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狂喜

     ……………


 他方、シュウメイの戦術眼せんじゅつがんにより、『正体不明の術師』は別の場所に向かう防壁の丁度、横を通り抜けようとした際に『不意打ちの一斉爆破』を受け、煙の中にて足止めされていた。


『ドガアアアン!』


 その術師のダメージに呼応してか、シュウメイを取り囲む女性の霊魂の攻撃はややゆるむ。彼はその隙を見逃さない。


 『ドカァッ』


 霊魂の一糸乱れぬ攻撃の連携、そこにできた隙を突き、渾身こんしんの魔力による攻撃で霊魂を吹き飛ばす。

 そして自身が発動する術式の更なる『効果』を発動するのだった。


 一方、『正体不明の術師』は煙の中立ち上がる。


 「クッ……。やられたか……!」


 術師は自身の霊魂(しもべ)の敗北を覚り、シュウメイのターゲットが自分に向かったことを察知したのだ。


 正体不明の術師……。つまり『彼女』は一刻も早く、その機動力によってこの場を抜けだし、迫りくる防壁による追撃を回避する必要があった。


 だが、彼女のもとに向かっていた最も近い防壁は突如として音もなく消滅。

 そして代わりにシュウメイ本人が現れる。


 術師はその光景を見ることでシュウメイの魔術の効果を推察する。


 ――魔界伝来の『古代魔術』か!

 防壁自体のコストと効果範囲等の条件付けによって、『瞬間移動』という物理法則を無視した古代魔術の効果を術へ組み込んでいるというのか……?


 彼女が動き出そうとする中、煙の向こうに立つシュウメイが気付く。


「お前……! やはり『隠者いんじゃ薔薇ばら』か!」


 シュウメイは近づいたことで相手の姿を更に細かく魔力感知し、把握。

 すぐさま黒づくめの服装と彼女の操る魔術結合の内容から所属を察する。


 魔界が定める魔術の『秘匿ひとく』義務に真っ向から反対する世界最大の違法団体『隠者の薔薇』。

 世界各地に支部を持ち魔界への諜報ちょうほう活動を行う『彼ら』のエージェントは隠密に長け、世界各国の違法魔術師その精鋭せいえいが集められている。


 シュウメイが察知した敵の魔術結合はロシア語などのスラブ系言語で記述されており日本で活動する魔術師としてはかなり異色と言えた。

 そして、高度かつ機動力を維持した隠密能力。

 もちろん他団体や個人の線もあるが、確率として彼が考慮できる最も有り得る選択肢は『隠者の薔薇』であった。


 「……」


 諜報員はもくしたまま、シュウメイへと飛び掛かる、その周囲に彼女の支配下にある霊魂しもべを伴いながら。

 シュウメイは丁度、両隣にある防壁を操作しその突撃を防ごうとする。


 その動きに『諜報員エージェント』は察する。


 ――瞬間移動は土壇場どたんばで使えない可能性が高い、か。

 どれくらいの『印』が必要かは注視すべきだ。また、コストの高さを考えるなら、おそらく防壁を消費する術だろう。防壁自体の強度は弱いが二枚重なることで発せられる爆発の威力はそこそこ。

 ……であれば。


 諜報員に随伴ずいはんする霊魂二体がその勢いを増し、防壁に突っ込む。

 防壁は爆裂。

 二体の霊は爆発の衝撃を受け動きを止める。


 だが、その爆発の中を抜け、諜報員は真っ直ぐシュウメイの喉元のどもとを狙い、袖口そでぐちに輝く仕込みナイフを取り出して差し向ける。


 彼女の被る黒い帽子のつばの下から、青く光る瞳がシュウメイの命を刈り取らんとのぞかれる。


 しかし、その彼の手元では格子状こうしじょうの印が空に切られていた。


 『代替せよ』


 シュウメイの口ずさんだラテン語と手で切った『ドーマン印』。そして魔力の消費により、『彼』と『諜報員の数メートル後方の防壁』との位置が入れ替わる。


 ――瞬間移動は半分ミスリード、術式は防壁との入れ替え式……!

 手印と簡易呪文だけで入れ替えれるというのか……!

 侮っていたな……。


 諜報員は目の前に現れた防壁がいつ爆裂するのか、全く未知であった。


 だが、刹那せつな、彼女は地面を蹴り、真後ろへ逃れる選択をする。

 そして、彼女の背後にいる霊魂へ指令を送る。一体の霊魂は彼女を防壁から引き離すこと、そしてもう一体は後方に転移したシュウメイへ向かうこと。


 『カッ!』


 防壁は諜報員の目の前に迫った一枚がもう一枚と重なり、爆裂。


『ズガアアアン!』


 爆風が彼女を襲う。

 彼女は爆心に足の裏を向け身体の被弾面積を最小限にする姿勢を霊魂の支えを用いて行い、足の裏に防御を集中。

 彼女は、爆発から遠ざかったこともあり傷はほとんどなく、魔力の消費も最小に抑えられる。


 そしてシュウメイの方も、向かってくる霊魂に対し防壁のあるテリトリーに誘い込むように彼は移動していた。

 誘い込まれた霊魂に、シュウメイは自ら動かした壁を蹴り、立体的移動で死角から距離を詰めては、霊魂に対して一撃離脱の一方的攻撃を加え続ける。


 ――一体ならば削って倒せる。

 だが、奴は既にこちらへ向かって……。防壁の数にも限りがある、足りるだろうか……。だが弱音は言っていられない!

 いざとなれば、刺し違えてでもコイツは私が倒さねばならない。

 『隠者の薔薇』、不倶戴天ふぐたいてんの敵はここでの任務に最も邪魔な存在!


 一方、シュウメイを追う諜報員も懸念を持っていた。


 ――私の霊魂一体では奴を長く足止めはできない……。

 そして、奴はおそらく感知に長けるタイプ。敵他二名は私のサポートの必要性はない。であれば私の役割は奴の排除のみ……!


 二者の思惑は交錯し衝突する。


     ―――――


 一方、西園寺ミサキは山口コウと拳闘を続けていた。

 全く防御に魔力を割かず、コンクリートの地面すらひび割れる山口の異常に頑強がんきょうな身体も、彼女の強力な魔力攻撃によってあざや傷がついていた。


 だが、山口は攻撃をえて受け、そのまま反撃に繋げる様な拳闘スタイルを崩さない。

 ミサキはその戦いの様子から自身の持つ知識を思い出す。


 ――『諸刃の拳』、山口コウ……。

 魔術傭兵には珍しい武器を使用せず純粋じゅんすいな格闘だけを主体とする悪名高い傭兵。金のためなら命をける大義たいぎなき違法魔術師……。

 だが、元『世俗人』がここまでやるとは……!


 ミサキはあごに向けてジャブを連打。

 だが、山口は一切の回避も魔力的防御もなくその攻撃を受け入れながら、反撃とばかりに彼女に力いっぱいの拳を殴りつける。

 その拳にも魔力は込められていないが、彼女の防御を貫くほどの人間離れした強健きょうけんな攻撃である。攻撃を受けた彼女はそこから分析を行う。


 ――相手の魔力技能は未知数。

 最大魔力量は高い。攻撃を予知により避けることや感知能力はおそらく私の方が上。

 だが相手もそれを認めたうえで攻撃を組んでいる……。


 ミサキは山口から距離を取る。


 ――相手がこちらを侮り、力をセーブするなら好都合!

 一気に決める!


 彼女はそう考え、眼帯がんたいに手を掛ける。

 山口は更なる攻撃の予感にニヤリと笑い、警戒するような姿勢を見せつつも脳裏のうりでは次なる攻撃に喜んでいた。


 ――瞳術どうじゅつか?

 いいねえ。もっと俺にダメージを寄越よこせ。俺にもっと血を流させてくれ……。


 ミサキの左眼帯ひだりがんたいに魔力が集中、彼女が呪詛じゅその言葉を口にする。



 だが、その詠唱の直前、予知能力に長けたシュウメイと心念、忍如が同時に叫ぶ。


 『敵か!?』


 全員が周辺の魔力を探知し始める。


 しかしながら、その必要はなかった。


『ドガアアアアアアアアン!!』


 魔術師たちは突如路上に止まっているバンを貫き、空より飛来した二体の『翼をもったマムシのような化け物』に注目する。


 その二体の凶暴な化物は細長い肉体に黒い光沢をもち、常にその形を変えるようにうごめいている。それは虫の甲や生物の瞳、あるいは海洋生物の《《ぬめり》》のようにも見えた。


 そしてその二体の間、二つに割かれたバンの残骸ざんがいの上に空より赤い衣をまとった一人の男が狂気的な笑いをあげて降り立つ。


 「ははははははは! 悲鳴! 破壊! 死!

 そうだ、皆思い出せ!

 我々はいつだって死と絶望にあるのだ!

 大いなる神の手のひらの上で踊っているのだ!

 はははははははは!

 はぁ……」


 彼はすっと真顔になり周囲を見回す。

 そして、いきなり大声をあげる。


 「何見てる貴様ら! 笑ってるな!

 俺を、俺を見て笑っていやがるな!

 どいつもこいつも! クソッ!」


 そう言った彼は、すぐに噴き出し、笑いだす。だがその笑いはすぐに泣き声となる。


 「あああはははははぁああ……。ああああ!」


 正に情緒不安定と言えるその男に対して山口、忍如、ミサキ、諜報員の女性は同時に攻撃を仕掛しかける。


 四方向からの同時攻撃に、すすり泣く男は避ける素振そぶりもない。


 だが、彼の隣にいる二体の化け物は忍如、山口へ牙を剝く。

 山口はその化物の力量を観ただけで察知する。


 ――速い!

 それにとんでもねえ魔力だ……!


 山口は己の拳に魔力を込め殴りつける。だがその攻撃も不定形の肉体には効いているかどうかの感触は全くわからない。 


 また、魔術による防護がなされた腕に噛みつかせ、確実に拳を当てる動作を取った忍如はこの化物の姿からウワサに聞いた情報を思い出す。


 ――こ奴らが噂に聞く『神の下僕種げぼくしゅまわしき狩人』か!


 彼の術式による防御は牙にも有効であるが狩人の恐るべき力の感触は忍如に一抹いちまつあせりを浮かべさせるのには十分であった。


 一方、ミサキと諜報員の女性はほぼ同時に赤い衣の男へ殴りかかる。

 ミサキは男の力量をすでに推し量っていた。


 ――明らかにコイツ本人の能力は低い。素人ではないが最大魔力量、立ち振る舞い、どれをとっても戦闘に不慣ふなれだ。

 これが装っているだけならばとんでもないプロだが、こんな奴の情報は無い。


 彼女はそう考え、最低限の魔力で攻撃を行う。諜報員もまた同じく最低限の魔力でより素早く致命的ちめいてきな一撃を狙い仕込みナイフを振る。


 「うひひ」


 男は向けられたナイフの軌道をあらかじめ知っていたかのように見切りながら、その軌道上にわざと腕を置く。男はミサキの別方向から来る、女諜報員の攻撃にも、もう片方の左腕を向けた。


 「何っ!?」


 『ドスッ』


 彼女の湾曲わんきょくのある暗殺用のナイフは黒い粘着質ねんちゃくしつな黒い肉に刺さる。

 その男の腕は『忌まわしき狩人』の頭に変貌へんぼうしておりずるりと男の腕から長い蟒蛇(うわばみ)の如き体躯たいくが現れてゆく。


 ――召喚魔術!?

 だがこれは、異形すぎる……!

 見たことがない!


 諜報員がそう察し動揺するのと同時刻、ミサキの方に向けられた腕もヘビのような頭に変貌へんぼう

 彼女の方は勢いよく襲い掛かってきたため、すぐさま防御にてっする。


 女諜報員はこの不意打ちに対して思考を巡らす。


 ――我々の誰もコイツによる魔術の発動を予見することはできなかった!

 もしかすると……。コイツは途轍とてつもない予知能力を!?


 一方、ミサキは噛みつく狩人の牙を腕で受け、渾身こんしんの力で殴りつける。


 「ヌハハハハハハ! 死ね! 臓物ぞうもつを見せろ! 苦悶くもんを見せろ! みんな素直になろうじゃないか兄弟姉妹たちよ!」


 彼のその笑いと共に腕から現れた『まわしき狩人』は完全に抜け出し、それぞれ退治する敵を狙う。そして赤い衣の男は更なる混乱を振りまくべく、態勢を整えるシュウメイやレイに狙いを定めた。


 陣営入り乱れる混戦は続く。


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