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第九話 兄が拾ってきたのは王弟殿下

 アデリアが領地に戻って数日が過ぎた。

 

 午前の明るい陽射しと爽やかな風を浴びながら、紫色のローブに身を包んだアデリアは、今日も魔法の鍛錬に励んでいた。


「今度こそ……」


 そう思って地面に置いたサツマイモへと魔力を注いでみても、たっぷりの葉とツルが茂るばかりで、肝心の芋となる部分が育たない。


「ダメか……まぁ、仕方ない。数日で成功するなら、わたしの学園生活はなんだったんだって話だもん。学生の時だって失敗続きで、充分に実ったりしなかったんだから」


 自虐を呟きながら、アデリアはガックリと更に落ち込んだ。

 アデリアは芋魔法で有名だった。

 だが、一度として芋魔法を成功させたことなどない。

 いつも出来上がるのは緑の壁で、サツマイモではない。

 

(芋魔法。いつか成功する日が、くるのかなぁ……)


 成功の定義とは何なのか。

 どうなれば成功なのか。

 その辺もアデリアには、よく分かっていない。

 実際、サツマイモに魔力を注いで、葉やツルはワッサワッサさせられるのだ。

 コレで成功、と言い切ってしまえば成功である。

 だが、アデリアはサツマイモを実らせたいのだ。

 それはもう、食べたいときに食べたいだけ、スピーディに、実らせたいのである。


(魔力のかけ所が、間違っているのかな?)


 アデリアに分からないことは多いが、豊作を諦める気はない。

 いつか自分の力で、豊作を叶えたい。

 けれど不安はある。


(わたしの力で豊作にできなかったら……男爵領が、もっと貧しくなってしまったら……本当に食べるものすらなくて、死人が出るようなことになったら……)


 アデリアはブルッと震えた。

 不安はあるが、呑み込まれるわけにはいかない。

 呑み込まれてしまったら、諦めて逃げたくなる。

 諦めてしまったら、そこで負けなのだ。


(諦めないっ。また、やればいい!)


 背中を丸めて地面を見ていたアデリアだったが、バッと顔を上げると、よく茂った葉っぱをブチッと引きちぎって空へと掲げた。


「へこたれないからっ! わたしは、やるって言ったらやるのよっ!」


 一度も成功したことないけどねー、などと、もう一人の自分がツッコミを入れてくるが、構っている暇はない。

 サツマイモの葉やツルにだって活用法はあるのだ。

 まずは、そのささやかな成功を喜ぼう。


 アデリアは、美味しそうなところを選んで葉っぱとツルを摘むと、台所へと運び込んだ。


「お芋の葉っぱ―」


 食卓で絵を描いて遊んでいたソフィアが、目ざとく見つけてパッと表情を輝かせた。


(あぁ、だから~。わたしがいない時は、どんな食生活をしてたのよ……)


 可愛い妹が喜んでくれるのは嬉しいが、アデリアは複雑だった。

 

「ただいまー」


 そこに魔獣を狩りにいっていたライアンが帰ってきた。


「お帰りなさい。早かったのね、お兄さま」


 振り返ったアデリアは、兄が何やらキラキラした血まみれのものを担いでいるのを見て動きを止めた。

 血まみれの獲物を担いでくるライアンの姿は、見慣れているが毎回、驚いてギョッとする。

 しかも今回は、いつもの魔獣とは違う。


(新種の魔獣? いえ、アレは……)


「キリル・ハーランド公爵さま⁉」


 思わずアデリアは叫んだ。


「おや。アデリア、この人知ってるの? 知り合い?」


 笑顔で聞いてくる兄が怖い。


「そんなわけないでしょ⁉ 身分が違い過ぎるっ! 公爵さまなんだから、一方的に知ってるだけよ! お兄さまってば、国王陛下の弟君を当たり前みたいに担いで……。しかも血まみれで⁉ どうしたのよ、一体⁉ 何があったの⁉」


 平然としている兄に向って、再びアデリアは叫んだ。


(平常心が大事と言っても限度があるでしょ、お兄さま⁉ なぜ平常心で血まみれの公爵さまを担げるのよっ!)

 

 動揺のまま叫び散らしているアデリアに気付いた母イルダが、台所にやってきた。


「ちょっと、どうしたの? 何を騒いで……あぁっ⁉ ギャー!!!」


 イルダも悲鳴を上げる。

 だが、こちらの悲鳴は意味が違った。


「もうっ、ライアン! 狩った魔獣をそのままキッチンに持ち込まないでって、いつも言ってるでしょ⁉」


 ソフィアは血まみれの兄の姿に慣れてしまっているようで、ご機嫌でお絵かきを続けている。


(狩った血まみれの魔獣を、小さな妹にしょっちゅう見せてるのね。教育に悪い環境なのか、そうでないのか……いや、今はそんなこと関係ないっ!)


「お兄さまっ! その血は何⁉ まさかお兄さま、公爵さまを……」

「公爵さま⁉ え、ライアン! それ人間なの⁉ あら、大変!」


 アデリアの言葉に母イルダは、息子が担いでいるのが魔獣ではなく人間であることに初めて気付いて、別の意味の叫びを上げた。


「手当しなきゃ! アデリア、手伝ってちょうだいっ! えっと、薬と包帯は……」


 イルダは大慌てで手当てのためにバタバタし始めた。

 しかし今のアデリアには、母に構っている暇はない。

 アデリアの中を処刑とか、ニッケル男爵家取り潰しとか、物騒な言葉が去来する。


(まっ……まさか、お兄さま……やってしまった⁉)


 真っ青になっているアデリアに向かって、ライアンは輝かんばかりの笑顔で言う。


「あ、この人? 魔獣に襲われていたところを助けたんだ。この血は魔獣のだよ。ちゃんと魔獣も狩って、ラヴァに乗せてきたから安心して?」

「いや、気にしてるのはそこじゃないからっ!」


 アデリアが叫ぶと、ライアンが肩から垂らしている公爵さまが「うぅ~ん」と唸り声をあげた。


(よかったぁ~、お兄さまは公爵さまをやってなかったぁ~。しかも公爵さま生きてるぅ~)


 アデリアは、そこでハッと我に返った。


「あぁ、そんなことより公爵さまを横に……ソファ! ソファへ公爵さまを寝かせて、お兄さま!」

「ソファ? ソファが血で汚れるが?」


 アデリアが慌てて指示したが、ライアンは迷うように、担いでいる公爵とソファとを見比べている。


「今はそんなことどうでもいいからっ! 早くっ!」

「ハイハイ」


 アデリアに怒鳴られたライアンが、ソファにハーランド公爵を横たえていると、玄関のほうからガタガタッと音がした。


「今度は、なにっ!」

「アデリア、騒がないのっ。ケガ人がいるのだから」

「でもっ! 危ないからっ!」


 アデリアは母と揉めながら、食堂のドアの影から、そぉ~っと玄関のほうを覗いた。


「ハァハァ、あの……こちらに、キリル・ハーランド公爵さまがいらっしゃいますでしょうか……ハァハァ私は侍従のティンドルと申します……ハァハァ」


 そこには、大きなトランクを持って、息を切らした男がいた。

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