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第六話 ニッケル男爵家の台所事情

 食堂には、既にご馳走の準備ができていた。

 小さな屋敷は一階に客間を兼ねた食堂と台所があり、二階にはそれぞれの寝室がある。

 玄関を入ってすぐにある二階へ続く階段を超えて、進んだ先にある部屋へと入れば、食卓がすぐに見えた。

 

「今日は、アデリアの好きな物を用意したのよ」


 母のイルダは、金色の瞳に優しい笑みを浮かべて言った。

 実際、テーブルの上にはアデリアの好きな物が並んでいる。


(でも、王立学園の食堂よりも、粗末な食事……)


 ニッケル男爵家の経済状態を表すような食卓に、アデリアの心はチリチリとした痛みを感じた。

 

(わたしが学園の寮で暮らしている間、家族はどんな生活を送っていたの?)


 ニッケル男爵家に、使用人はいない。

 仕事はもちろん、家事も全て家族でこなしている。

 だからテーブルに並んでいる料理は、家族の手で作られたものだ。


「オレがお前の好きな牛系の魔獣を狩っといたから、肉はたっぷりあるぞ」

「ありがとう、お兄さま」


 高値が付く物は殆どないが、ニッケル男爵領の魔石埋蔵量は多い。

 そのせいか、一山超えれば王都という好立地な割に、領内には魔獣が多いのだ。


(お兄さまが魔獣を狩れるから、我が家は貧乏男爵家だけど、肉に困ったことはあまりないのよね)


 王都の貴族たちには恐れられている魔獣だが、貧乏領地では貴重な食糧であり、収入源である。

 アデリアが子どもの頃は、魔獣の肉もそれなりに貴重品だったような気がするが。

 ライアンが農業学校を卒業した頃には、当たり前のように食卓へ上るようになった。

 

 では、何が足りないか。


(野菜や果物が少なくて、食卓が茶色い)


 ニッケル男爵領内の窮状を表すような食卓に、アデリアは少し困ったように眉を下げた。

 経済状態に合わせた食器は、もともと素朴なものが多い。

 そこに載っているは、固くて茶色のパンと少量の芋、調理法を変えた肉だ。

 

 ドラゴンのラヴァをパートナーにしてから、ライアンは王都へ気軽に魔獣肉を売りに行っている。

 小遣い稼ぎになるとライアンは笑っていたが、自宅で消費する分もあるので、たいした稼ぎにはなっていないのだろう。

 食卓の上には、緑色の野菜もなければ、果物もない。


 王立学園での食事は、使われている食器の豪華さに加え、彩り華やかに並べられた野菜や果物によって、見た目だけでなく栄養価的にもバランスのとれたものが提供されていた。

 もちろん、家庭と寮という違いがあるから、用意できるものの種類が減ることはアデリアにも分かる。


(お祝いでコレなら、普段は何を食べているのかな? わたしはいいけれど、育ち盛りのソフィアにはよくないと思う)


 テーブルの前で戸惑っているアデリアの両肩に、サミルが手をかけた。


「さぁさ、座った、座った」


 サミルがアデリアを促す。


「さぁさ、さぁさ、おねぇちゃま」


 ソフィアはサミルの真似をしながら、アデリアの椅子を引く。

 いつもの席へと腰を下ろしたアデリアの前に、イルダが湯気の立つ料理を置いた。


「魔獣肉のシチューよ。長時間コトコト煮込んだから美味しいわよ」

「ありがとう、お母さま」

「今日の魔獣肉は……何だったかしら? ライアン?」


 先に座っていたライアンが笑顔で答える。


「牛系の魔獣だよ。ほら、アデリアの好きなヤツを頑張って狩って来たんだよ」

「ありがとう、お兄さま」

「牛系は肉がたっぷりとれるからな。肉はまだまだ沢山あるぞ。他の料理が良ければ作ってやるから遠慮せずに言え」

「うん、わかった」


 アデリアが優しい兄に笑顔を向けていると、負けてなるものかといった感じでサミルも話しかけてきた。


「飲み物はどうする? 大人だから、ワインでも飲むか? 今なら、父さんの作った自慢のワインがあるぞ」

「もう、お父さまってば。でも、ワインか……飲むわ」


 ワインはサミルの手作りだ。

 ブドウの収穫量が少ないので、量は作れないが味は良い。

 料理やお菓子には使うので、アデリアも味は知っている。

 勧められるままワインの入ったグラスを受け取ると、イルダとライアンもワインの入ったグラスを持った。

 ソフィアは、ワイングラスにリンゴジュースを入れてもらってご機嫌だ。


(果物のジュースか……まぁ、何もないよりはマシか。でも、ソフィアの喜びようから考えたら、頻繁に飲んでいるわけでもないみたい)


 アデリアの複雑な思いを知ってか知らずか、サミルが立ったまま、笑顔で勢いよくワイングラスを高く掲げて 言う。


「では、アデリアの帰還を祝して、カンパーイ!」

「「「「カンパーイ!」」」」


 家族みんなでグラスをぶつけ合って、賑やかな夕食が始まった。

 ひとしきりご馳走に舌鼓を打ったアデリアだったが、お腹いっぱいになったソフィアが寝てしまったのを見て、気になっていた話を切り出した。


「お父さま。ニッケル男爵家の経済状態はどうなの?」

「ん……芳しくはないな」


 サミルは鼻の頭を軽く赤くしながら、正直に言った。


「わたしが卒業したから、パレット商会からの援助もなくなるけど、大丈夫?」

「ん。厳しいのは厳しいが……でも、なんとかなるだろ」


 ライアンがアデリアのほうを見て言う。


「何とかしていくしかないな。お前とセルゲイの婚約が解消されても、パレット商会は、ニッケル男爵領に協力してくれるそうだからね。何か考えよう」

「そうね、お兄さま。セルゲイのお父さまであるパイクおじさまは、パレット商会の会長だから心強いわ」

「ああ。ニッケル男爵領出身者のなかでは、出世頭だ。しかも、じぃさまに恩があるから、我が家に協力的だから頼りになるよ」


 セルゲイとアデリアの婚約は、パイクの心遣いによるものだった。


「そのままセルゲイと結婚してもよかったのよ、アデリア」

「ん~、お母さま。それはないわ。セルゲイとは仲良しの幼馴染だけど。仲が良過ぎて姉と弟みたい」


 母の言葉に、アデリアは両手を上げておどけてみせた。


「おや、セルゲイのほうが弟なのかい?」


 ライアンがニヤニヤしながら言うのを、アデリアは軽く睨んだ。


「だって、セルゲイは子どもっぽいじゃない。私は背が低いだけよ?」

「ハハハッ。その反応が子どもっぽい」

「お兄さま!」

「二人とも、止めなさい」


 アデリアとライアンが揉め始めそうだったのを、母はたしなめた。

 それを見ながらサミルは、「我が家の日常が戻ってきたね」と呟いて笑った。


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