博打
……………
第一ゲーム、親は天出仁。
まず彼は二度の自分の手番で香室の場に『A』を置いた。香室は次の手番で『A』を自らの場に置き、さらに次、天出仁は自らの手番においてまたしても香室の場へ『A』を置く。
これにより香室の現スコアは300である。
香室はこの動きに対して、天出に訊く。
「一応聞きますが、ルールは御理解しているのですよね?」
「もちろん。割と単純なルールでわかりやすかった」
天出仁は何かを企むようにニヤニヤと笑ってそう語る。それを見る香室は彼の思惑を考察し始める。
――ジョーカーを持っている立ち回りのようだけれど……。ブラフの可能性もありますわ。あの余裕は虚勢か、それとも……。
香室は自身の手札を見る。
彼女の手にはJ、K二枚、Qがある。ジョーカーは持っていない。
だが、ここでドローをすれば相手の手札をさらに増やし、天出にもう一枚のジョーカー、あるいは一枚目のジョーカーを手にさせる可能性がある、と彼女はそう考えていた。
もちろん手札を引かない事には始まらないが、相手の手札を最後の一枚以外出せないようにすることで、ジョーカーを無理やりにでもつかわせ、こちらが後から山札より引いたジョーカーを使って勝利をもたらすやり方が最も安全である。
彼女は手札からおもむろに相手の場へJを出し天出仁のスコアを-100にする。
――とりあえずの試金石、とは言え私にできる最善手はこれ以外少ない……。
彼女の思惑を見透かすような笑みを浮かべた天出はすぐに手札からJを出し、躊躇なくそれを自身の場に置く。彼のスコアは-200となった。香室はその一手に対して面持ちを険しくして長考に入る。
「……!」
「オヤオヤ」
天出仁はそう言って香室の顔を覗き、ほくそ笑んでいる。対して香室はさらに険しい表情を示す。
傍観しているヨシノリは状況が良くつかめていなかった。
――なんで香室さんが負けている様子なんだ……?
まさか、彼女の手札にジョーカーが無いのか?
……。
「あっ」
彼は悟る。
天出仁は明らかにジョーカーを必要とする動きを取っていることから彼の手中には少なくとも一枚はジョーカーがある事が予想できる。そして、そう予想させることを厭わない動きをわざわざ行うことにより、相手のジョーカーの有無を動きやドローから確認できる状況を作り出しているのだ。
――このまま−10を掛けられるだけでも敗色濃厚だが、天出仁自身に−10掛けられても状況は悪い。その両方をやられる可能性があるということ。その状況自体が香室さんの焦りを引き出している……。
コレが『ゲームの主導権を握る』ということか……。
ヨシノリの思考と同じく、香室は形勢不利を理解していた。
――今、ゲームの主導権は彼にある。私がドローして相手のスコアの絶対値か自分のスコアの絶対値を多少マシにすることもできなくはないが、既に盤面にはJが二枚、Aが三枚出ている。そして私の手札にあるのはK、Q。弱い。それに……。
香室は相手の手札二枚を見る。
――私がドローしたとして相手もドローして出たものを出す。最終的に相手はドロー切れした後にジョーカーを出せば確実に勝てる。
彼女は読みの中で手詰まりとなる。この試合ひとつの勝ち星は見送るのが賢明とさえ思われた。
だが、彼女はドローを行う。出たカードはQ。
――足りない……。
それでも私は山札にジョーカーがある事に賭けるしかない。一つの試合でも棄権するものですか!
私の意思の主導権を奪わせるわけにはいかない!
その強固な意志は天出仁にさえ見えていたのか、彼は感心した様子でに微笑んでいる。
香室は手札からKを一枚、天出仁の場に出し彼のスコアを-190にする。
次のターン、天出は一枚引いたのち、自分の場にJを出しさらに自身のスコアを下げる。
そして再び、香室の手番。彼女は祈る思いで山札を引く。
――来た!
彼女が引いたのはジョーカー。これにより相手がジョーカーをどちらに出してきたとしても相殺することで勝利の可能性を保つことができる。
――問題はこれから。こちらの絶対値が大きい限りは先にジョーカーを使った方が負けになる構図ね。私は相手の様子をうかがいつつ絶対値を優位にする動きをする必要がある……。
彼女は自身の場にKを置きスコアを310に上げる。
そして、天出の手番。彼は手札を引いた際に妙な笑いを浮かべる。
「くくく。楽しくなってきたね」
彼は心底楽しそうに笑いながら、自身の場にJをさらに出しスコアを-390に変化させる。
次は香室の手番、香室雅は彼の不気味で奇妙な様子に対して、ブラフか何かと感じたが、手札はQ二枚とジョーカー。盤面は劣勢。ドローをして勝利を掴もうと動くしか、彼女にはなかった。
彼女は山札より、カードを引く。
そこで出たカードは『二枚目のジョーカー』だった。
「え?」
驚く香室を見て、天出は笑う。
「あーあー、そっち行っちゃったかァ。残念。はっはっはっは」
香室は目の前の対戦者を見てやっと理解した。
――彼は、初めからジョーカーを持っていなかった。
にもかかわらず彼は、自分にジョーカーがあるような戦術で私の動揺を誘った。確かにさっきまでの私は、『何も持っていない彼』に主導権を握られていた……。
その思考力ゆえか天出仁の言い知れない雰囲気のせいか、香室は揺さぶられ、天出仁によって状況不利と思わされていた。しかも現在の趨勢は一枚のジョーカーさえ相手に渡っていれば天出の勝利の可能性が高い盤面である。
四分の一のギャンブルに負けたとはいえ彼のゲームの支配力は香室にとって恐ろしいものがあった。
彼は香室の動揺した様子を見ながら語る。
「どうぞご自由にお攻めください、お嬢様。最後まで正々堂々戦わせていただきます」
気取った様子でそう言う彼に対して香室もゲームを続行する。
この回の勝者は当然、香室雅。彼女の百倍されたスコアの前に天出は為す術なく敗れ勝ち星を譲った。
―――――
そしてすぐに第二試合の準備が整えられ、それぞれの手札が配られる。
親は香室、彼女の手札にはジョーカーはないものの、彼女は果敢にAを自分へ置き、相手にはJを置いて行く真っ向勝負の姿勢を二巡目までに見せた。
それに対して天出仁は先程までの余裕の面持ちではなく、少々物足りなげな様子で手札を切っていた。
そして、彼の二巡目の手番、彼は一巡目でAを出した場にジョーカーを出しスコアを1000にする。その様子を見て香室は思考を巡らす。
――ジョーカーを二巡目で出す……。手札にジョーカーが一枚だけであれば悪手も悪手。けど、二枚持っているという意志表明ともとれる。勿論、ブラフの可能性は高い……!
真剣な面持ちの香室に対して天出は眉を少し釣り上げたようなやや不満げな様子でおしだまる。先程までとはまるで違う様子であるが、香室はそれに惑わされずKを自身の場に置きジョーカーが来た際に備える。
だが、天出の三巡目、彼は心底つまらなさそうな様子で自分の場にジョーカーを置く。
「さっきの揺り戻しか、手札に初めから二枚入っていた……。私が棄権しようかとも思ったんだが、君はそういうの嫌だろうと思ってね」
バツが悪そうに天出はそう語った。彼の様子は早く次の試合をしたいという期待もやや混じっているように香室には思えた。
「お気遣いどうも、運も実力のうちですからね。負けを認めますわ」
「イッツ・マイ・プレジャー★。さあ、次々~」
天出仁に勝ち星が与えられ両者は同点となる。




