第三話 王弟キリル・ハーランド公爵
卒業式典会場の外でキリル・ハーランド公爵に気付いた令嬢たちが、熱い視線を彼に向けて、コソコソと噂する。
「ハーランド公爵さまは、本当に素敵ね」
「あぁ、私も婚約者になりたいわ」
「ダメよ。あの方はプレイボーイとして有名な方でしょ? お家の方が許すわけないわ」
「しかも貧乏なワケアリのお家の令嬢とばかり婚約するという噂だわ。貴女のお家は順調でしょう?」
「そうだけれども……ハーランド公爵さまは、とても素敵なのだもの」
「すぐに婚約解消されたら、黒歴史になってしまうわ」
「でも……それでもいいって思えてしまうほど、ハーランド公爵さまは素敵よね」
「「「わかるぅ~」」」
現国王の弟であるキリルは、ハーランド公爵という立場と、潤沢な資金、それと美貌に恵まれていた。
キラキラと輝くハニーブロンドの長い髪、整った顔立ちに澄んだ緑の瞳を持つハーランド公爵は、女性的な美しい顔をしている。
しかし身長も高く、細身ながら筋肉のしっかりついた体には、女性的な弱々しさはない。
白い肌のスキンケアについて気軽に質問できるような人当りの良さを持つながら、侮られることはない、それがキリル・ハーランド公爵という男だった。
そんなハーランド公爵が卒業式典会場の外で話しているのは、美しく賢いが貧乏で有名な伯爵家の令嬢だ。
「セリーヌ嬢、卒業おめでとう」
「ありがとうございます、キリルさま」
セリーヌ・メルシェ伯爵令嬢は、婚約者であるハーランド公爵に美しい礼をとった。
ハーランド公爵は満足げな表情を浮かべて頷く。
「立派になられましたね。お約束通り、今日で婚約は解消いたします。進路のほうは、どうなされるのですか?」
「はい、王宮での事務官の職を得ましたので、明日から出仕いたします」
「ほう、事務官ですか。ですが、将来のことを考えたら、侍女のほうがよいのでは?」
ハーランド公爵の言葉に、セリーヌは首を横に振った。
「いえ、侍女は結婚には有利なのでしょうが、稼ぐのには向きません。私はしっかり稼ぎたいですし、出世もしたいのです」
真面目に答えるセリーヌに、ハーランド公爵は笑いながら言う。
「ふふ。早く結婚して、旦那さまに頼ったらいいのに」
「いえ、キリルさま。私は自立したいのです。そしていつの日か、メルシェ伯爵家を援助していただいた御恩を、キリルさまにお返ししたいのです」
セリーヌはキリッとした表情で、自分の気持ちをはっきりとハーランド公爵に伝えた。
ハーランド公爵は笑いながら、何でもないことのように手を振りながら言う。
「いいよ、いいよ。恩返しなんて。本当にセリーヌ嬢は真面目だね。それを言うなら、君が幸せになってくれるのが一番だよ」
「ありがとうございます」
お礼を言いながら、セリーヌは一瞬、切なげな表情を浮かべてハーランド公爵を見た。
だが、彼がそれに気付くことはなかった。
ハーランド公爵は感心したようにコクコクと頷きながら、別の事を考えていたからだ。
「事務官か……職場に優秀で魅力的な青年がいるかもしれないな。何かよい出会いがあったら協力するから、遠慮なく連絡しておくれ」
「そんな。これ以上、ご迷惑をかけるわけには……」
「ふふ、大丈夫だよ。幸せになってね、セリーヌ嬢」
「ありがとうございます、キリルさま」
セリーヌはハーランド公爵に向かって、美しいカーテシーをとった。
それは表情を見せないための礼のようにも見えた。
少し長めのカーテシーをとったあと、セリーヌはスッと背筋を伸ばすと踵を返して去っていった。
その後ろ姿を見送りながら、執事は呟く。
「罪なお方だ」
ハーランド公爵はセリーヌを見送った笑顔のまま、執事を振り返った。
「ん? アーシャル、何か言ったかい?」
「いえ、何も」
そんな時に悲鳴のようなどよめきがどこからともなく上がり、空から人間を乗せた赤いドラゴンが現れた。
「あれは⁉」
「なんでしょうか」
二人が驚いて目を見開き視線をやった先にあったのは、赤いドラゴンに乗る青年と、慣れた様子で彼の前に乗る令嬢の姿だった。
風を巻き上げながら飛び立っていく赤いドラゴンを、ハーランド公爵は口を開けて見送りながら隣にいる執事へ命じた。
「あの令嬢の情報を、早く集めてくれ」
「承知いたしました、旦那さま」
口をポカンと開けて空を見上げる執事は、追加で集める情報について頭の中でまとめながら、飛び去って行く赤いドラゴンの姿を眺めていた。