這い回る蟲
……………
ヨシノリを喰らいつくさんと、まとわりつく肉塊が大きく口を広げた時、無数の閃光、そして肉に開く風穴。
『ズガガガガガガガガ!』
突如、ヨシノリを包み込もうとしていた肉塊が重機関銃弾の如く飛来した無数の火球によってハチの巣となり、吹き飛んでいく。ヨシノリの腕も感覚が戻り、残った肉片を一気に蹴散らして脱出を果す。
彼が振り向くとそこには仏像を背後に出現させ操る忍如の姿があった。だが、忍如はヨシノリへ叫ぶ。
「加勢してくれ! 全員でやらねば勝てん!」
その背後からは、口にアナスタシヤを入れた龍が現れる。
アナスタシヤは龍の鋭い牙が肩に食い込みながら嚙み潰されそうになるのを肉体の膂力によって何とか抑え、霊たちの支えによって何とか食い止めて抵抗している。
そして龍はそのままの勢いで口に含んだアナスタシヤを叩きつけるように忍如へ頭から突撃を行った。
忍如は攻撃の矛先を龍の頭へ差し向け、龍の瞳を潰さんと火球を撃ち尽くす。そして背後の像が千手観音像へと変貌してシームレスに彼は防護に守られる。
龍がアナスタシヤを忍如にぶつける。新幹線のように恐るべきスピードが乗った体当たりは、龍の魔力も加えられ榴弾砲の爆発が如く破壊的な衝撃が走る。これにより忍如の防護が大きく削られた。
忍如の下に放り出されたアナスタシヤは、即座に霊たちを操り反撃に出ようとする。だが、彼らの頭の上を抜けていく龍はその胴体に突く鋭い爪の付いた腕で通り抜けざまに彼女ら二人を切り裂く。
胴体に対する小ささに見合わず、その爪は忍如の防護を貫き、アナスタシヤの身体を切り裂く。龍の連撃は留まることなく、彼女ら二人の頭上を通り抜けていく長い胴体は彼らを圧し潰し、轢き殺すべく動き出す。
風を切り突撃する龍の頭はしかし、忍如とアナスタシヤではなくヨシノリに向けられている。
ヨシノリは全身に虫が這い回る感覚に立ち上がるのを邪魔されながらも、二人の危機に龍の胴体へと飛び込む。圧し潰すように迫る龍の胴体を蹴り上げ、龍の硬質な鱗を弾き飛ばし、あろうことか重厚な胴体を跳ね上げる。
彼のパワーは既にアナスタシヤのそれを凌駕しつつあった。そしてそれは同時に『呪い』の力がヨシノリへと支配力を強めているということを意味していた。
彼の思考は全身に這い回る虫がまるで入り込んだかのように、思考するたびに彼の脳が震えた。
――頭が震える! 眩暈が……!
違う、目の中に、虫が……!
しかし、ヨシノリはこのような状況下でも冷徹に着地と龍への次なる攻撃を伺う。それは最早自身の状況に関する鈍感さとまで言えるものであった。
忍如、アナスタシヤの二名は同時攻撃の用意を整え、ヨシノリの次なる攻撃予備動作を伺う。
ヨシノリは自身の太腿へ力が溜まっていく感覚を虫たちの中で覚え、龍の姿を見定める。その視線の先の龍は、ヨシノリをしっかりと見定め、呪文の詠唱を終えていた。
『いわれなき罪の呪詛をここに落とさん。我が斬首の呪いよ、天を動かせ』
雷光。
遅れて、雷鳴。
しかし、ヨシノリは飛び上がり、龍の頭部へと真っ直ぐ蹴りを差し向ける。
彼の身体に焼けるような電熱が走る。だが、彼の感覚にはもうほとんど到達しない。彼の痛覚は虫に支配され、彼の神経は電気によって狂う間もなく虫の支配に抵抗を続けていた。ヨシノリはより強力な呪いを帯びているがゆえに、龍の恐るべき呪詛を傷を負いながらも跳ねのけたのだった。
『ドガァアアアッ!』
徹甲弾の如く鋭い拳が龍の眉間を割る。砕かれた龍の鱗にアナスタシヤと霊が遅れて現れ、同時攻撃を叩き込む。そして忍如が浮遊術によって飛び上がり、アナスタシヤたちの間を抜け、重機関銃弾にも似た火球を連続で叩き込む。
『ドガガガガガガガガガガガガガガガガ!』
鉄筋コンクリート造の防空壕さえ破壊可能な恐るべき連撃の破壊力。大戦期の激戦区のように砲弾を幾つも撃ち込まれるが如き爆発と衝撃の轟音。龍の身体で比較的防御力が薄く、最も素早い頭部への集中砲火。
だが、龍はそれでも消失せず、あろうことか身をよじり、魔術師たちへの攻撃を用意している。
忍如の火球が撃ち尽くされた後もアナスタシヤと霊は一糸乱れぬ連撃を繰り返す。
ヨシノリは手足を痙攣させながら地面に落ちていく、彼の脳裏には虫が這い回り、思考が蹂躙されつつあった。
『ヘイヘイヘイ、そろそろ解除しないとヤバイんとちゃーう?』
ヨシノリは震える身体を無理矢理動かし、立ち上がって次なる攻撃を差し向けようとする龍へ飛び込む。
――まだだ……! まだおれは活躍しなくてはならない……!
足を引っ張る荷物にはならない、いや、それよりも……。
《《おれはおれの手で真実に辿り着かなくてはならない》》……!
おれはそう決めたんだ、今、な……!
『ギャハハハハハ! 今、決めたってェ!? お前、それ、サイコー! おめえは天出仁に並ぶ殿堂入りのバカヤローだよ! ギャハハハハハハハハハ!』
耳をつんざくようなうざったい笑い声。今の彼にとってはそれさえも虫の這いまわる感覚を忘れさせてくれる恵みのように感じられた。
彼は鞭のように《《しなり》》を帯びて迫る龍の胴体。
忍如はいち早くその攻撃を受け止め、防護を完全に破られる。先程よりも威力を増した龍の『鞭打』に忍如は驚きながら吹き飛ぶ。
――甘く見たッ! 龍の攻撃は今や渾身の一撃となっておる!!
この儂の鉄壁の防護魔術が易々と破られ、ここまでの傷を負うとは……。
龍の胴体は頭部を攻撃するアナスタシヤと霊に向かう。最も鋭く、最も速度があり、最も破壊力を持つ尾が迫る。
だが、それを飛び上がって間に入ったヨシノリが拳を振り下ろし、地面へと叩き付ける。龍の尾は大地を割り、ヨシノリはその尾の下へと降りると、それを掴み、恐るべき力を以て龍を組みあげ、その身体全てを地面に力任せに叩きつけた。
『ドガァアアアアアアアアアアン!』
既に龍の魔力は大きく削られていた。
先の連携攻撃、それ以前の忍如らの攻撃、更にそれ以前、天出仁につかまる直前の山口コウによる傷。
天出仁に捕まる間、龍、『大津悪龍』はその魔力を回復させていたが、完全に回復しきるほどの時間は無く、山口コウの決死の攻撃は確実にこの戦いに影響を及ぼしていた。
この西羅牟町を取り囲む大いなる結界、その中に居た第一級の怨霊たち、その最後の一角が今、消えようとしていた。
ヨシノリは膝をつき、しかし龍の尾へ手を伸ばそうともがく、彼の脳は混濁し、虫が這いまわる感覚が襲い掛かっていた。忍如、アナスタシヤは龍の下へ向かっているがその距離はやや遠い。
そして、龍は最後の力を振り絞り、呪文の詠唱を行う。
『いわれなき罪の呪詛をここに落とさん。我が斬首の呪いよ、天を動かせ』
アナスタシヤが雷光に焼かれ、動きを止める。
次に忍如が、雷鳴によって足止めを受ける。
そしてヨシノリ。
龍の詠唱速度は向上し、アナスタシヤと忍如はあと数発の雷撃に耐えられるようには思えない状態であった。
唯一攻撃の可能性あるヨシノリは膝をつき、思うように動けない。
ようやく勝機を掴み取った龍は、口を開き、油断なく詠唱を始める。
そして龍はその瞬間、闇の中から飛来する二つの影に気が付く。結界によって狭められた感知能力は、その接近を直前まで覚ることはなかったのだ。
『ザバッ!』
龍の頭は縦に二つに両断され、ずり落ちて呪文詠唱が出来なくなる。
そして、その頭部は槍のような武具によって薙ぎ払われ、攻撃される。
闇より現れた二つの影、折口レイと心念。
しかしながら、二人の姿は人間大の巨大な甲虫に侵食され、呪いの瘴気を発する恐るべき姿となっていた。




