運を天に
……………
ヨシノリはその光景を目の当たりにして、一瞬思考を巡らせる。
――やはり奴はこの『呪い』を操っている……?
人を操り人形のような肉塊に変貌させるこの呪い……。ミサキさんに相次いでシュウメイさんがその呪いにかかっている。
何か法則性があるのか?
ヨシノリはその疑念を中断する。
目の前の『シュウメイだったもの』が36枚の防護壁を展開したためである。防護壁によって築かれた盤面、『シュウメイであったもの』は防護壁を蹴り、ヨシノリへと攻撃を開始する。
ヨシノリはその攻撃に対して避ける姿勢をとる。彼の急激に向上した感性はその攻撃に対して鋭敏な感知と予知を働かせ、完全にその攻撃を読み取る。
だが、それと同時に彼は一抹の不安。いわば虫の知らせとも考えられる『何か』を読み取った。
シュウメイの攻撃がヨシノリをかすめる。
その瞬間、シュウメイの姿は防護壁と入れ替わる。
ヨシノリは先程覚えた不安の正体を覚り、状況からの離脱を図る。だが、防御壁によって築かれた森はヨシノリを囲うように近づいていた。
シュウメイはその森の中で幾度となく出現と置換を繰り返し、ヨシノリの動きを制御するように攻撃をさしはさむ。
ヨシノリは魔術師特有の『予知』の戦いを理解し始めていた。
――たとえ、おれが『予知』で相手の攻撃を知ったところで身体が動かなければ意味がない。更に体が動いたところで二手先や三手先で身体能力や状況的に動けないような『詰み』をされれば回避はできない……!
彼はシュウメイが繰り出す飛び蹴りや拳による攻撃を一部反撃によって打ち消し、防御していく。
シュウメイの身体は攻撃と同時に奇妙な『肉塊』の性質を帯び、ヨシノリの肉体を取り込もうとする。だからこそヨシノリは腕を振り、衝撃を生み出し、攻撃を行う事で相手の攻撃を打ち消し、振り払うような防御を行う必要があった。
ヨシノリは防護壁に完全に取り囲まれ、無数の防護壁は彼の行動を封じ、爆発の機会をあと数秒である。
――クソッ! シュウメイさんの位置入れ替え術で足止めされ過ぎた!
こんなに強い魔術を簡単に発動しまくっている……!
魔力消費はどうなって……。
彼は気づく。シュウメイだったものが魔術を発動する瞬間、わずかな魔力が彼の身体にほとばしり、一瞬で消失する。
それは彼が研ぎ澄まされた感覚を得た事によってはじめて気づいたわずかな反応。広大な夜景の中にて一瞬だけ見える遥か遠くの光の明滅が如く、奇跡的に気づいた反応である。
――人形となってしまった人には、他の『肉塊』と同じく、魔力はない……。一体この魔力はどこから湧き上がってくるんだ?
いや、今はそれよりも、この状況から抜け出さなくてはならない。
シュウメイだったものの突撃を殴り飛ばしつつ、ヨシノリは冷静に視野を広げる。防護壁は今も迫り続け、36枚、一斉に爆発する用意は既にある。
一斉起爆によってヨシノリは多大なダメージを受けるであろう。だが、それ以上にヨシノリはある事態を危惧していた。
――おれが動けなくなれば天出仁への追跡が更に困難になる……!
この状況となってから約2分……。早く抜け出し奴を追わないと!
彼は心の底から天出仁を追い求めている。その理由はミサキやシュウメイのこの惨状を見ながらも、彼にとって未だ変わりなかった。
――真実を……。いや、天出仁が持つ情報を、おれは知らなくてはならない。何故、奴はおれを見て、すぐにこのペンダントを寄越したのか。何故ミサキさんやシュウメイさんがこんなことになっているのか。
奴は……。奴はその答えを、持っているのか。
それをハッキリさせてやる。
ヨシノリは迫りくる防護壁の中、わずかな希望を求め走る。防護壁に突撃し、強行突破を狙うように速度を緩めず防護壁の一枚に突っ込んでいく。
だが、防護壁にぶつかる一瞬前、壁は『シュウメイだったもの』と入れ替わり、それは大きな肉として口を広げるようにヨシノリの身体を迎える。
――これは、賭けだ!
彼は脚に魔力を集中させる。
魔力の爆裂するような感覚。彼は衝撃波を生み出す魔力操作は教わってはいなかった。彼は自身の感性で今まで何度か見てきた魔力操作を行った。飛び上がった彼の身体は高い放物線を描き、肉塊を飛び越える。
ヨシノリの魔力はそれだけでほとんどが使い果たされてしまった。
その時、全ての防護壁が起爆する。
『ドガァアアアアアアアアアアアアアン!』
ヨシノリは空中で防御姿勢をとることすらせず、もがくように腕を振る。
爆発の熱と衝撃が彼を全身から攻め、彼の身体は部屋より投げ出される。だが、彼はどこにぶつかるでもなく遠く、遠くへと飛ぶ。
――ここまでは想定通り、天出仁を追うために爆発を利用した!
熱の痛み、衝撃によるダメージ、そんなものは全身の虫が回る不快感に比べれば心地いいくらいだッ!
だが、それよりも……!
腕を振り回すヨシノリ、その理由は彼と共に爆発の衝撃で飛散した、『シュウメイだったもの』の肉塊、その欠片が彼の身体に纏わりついていたためだ。
肉塊の欠片はヨシノリの肉を食らいつくように張り付き、一体化しようとさえしている。彼はその一片一片を何とか空中で振り払う。
しかし、肉塊の浸食は彼の想定をはるかに超え、彼の予知もこのまま全て取り込まれる未来を見ていた。
――クソッ、賭けには負けたか?
運の悪さは折り紙付きってか……!
彼は必至に肉を振り払う。彼の身体は重力によって地面へと落ちはじめ、ゆっくりと肉塊に支配されて行く。
彼の脚部はほとんどすべて肉塊へと取り込まれ、彼には感覚さえもなくなる。そして、それを振り払う右腕も肉によって食らいつかれ、感覚を失う。
万事休す、ヨシノリは地面に叩き付けられ、肉塊は彼の頭部へと大きく口を広げた。




