第二十九話 婚約お披露目
「うわぁ、キラキラ!」
「ふふふ、本当に初めてなのだね」
ハーランド公爵にエスコートされて夜会の会場へと足を踏み入れたアデリアは、その華やかに圧倒されながらも、嬉しそうな感嘆の声を上げた。
大広間の高い天井には、大きなシャンデリアが3つも並んでいる。
あちらこちらに蝋燭が立てられ、蜜蝋のほんのり甘い香りが漂っていた。
煌びやかに着飾った貴族たちが、あちらこちらに散らばって小さな輪を作り、国王のお出ましを待っている。
「華やかだわ」
「うん、そうだね」
気分の上がっているアデリアに対し、社交の場にすっかり慣れているハーランド公爵は余裕の対応をしていた。
まるで孫を見守るお爺ちゃんのような雰囲気を出してアデリアを見守るハーランド公爵は、逆に会場で目立っていたが、当人はまるで気付いていない。
当然のようにアデリアも気付いてはいないし、彼女は他の事が気になってキョロキョロしていた。
(ああ、侯爵さまがいらしたわ。あちらは伯爵さまだけど、領地が豊かでお金持ちのはず。……あ、あの方は商会の会長では? 爵位は子爵だけど、商会はこの国で一番大きくて、他国との貿易もされていたはず……)
アデリアは王立学園に通っていた時の知識を総動員しながら、その場にいる貴族たちの値踏みをした。
(あの伯爵さまは……確か1つ上の先輩のお父さまだわ。あちらの方は確か後輩の……)
王立学園に通う生徒は、大体が上位貴族である。
アデリアは気さくに接してくれた同窓生たちを思い浮かべながら、その親族たちを眺めていた。
「国王王妃両陛下のご入場です」
大きな声が響くと楽団が大きな音で演奏を始めた。
その音が少し小さくなったところで、檀上にキラキラの国王と、キラキラの王妃が登場した。
(わー国王陛下、ハーランド公爵さまとそっくり~。ちょっと縦に潰して老けさせた感じかな?)
皆に合わせてカーテシーをとるアデリアの横で、ハーランド公爵が礼を取っている。
(やっぱり兄弟でも相手が国王陛下となると大変なんだ。うちは男爵家でよかったぁ~)
そんな風にアデリアが思っていると、演奏が静かなダンス音楽に変わった。
両陛下による今日の夜会、最初のダンスである。
「アデリア嬢。この後の曲とその次の曲は踊るからね」
「はい、分かっています」
アデリアはハーランド公爵に頷いて見せた。
最初の曲を踊るのはアデリアのお披露目で、二曲目を踊るのは婚約したことを伝えるためだ。
「私としては、何曲踊ってもよいのだが。それではアデリア嬢が疲れてしまうからね」
「はい。わたしは踊り慣れていないので無理です」
それでもハーランド公爵に手を取られて踊りだせば、アデリアの体は羽が生えたようになって軽やかに舞った。
(本当にハーランド公爵は踊るのが上手だわ。ん、この場合は、踊らせるのが上手って言うのが正解かなぁ?)
アデリアとハーランド公爵は会場内で目立っていて、人々の視線を集めた。
「あらハーランド公爵さまのお相手が……」
「また新しいご令嬢ね」
「今度は、また若いお嬢さんだな」
「小さくて可愛らしい……あら? あれは、アデリアさまではないかしら?」
貴族たちが扇子の下で、こそこそと囁く。
(あー、なんか言われてるっぽい。でも……ま、いいや。他の人たちは、この婚約が援助を受けるためのものだなんて知らないだろうし。プレイボーイの公爵さまに引っ掛けられたご令嬢の1人に思われても……むしろわたしからしたら、光栄なのでは?)
アデリアがそんな風に思いながら気持ちよく踊っているうちに、二曲目が終わった。
これで本日のお役目終了である。
「ふぅ~、終わったぁ。緊張したぁ~」
大きな溜息と共に、アデリアから本音が漏れる。
「ふふ。お疲れさま。少し休憩しよう」
ハーランド公爵に言われて、アデリアはハッとした。
(ああ、婚約者としてちゃんとしてなきゃいけないのに。ついつい素が出てしまったぁ~)
アデリアはハーランド公爵にクスクス笑われて顔が熱くなった。
(あー恥ずかしい~)
そんなアデリアの後ろで聞き覚えのある声が響いた。
「おお、可愛いお嬢さんが赤面しておる」
「本当ね。あぁ~可愛い~。撫でちゃおうかしら?」
「国王陛下、王妃陛下、からかうのは無しですよ」
ハーランド公爵は美しい顔に悪戯っ子のような笑みを浮かべ、人差し指を立てた右手をひらひらと振っている。
(あにうえ、あねうえ? ということは……)
アデリアはギギギィィィと軋んだ音が出そうなくらいぎこちない仕草で振り返った。
(あわわわっ、やっぱり国王陛下と王妃陛下ぁぁぁぁぁぁぁ~)
慌ててカーテシーをとるアデリアに、両陛下はふふふと笑った。
「まぁ可愛らしいカーテシーだこと。連れて帰ってしまいたいわ」
「ダメですよ、王妃陛下」
「ふふふ。本当に可愛い。なぁ、キリル。本当に結婚してしまえばいいじゃないか」
「揶揄わないでください、国王陛下」
笑顔でかわすハーランド公爵に、和やかに微笑む金髪碧眼の美しき国王夫妻という、とんでもない光景がアデリアのすぐ目の前で繰り広げられている。
(うわぁぁぁ、何なのコレ。逃げたぁ~い)
緊張でガチガチになっているアデリアの前で、ハーランド公爵は国王陛下から、本当に結婚しちゃえばいいじゃんヒューヒューという勢いで揶揄われている。
「ふふふ。ダメですよ、国王陛下。ほら、アデリア嬢が可哀想なことになっているじゃありませんか」
「ハハハッ。純情なお嬢さんだ。我が弟などには勿体ないか」
「ふふふ。キリルさまが嫌なら、もっと年ごろの近い素敵な方を紹介するわよ」
「ほら、宰相殿が探していますよ。さっさと仕事をしてください」
何と答えたらよいのか分からないアデリアを庇うように、ハーランド公爵は兄夫婦をあしらった。
(こんな時、侍女は頭を下げて控えているだけだから役に立たないのよね)
両陛下の背中が人込みに消えるのを確認したアデリアは、何となく側にいた侍女レナを睨んだ。
睨まれたほうのレナは涼しい顔をしている。
(もう、レナってば。どうやら両陛下の絡みも、お約束めいたもので、いつものことみたい。でもびっくりするから事前に言っといて欲しかったぁ~。あーまだ胸がドキドキしてるぅ~)
「ふふふ。ごめんね、驚かせて。お詫びに飲み物をとって来よう。キミはココで休んでいてね。他の男が誘ってきても、ついていってはいけないよ? 悪い男かもしれないから。私と婚約した以上、本当の婚約は、信用できる男を選んでもらわないとね」
ふふふと色っぽく笑ったハーランド公爵は、言葉通り飲み物を取りに行った。
(あー、まだ貴族たちに囲まれちゃった。あの調子だと飲み物を取って帰ってくる間に夜会が終わってしまいそう)
呑気にそんなことを思っていると、華やかな美女がアデリアのもとへと近寄ってきた。
アデリアは、チラリと見上げたレナの眉間にしわが寄るのを見て、あまり良いことは起きなさそうだなと思った。