第四十六話 芋令嬢と王弟殿下は焼き芋の香りと共に幸せになる
今日もアデリアは紫色のローブを着て畑に立っていた。
(サツマイモは安定して作れるようになったわ。今度は他の芋も試してみようかしら? それとも他の作物にも手を出そうかしら?)
季節は変わり、今は夏の終わりだ。
魔法を使えば季節に関係なく作物を作ることができるが、気候のよいシーズンのほうが気持ちはよい。
青い空には、夏の名残の入道雲。
吹く風は秋の気配が入り込んでいて、ちょっとだけ乾いている。
観光農園のほうは本格的なオープンを迎えた。
いったん軌道に乗ってしまえば、あとは優秀な領民たちが仕事をしてくれる。
父サミルと母イルダは、主に観光農園での仕事をすることに決めて、接客したり、新しいスイーツメニューを考案したりなど楽しそうだ。
ソフィアとピッドは観光農園内を駆け回って日々成長している。
ピッドはちょっとだけ大き目の炎が吐けるようになった。
ソフィアのほうは、その炎を消すことができるようで、能力の高さで回りを驚かせている。
ニッケル男爵領には『焼き芋の里』が爆誕しただけでなく、よいコンビも爆誕してしまった。
兄のライアンはといえば、相変わらず魔獣を狩っている。
王都へ売りに行ったり、『焼き芋の里』の串焼き材料として出荷するなど、それなりに忙しそうだ。
皆がそれぞれに生活の基盤を固めつつある今、アデリアには気になっていることがあった。
「それにしても……ハーランド公爵さまは、いつまでニッケル男爵領の別荘で、過ごされるおつもりなのかしら?」
「ずっといちゃダメ?」
「わっ、びっくりしたっ。ハーランド公爵さま?」
アデリアは背後から現れたハーランド公爵に驚いて飛び上がった。
(今日も素敵ですけれど、キラキラしてますけれど、だからこそ突然は止めてください、突然は。もう、本当に心臓に悪いっ!)
ハーランド公爵はアデリアの反応に何故かシュンとなる。
「私はオジィちゃんだから……」
「え⁉ ハーランド公爵さまは、オジィちゃんなどではありませんよ⁉」
アデリアは心の底から驚いて言ったが、ハーランド公爵はなぜかいじけていた。
「ん……ありがとう、慰めてくれて」
「そんなわけでは……」
「なら、私もニッケル男爵領で暮らしていい?」
ハーランド公爵はクシュンと背中を丸めたまま、キラキラした上目遣いでアデリアに聞いた。
(えっ? なに? なぜ? なんなの、この反応?)
アデリアは戸惑いつつも慌てて言う。
「ええ、もちろんですよ。いくらでもいてください」
「なら、ずっと住んでてもいい?」
「もちろんっ」
アデリアの言葉に、ハーランド公爵はパァァァァァッと輝く笑顔を浮かべた。
「あっ、でもハーランド公爵さま。王都に戻って仕事をされなくていいのですか? 執事のアーシャルに怒られたりしませんか?」
「ん、仕事はこっちでもできるし。必要なものはティンドルに運ばせればいいから」
「それなら大丈夫ですね。安心しました」
アデリアが笑顔を向けると、ハーランド公爵は何故か頬を赤く染めた。
「えっと……なら私は、ニッケル男爵領で暮らそうかな」
「そうですか」
「こっちを別荘ではなく、本宅にしようかな」
「え? なぜですか?」
「なぜって……」
キョトンとするアデリアの前で、ハーランド公爵は赤くなりながらモジモジとしている。
この日もニッケル男爵領には焼き芋の甘い匂いが漂っていた。
~ おわり ~