第二十八話 夜会へ出発
夜会へ出発する時間となり、アデリアは馬車へ乗るために玄関へと向かった。
そこには、今日も安定のキラキラ公爵さまがいた。
「あぁ、準備が出来たのだね」
「ハーランド公爵さま。お待たせしたのでなければいいのですけれど」
アデリアが言うと、ハーランド公爵は柔らかく夢見るように笑みを浮かべた。
(今日は普通、かなぁ? ハーランド公爵は、いつもキラキラしているし……今日は一段とキラキラ眩しくて違いが分からないわ。魔獣を捕獲した日からのわたしへの態度が、ちょっとおかしいのよね。でも今日は普通っぽいから……ま、いっか)
ハーランド公爵は金モールと金刺繍のたっぷりついた白い貴族服を着ている。
生地そのものに光沢があるので、本人の輝きもあってキラッキラだ。
「大丈夫、時間通りだよ。それにしてもアデリア嬢。いつも可愛いけれど、今夜は一段と可愛らしいね」
「ありがとうございます」
(うーん、ハーランド公爵さまが美しすぎて、褒められていても褒められた気がしない)
ハーランド公爵の輝きに気圧されて、アデリアは視線をさりげなく逸らした。
エスコートされて玄関を出ると、初めてみる馬車が止まっていた。
(今日の馬車は白で、馬も白だわ)
小ぶりの白い馬車は、爽やかな緑をアクセントにして金色で装飾されている。
扉にドーンとつけられたハーランド公爵家の家紋はもちろん、車輪や馬車の縁飾り、馬と馬車とを繋いでいるハーネスまで金色だ。
キラキラである。
(でも一番キラキラなのはハーランド公爵さまっ)
上品でありながら華やかな馬車と負けず劣らず美しい公爵に手を取られ、アデリアは馬車へと乗り込んだ。
馬車内の装飾も美しく、椅子の座面もフカフカだ。
進行方向に向かって座るアデリアの前にはハーランド公爵。
その隣にはティンドルが座っていて、アデリアの隣にはレナがいる。
レナがアデリアのドレスを気にしつつ言う。
「ドレスがシワにならないように気を付けてくださいね」
「ええ。フカフカのクッションだから大丈夫だと思うわ」
アデリアはドレスの裾を確認しながら言った。
ハーランド公爵は魅惑的な笑みを浮かべて、アデリアを見た。
「ふふ。ドレスなんて少しくらいシワになっても、アデリア嬢は綺麗ですよ」
「ありがとうございます」
(ホント、公爵さまってば。女性を喜ばせるのが上手なんだから)
アデリアは心の中で突っ込みつつ、頬を緩めた。
素敵な男性に褒められて嬉しくない令嬢はいないだろう。
正面に座るハーランド公爵を見るのが恥ずかしくて、アデリアは窓の外へと視線を向けた。
(夢のようだわ)
窓の外を流れていく景色を眺めながらアデリアは思った。
美しい公爵さまと一緒に夜会へ出るという夢見心地のふわふわした気分を味わいながらも、しっかり者のレナが一緒だから不安はない。
今はのほほんとした表情を浮かべているが、いざという時には頼りになるティンドルもいる。
(ま、今夜が終わったら消える夢だけど)
ハーランド公爵はアデリアのものではない。
アデリアもまたハーランド公爵のものではない。
今日が終わったら明日にはニッケル男爵領に戻り、普段と同じ生活を送るのだ。
キラキラした装飾も、豪華な食事も、お世話される生活も、明日の午後には夢だったかのように消えるのは分かっている。
今夜の夜会もあっという間に終わり、アデリアの人生を彩るちょっとした娯楽として、笑い話になることだろう。
(ん。難しいことは周りにお任せということで、今は楽しもうっと)
思い出話として語るには、どんな所を覚えておけばよいのか。
そんなことを考えながら、アデリアは馬車の外を流れていく街の風景を見ていた。
だから彼女は、ハーランド公爵が自分にどのような視線を向けているのか、全く気付くことはなかった。