絶望に差し伸べられる救いの手
……………
アナスタシヤ、忍如は龍の猛突進を前に、すぐに排除優先対象を『龍』として攻撃をそちらに向ける。
霊たちとアナスタシヤは龍の突進を止めるべくその頭部に魔力で拳に衝撃波を纏わせた同時攻撃を行い、連打をそこから続け、龍の勢いをパワーによって相殺する。
はげしい消耗も彼女の魔術によって度外視され、彼女には神経の激痛だけが走る。
忍如の火球もその一瞬のうちに龍の鱗を削り取り魔力を削り上げていく。
しかし、龍は身をよじり、その長い胴体を鞭のように振るう事でこの場に居る全員に攻撃を加える。そのしなる胴は本物の鞭のように末端が恐るべき速度と重さ、破壊力を以て忍如、アナスタシヤ、そして天出仁を襲う。
忍如は魔術を強制解除し背後の像を千手観音像へ変換。自身に強靭な防護を施す事でその攻撃を防ぎきる。
――儂の防護が半分も削り取られるだと!?
何とでたらめな破壊力……!
だが、無差別攻撃!
天出仁の霊魂操作術は霊体を支配しきることはできていないということか……!
だが、彼奴め……。何という……!
その視線の先、天出仁は龍の攻撃に対して目を向けることも無く、頭を少し下げたり、冗談めかした動きで腰や肩を揺らす事で避けながら、家屋の襖を開き、家の奥へと歩いて行く。
忍如はその姿に、初めて秘匿課の『特別指定級魔術師』と戦った時のような感触を覚える。
相手との実力差は、本来、触れられるほど、差はあれど自身が相手に勝る点や武器はある。だが、それを活かすことのできないほど、圧倒的な存在感と実力の『見せ方』、あるいは、人間を越えた無敵と思われるような『精神性』。
――特別指定級以上の魔術師、奴らは何かが違う……!
忍如の長年の経験が告げるその感触は今回の戦いにおいてもより鮮明にそのことを示す。
――天衣無縫、だというのか。
彼我の実力差を前に、忍如は天出仁のあふれ出る才覚をそう表す。
『天才』。
忍如の脳裏にその意識が植え付けられたのだった。
―――――
龍と魔術師の戦いから離れ、天出仁はどんどん奥の襖を開いていた。
だが、彼の背後に、またしてもシュウメイが瞬間移動で現れ、とび膝蹴りを行う。
天出仁はそれを予期していた。振り向いてすぐに空中のシュウメイの顎を掴む。
シュウメイは魔術によって身体の自由を奪われ、その場で空中に固定されたように動かなくなる。
だが、それだけで終わるほど彼は軟な魔術師ではない。
突如として、天出仁とシュウメイの二人は爆炎に呑み込まれた。
『ズガガガガガァアアアアアアアアアアアアアアアアアン!』
無数の爆裂が連続する。
シュウメイの防護壁が二つ重なることで発生する爆発。それが連続したのだ。
『愛の手』の幻覚によってシュウメイの防護壁は知覚不能の透明状態となり天出仁でさえも直前まで察知不可能であり、それが回避不能の爆発となったのだ。
無論、シュウメイもまた無事では済まされない威力の爆発。
彼は自爆を敢行したのだった。
――わずかでも、格上を削れば、折口達がその隙を突く!
私の使命はただそれだけ!
シュウメイはその一心で爆発を受け入れた。
だが、その覚悟は確かに成就したものの、二者はともに無事であった。
シュウメイは傷ついていたが、最低限命を長らえさせるように天出仁が彼の魔力で守っていた。
天出仁の魔力は爆発ではごくわずかに削られるだけ、シュウメイ渾身の自爆はほとんど効いてはいない。
天出仁は顎を掴む満身創痍のシュウメイに対して言葉を告げる。
「自爆の覚悟は見事だった。だが、魔術が良くない。あれもこれもと能力を追加するのは、自分の実力でできる限りであるべきだ……」
彼はシュウメイに言い聞かせるように、語り続ける。シュウメイは困惑しながらも、結界による痛み、そして何より怪我による痛みも相まって苦痛に満ちた表情でその言葉を聞く。
「君は自分の技量を見誤り、『位置入れ替え』という、未だ解明されていないような複雑な古代魔術を三十余枚もある防護壁に追加した。その上に爆発、回復、おまけにリアルタイムで各防護壁の操作?」
天出仁は呆れたように言葉を吐き捨てる。
「処理能力の無駄遣いだ。もっと絞れば、恐らく君が求めている『全部君一人で守ること』だって、できるかもしれないのに……」
天出仁はそこでシュウメイを床に下ろす。
シュウメイは言葉に打ちひしがれ、しかし苦痛により正常な思考がままならないまま、思考を紡ぐ。
――なぜ、アイツは私の求めることを……。ウグッ!
そんな事よりも……。私は負けた……!
ああ……。ミサキが、勝てなかった相手に……。私が、勝てるはず無いのは、分かっていた……!
だが、貢献することすら……。私にはできなかった。
役に……。たてなかった……。
シュウメイは苦痛の中、ある事がフラッシュバックする。
それは彼の家族の記憶。
誰も、彼に目を向けることは無く、彼のことを語ることは無く、彼の兄を誰もが見ていた。
『兄上の様に』『兄上について行って』『兄上の役に立つ』『兄上の様に役立つ』『役に』『兄上』『兄』
――私は代替だ。
だが……。
彼の脳裏に折口とミサキの姿が浮かぶ、その二人の瞳にはしっかりと彼が映っていた。
――私を見てくれた仲間……。
そして、彼の脳裏にまた、その頭部が『肉塊』となったミサキの姿が浮かぶ。
激しい絶望が、身を凍えさせる冷たい血液が、背中から全身へと走る。
そこへ、優しく、甘い言葉が彼の下へと囁かれる。
『お前の価値を認める者は必ずいる。さあ、こちらを見るんだ』
シュウメイの目の前に、手を差し伸べるのは、彼の母。周囲には彼の父もいる。彼の兄も、親族も、皆が彼を真っ直ぐ見ている。そして、その奥には、彼に向けて手を振っているミサキの姿があった。
シュウメイは、冷たい絶望から一気に解放された。
彼は、その差し伸べられた手を取り、痛みからも、重さからも解放され、ミサキのもとへと走っていく。
それは紛れもない、彼のとっての『救い』だった。




