第四十四話 焼き芋の行方
翌朝。アデリアは畑の前に立っていた。
焼き芋は美味しい。
(安全に食べることができて美味しいのなら、今後のためにも売るべきではないかしら?)
しかし、焼けた芋を売りに行くのが大変だ。
「鮮度保管機能付きパントリー魔法も使えないし、鮮度保管機能付きパントリーの魔法道具もない貧乏な我が家は、どうやってコレを王都で売ればいいのか……」
「ふふ。可愛らしい売店でも作って、ココで売ったら?」
「うわっ、ハーランド公爵さま⁉ びっくりしたぁ~」
アデリアは突然現れた美形に驚いて胸を押さえた。
(本日も安定のキラキラっぷり。突然現れる美形は心臓に悪いっ!)
アデリアは、ドキドキとときめく胸の高鳴りを丸っと無視して、さりげなさを装って聞く。
「売店、とはどういうことでしょうか? ニッケル男爵領は王都と違って観光客も来ませんけれど」
「うん、だから観光地にしてしまえばいいじゃない」
「ほへっ?」
アデリアの口から思わず変な声がこぼれた。
「あの辺に女性受けがよさそうな、可愛い売店を作って……焼き芋だけじゃ寂しいから、他の物も並べて売ればいいでしょ」
「他の物?」
アデリアは首を傾げた。
「魔獣肉とかあるでしょ?」
「あ……」
「研究員に聞いたんだけど、魔獣肉ってダイエットにいいらしいよ。食べれば食べるほど痩せるって」
「あっ」
(学園を卒業して帰ってきた時、お父さまやお母さまが痩せていたのは、そのせい……)
「痩せるから体に悪いってわけでもなくて。むしろ女性によい成分がたっぷり入っているそうだから、串焼きにでもして売れば人気が出ると思うよ。王都だと魔獣肉は高いからね。気軽に食べられる店はないんだ」
「そうなんですね」
(我が家ではあまりにも普通に食べているから忘れてたけど……魔獣肉は高級品だったわね)
「ほかにもクズ魔石のなかに、虫よけ効果のある物とか、面白いものが色々見つかってるから。売るものはあるよ。それに、ライアン殿のラヴィに乗ってみるアトラクションとか受けそうでしょ?」
「はぁ……」
(ハーランド公爵さまってば、随分と積極的ね?)
「それで……あの、売店を作ったりする費用は、私に任せて」
ハーランド公爵の申し出にアデリアは驚いた。
「えっ、そんな……もう予算は頂いていますし」
アデリアは両手のひらをハーランド公爵に向けて振る。
その手をハーランド公爵に取られて、アデリアは固まった。
アデリアの右手をハーランド公爵の左手が、アデリアの左手をハーランド公爵の右手がとらえる。
(えっ、ちょっ、ちょっと待って。この状況なに⁉)
「いや、私に出させて。出したいんだ……」
「ハーランド公爵さま……」
ドキドキして赤面するアデリアの顔を、少しだけ赤くなったハーランド公爵の顔が覗き込む。
「あー、ゴホン」
そこにわざとらしい咳払いが響いた。
「お父さま⁉」
「ニ、ニッケル男爵殿……何か?」
ハーランド公爵は慌ててアデリアの手を離した。
「観光地にしてココで売ってしまえばいい、って話。いいんじゃないかな、アデリア? ニッケル男爵領は立地だけはいいし。焼き芋も掘りたてのほうが、きっと美味いぞ?」
「お父さまっ」
アデリアは、なんとなく恥ずかしくて、父のほうへと駆けよった。
「んー、貴族は服が汚れるのを嫌がると思うよ?」
そこにライアンの声が響いた。
(ちょっ……お兄さままでいたの? どこからみられていたのかしら)
アデリアは頬を赤く染めながら誤魔化すように大声でまくしたてる。
「それはそうですけど、でしたら着替えをお貸しすることもできますし、浄化の魔法を有料で行うという手もありますし、そこは色々と考えられるから……」
「ここにティールームを作るという方法はいかがですか? 旦那さま」
ティンドルが提案した。
(だからっ、いつからいたの⁉ いつから⁉)
「あ、それいいね」
ハーランド公爵もティンドルの提案に乗り気のようだ。
「ティールームなら、オリジナルのスイーツなんてのもいいわよね」
(お母さままで⁉ だから、いつからいたの⁉)
1人気まずそうに赤面しながら佇むアデリアをおいて、他の物たちはニッケル男爵領焼き芋の里計画の話で盛り上がっていた。