第三十五話 別荘を建てる
ティンドルは苦戦していた。
「どうだ? 上手く広げられそうか?」
彼の主人であるハーランド公爵は、気づかわし気に聞いた。
魔法道具である別荘は、便利に持ち歩くことができる。
魔力を注ぎ込むだけで、宿屋がない場所でも普段とそう変わらない住環境を用意することができるのだ。
「充分な魔力を与えているにも関わらず、どうも上手くいきませんね。スペースに合わせて自動サイズ調整する機能を持っている魔法道具ではありますが、どうやらそれだけではないようで」
ティンドルは苦い表情を浮かべた。
もちろん、魔法道具だけに魔法の力が必要だ。
ティンドルには特別な力は何もないが、魔力豊富なハーランド公爵に仕えているため、必要な時には魔力譲渡を受けることができる。
だから彼は別荘を展開するうえで問題のない魔力量を所持していた。
なのに腕をまっすぐに魔法道具へと向け、両手をしっかりと広げて魔力を注ぎ込んでいるというのに、肝心の別荘が大きくなってくれない。
「ライアンさまに案内していただいた場所は、別荘を広げるのに充分なスペースがあります。魔力量も、スペースも、足りているのにキチンと展開しません。どうやらこの場所には魔石の影響が残っているようです」
「やはり魔石の影響か。アレは取り除いても影響がしばらく残るし、保管場所に困るし、やっかいだな」
ハーランド公爵は顔をしかめた。
ティンドルも同じように渋い顔になると、中途半端なサイズの別荘を見上げた。
「ええ。役に立つ魔石もなかにはありますが……このあたりのものは、噂通りクズ魔石のようで。見てください。本来のサイズの半分くらいしか広がりません」
「んー、そうだな。どうせ使うのは私とお前だけだから、これくらいでも充分だが。中途半端すぎて気持ち悪いな?」
「はい。そうなのです、旦那さま」
ハーランド公爵は、辺りを見回した。
ニッケル男爵領は広い。
王都とは山で繋がっているものの、どちらかといえば平地のほうが多いし、湖や川もある。
「本来であれば、ここは豊かな土地になるだろうから、ここを選んでも不思議はない。だが特別な力などなくても、地中に埋まっている魔石の気配は感じとれるよね。我が祖先は、なぜニッケル男爵家に、この土地を与えたのか。謎だな」
「そうですね。昔のことですから正確には分かりませんけれど……。ニッケル男爵家が、それなりの功績をあげて、国王は、それなりの褒美のつもりでこの土地を選んだはずです」
「せっかく来たのだから、そのあたりのことも何か分かるとよいのだが」
今回彼らがニッケル男爵領に来たのは、それ以外の目的がある。
「まぁ、中途半端で気持ちが悪いが。男爵家の屋敷よりは遥かに大きくて立派だから、この程度のほうが、バランスがとれるかもしれないね」
「そうですね、旦那さま。せっかくこちらへ滞在するのなら、ニッケル男爵家の方々を今晩の夕食にでもお誘いしましょうか?」
「ん、そうだね」
ハーランド公爵は眉間にしわを寄せて困ったように眉尻を下げた。
「ねぇ、ティンドル」
「なんでしょうか、旦那さま」
「アデリア嬢って……あんなに可愛かったっけ?」
ティンドルは地味な茶色の瞳がはまった目を一瞬大きく見開いて、次にはにっこり笑うと戸惑いながら赤くなっている主人に向き直って言う。
「ええ、旦那さま。アデリアさまは、出会った当初からずっと可愛いままですよ」
そしてティンドルは、頬を赤く染めて首を傾げている主人の隣で、魔力を両手に溜め、もう少しどうにかならないかと別荘に向かって手をかざした。