょっとあるかもよ、そんじゃ頑張ろ~」


「え?」


 ヨシノリが戸惑う中、香室は叫ぶ。


「来たッ!」


 その直後、爆音と共に彼らの目の前のブロック塀が吹き飛び、一人の男の背中が飛び込んでくる。その背は無数の傷跡が服の破れた個所から見える。傭兵・山口コウが吹き飛ばされてきたのだ。


「オヤオヤ、大変だねぇ。大丈夫?」


 天出仁は振り返りざまに人差し指で山口をぴたりと止める。


 山口は天出に振り返り、片側が火傷により避けた口を歪ませて笑う。


「ヨォ、大物じゃねぇか、探したぜ」


 彼はそのまま予備動作も殆んどなく肘鉄を天出に振るう。天出は予期していたとばかりにひょいと最低限の動きで避け、二本の指で山口の腹を上方向に突く。その衝撃で空へと舞い上がる。


「君の相手は後!」


 そう言うと天出仁は山口が破壊したブロック塀の先に目を据える。土埃の先から無数の瞳がギラリと輝き、風を切る音と共に蟒蛇のような姿の翼を持つ怪物が飛び出し、襲い掛かる!


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