第七話 芋令嬢アデリア
自宅へと戻った翌日。
アデリアは、朝早くから魔法の鍛錬に励んでいた。
(わたしが芋魔法を使いこなせるようになれば、少なくとも食いっぱぐれることはないっ)
アデリアは、紫のドレスに紫のローブを羽織って庭に出ていた。
紫のドレスとローブは、彼女の作業衣だ。
とろっとした蜜色の瞳に黄みを帯びた白い肌をしているアデリアが、紫色のローブに身を包むとサツマイモを思わせるカラーリングに拍車がかかる。
(まずは形から! わたしは芋を操って、食糧事情を改善するっ!)
アデリアは右手をグッと握りしめて拳を作り、左手で土の上に一個のサツマイモを置いた。
そして、魔力を注ぎ込み始めた。
幸いなことに、アデリアの魔力量は多い。
(この力を活かせるようになれば、ニッケル男爵領の農業を変えられるっ!)
飢えないためには、穀物も育てたいところだが、相性が悪いらしく、実りが悪い。
適した品種を見つけるなり、改良するなりしてニッケル男爵領でも育ちやすい穀物ができるまでは、芋が頼りだ。
とはいえ、頼りの芋も育ちが悪いことには変わりない。
(そこで魔法よっ!)
アデリアは、いつもよりも張り切って魔術に取り組んでいた。
ただし、アデリアの芋魔法には、種芋が要る。
そこは仕方ない。
問題は、その先だ。
(わたしの魔法では、上手く根が育たない……)
ニッケル男爵領で栽培するには、芋が適している。
芋を収穫するためには、根を育てないと話にならない。
(上手く作れるようになれば、ジャガイモなんかもイケルようになるかもしれないけど。ジャガイモは、芽に毒があるし。実に光があたっても毒の心配がある。でもサツマイモなら、毒の心配は要らない)
だから、アデリアの芋令嬢の芋は、いまのところサツマイモなのだ。
(慎重に、慎重に、魔力を注いで……)
アデリアは地面に置いた種芋である一個のサツマイモに魔力を注いでいく。
(サツマイモなら高温にも強いし、乾燥にも強い。土地が痩せていても、よく育つ。低温には弱いけれど、ニッケル男爵領は比較的暖かい。雪が降るほど寒い時期は短いし、春が来ればあっという間に16℃以上の発芽によい温度まで上がる)
だからサツマイモの栽培は、ニッケル男爵領に向いているのだ。
(サツマイモは丈夫な作物なのだ。わたしと同じでっ!)
ガッと魔力が入って、種芋が発光する。
すると、みるみるうちに芽が出て、ツルがシュルシュルと音を立てて伸び始めた。
緑のツルはシュルシュルと、伸びる。
どんどん伸びる。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!! またツルだらけっ!」
どんどん出来上がっていく緑の壁に向かってアデリアは悲痛な叫びを上げた。
「ハハハッ。また『つるぼけ』かい?」
ライアンが面白そうにツルを覗き込みながら言った。
ツルや葉が茂り過ぎてしまうと、肝心の実らせたい物のほうに栄養が届かなくなる。
その状態を『つるぼけ』というのだが、アデリアの芋魔法は、だいたい『つるぼけ』になって失敗する。
「やっぱりダメかぁ……」
アデリアはシュンとなった。
王立学園で芋魔法を頑張ったアデリアだが、豊作には程遠い結果しか得られていない。
今も、種芋が葉とツルに育っただけだ。
肝心のサツマイモが見当たらない。
「ハハハッ。ガッカリするなよ。いつもの事じゃないか」
ライアンは励ますように、アデリアの丸くなった背中をバシバシ叩いた。
「だってお兄さま。サツマイモが実らないと、サツマイモが食べられないのよ⁉」
アデリアはライアンに八つ当たりするように叫んだ。
実際、八つ当たりである。
八つ当たりされたライアンは、いつもの事なので笑い続けていた。
「ハハハッ。いいじゃないか。サツマイモのツルは挿し穂に出来るんだから。苗として土に植えれば、それなりに実るよ」
「それはそうだけど……」
「あー、サツマイモのツルだ―!」
屋敷の中から小さな妹が飛び出してきて叫んだ。
そしてキラキラと輝く瞳で、緑の壁をガン見する。
「葉っぱ、おいしそー」
「ハハハッ。そうだよな、ソフィア。サツマイモの葉っぱは美味しいもんな」
「うんっ! ワタシ、お芋の葉っぱ、大好き!」
サツマイモのツルは食べられる。
特に先端の柔らかな部分は、ソフィアの大好物だ。
煮たり、焼いたり、炒めたり。
固い部分は薄皮を剥けばいいし、えぐみが気になるのなら下茹でしてから使えばいい。
干して乾燥させれば、長期保存もできる優れものだ。
「おかぁちゃま~! サツマイモの葉っぱ―!」
ソフィアはサツマイモの葉っぱをぶちっとちぎると、小さな手に握って屋敷の中へと駆けていった。
「アイツは何しにきたのやら」
ライアンは苦笑しながらソフィアの後ろ姿を見送った。
「こんなものでも喜んでもらえるのは嬉しいけれど……商売にはならない」
アデリアは悔しそうに唇を噛んだ。
サツマイモは、葉っぱや茎にも栄養はある。
しかし、売り物になるかどうかは別だ。
「ガッカリするなよ。それに挿し穂は、苗として売れるじゃないか」
「金額にしたら微々たるものよ」
ライアンは慰めてくれるが、アデリアには分かっていた。
足しにはなるが、貧乏な男爵家を救ってはくれない。
「あんまり気に病むなよ、アデリア。そのうちじぃさまが、ニッケル男爵領で元気に育つ、新しい丈夫な苗を持って帰ってくるかもしれないじゃないか」
「そうだけど……」
貧しい領地を救うため、サミルの父であり、前ニッケル男爵であった祖父ヨハンは、新しい作物を探して旅をしている。
弱いものではあるが、ヨハンには鑑定の力がある。
なので、ニッケル男爵領に合った作物の苗を探し出せる見込みは、ゼロではない。
「丈夫な苗が見つかっても、コレじゃ、わたしは役に立てないじゃない?」
アデリアは目の前に広がったサツマイモのツルで出来た壁から、葉っぱの茂った枝をプチンと一本ちぎると、ライアンの前でフワフワと振った。
正直な兄は、それを見ながら「確かに」と呟いてコクンと頷いた。