第三十六話 楽しい夕食会
ハーランド公爵の別荘は、夕方にはどうにか住める状態になり、ニッケル男爵家の面々は夕食へと招かれることになった。
一番はしゃいでいるのはソフィアだ。
(夕飯時をピッドと別々に過ごすと聞いたときには、大泣きしたけど……来たら楽しくなっちゃうのよね。ピッドのほうは、大好きなラヴィの側にずっといられるから嬉しそうだったけど。まぁ子どもって、こんなもんよね)
アデリアは、ニコニコしながら妹を見守った。
新しくアデリアのお古を仕立て直して作ったピンク地に白の花柄が散ったドレスを着た時点で既にはしゃいでいたソフィアの興奮は、ハーランド公爵の別荘へ一歩踏み入れたときに最高潮へと達してしまった。
「すごぉ~い。ひろぉ~い」
叫ぶが早いか、タタタッと走り出してしまった。
慌てて手を伸ばしたアデリアの手をすり抜けたソフィアは、正面にある大階段の右側に行ったかと思ったら次の瞬間には左側にいた。
「ダメよ、ソフィア。走り回っては」
「そうよ、ソフィア。そっと歩いてね」
アデリアが声をかける横から母イルダも末娘をたしなめる。
「そうっと……そうっと……」
姉と母からのアドバイスに素直に従って、そっと歩いているソフィアを見て、一同はホワワンという雰囲気に包まれた。
魔法道具である別荘の内部は広い。
そして天井も高い。
「豪華ねぇ」
イルダが溜息混じりに言った。
「そうね、お母さま」
充分に広がっていないと言われても、アデリアにはハーランド公爵の別邸と同じくらい豪奢に見えた。
左右対称の建物のようで、波打つデザインの縁取りのある入り口が左右の壁についている。
広い玄関ホールの正面には大きな階段があり、踊り場で折り返して二階へと続いていた。
(我が家の階段は急な上に、一直線で二階へ繋がっているもの。やっぱり感覚の違いよね。これ以上に豪華な建物がこんな辺鄙な領にあったら、お城に見えちゃう)
そこにお城が似合う男、ハーランド公爵が現れた。
(今日もハーランド公爵さまは素敵ね。ハニーブロンドもキラキラしているし、白地に金刺繍の貴族服もよくお似合い。襟元にも、袖口にも、フリルたっぷりでとってもゴージャス。鑑賞しているだけで鼻血でそう)
アデリアはシャンデリアを見るのと同じ表情でハーランド公爵を見ていた。
ホストであるハーランド公爵が優雅に挨拶をする。
「ようこそいらっしゃいました」
「お招きありがとうございます、ハーランド公爵さま」
父であるサミルが家族を代表して挨拶をする後ろで、他の家族は静かに頭を下げた。
「夕食のご用意は整っておりますので、こちらへどうぞ」
ティンドルに案内されて、ゾロゾロと左側の部屋へと入っていく。
「うわぁ」
声を上げたソフィアがイルダの腕をすり抜けて、勝手に部屋の中をトコトコと動き回り始めた。
シャンデリアの下がる食堂は美しく整えられて、それだけに簡単に壊れそうな物がたくさんあった。
「お行儀が悪いわよ、ソフィア」
「それに危ないわ」
ソフィアは、母と姉にたしなめられて、花瓶を触ろうとしていた右手をそっと引いた。
食卓についたニッケル男爵家の面々は、ティンドルが魔法道具である鮮度保管機能付きパントリーから取り出した様々な料理に舌鼓を打った。
「魔法道具って凄いのね」
まるで作り立てのような料理の数々に、アデリアは感嘆の声を上げた。
「ええ。温かいものは温かいままですし、冷たいものは冷たいままお出しできます。それにこちらへお持ちした料理は本宅のシェフが作ったものですから、味も保証付きです」
ティンドルが胸を張って説明するのを、ニッケル男爵家の一同は食事を口元に運びながらウンウンと頷いて聞いていた。
ハーランド公爵はニコニコしながら一同の様子を眺めている。
別荘でのもてなしは素晴らしく、ニッケル男爵家の一同は、楽しいひと時を過ごした。
(別世界だけど、楽しい)
アデリアは無邪気に夕食を楽しんでいる。
だが彼女以外の家族は、なんとなくハーランド公爵がアデリアを見る視線が変わってきていることに気付いていた。
ニコニコしているハーランド公爵が時折、アデリアに視線をやったあと、頬のあたりを赤く染めている。
思っていたほど見込みナシってわけでもなさそうだと、ソフィア以外の外野はなんとなーく思いながら、楽しい時間を過ごした。
賑やかな会は、ソフィアが疲れて寝てしまうまで続いたのだった。