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第二十六話 魔獣はニッケル男爵さん家の子になります

 魔獣捕獲の翌日。

 午後の早い時間帯にハーランド公爵家別邸へとあらわれたライアンは、ドラゴンを連れてくることはなかったものの服装はいつも通りだった。


(酷い格好だわ、お兄さま……)


 ハーランド公爵家別邸の華やかさとの対比で、見慣れているはずの服装が酷くみすぼらしく見えた。

 ハーランド公爵は現れなかったので、兄の恰好を見られて気まずい思いをすることはなかったが、それでも気になる。

 アデリアの責めるような視線に気付いたライアンは、言い訳するように言う。


「今日も魔獣引き取り所に寄ってきたからさ。それにラヴァへ乗ってきたから、お洒落は出来ないよ」

「そうでしょうね」


(お洒落な服なんて、お兄さまは持ってないでしょ。必要ないから)


 男爵家の跡取りには見えないライアンを眺めながら、アデリアは自分自身が他人からどう見えるのかが気になってきた。


(ん~。あまり見た目なんて気にしてこなかったからなぁ~)


 お金のかかることは、ハーランド公爵にお任せするつもりだ。

 ドレスなどは当日分をどうにかしてもらえば何とかなるか、と思っていたがどうもそれだけではないぞとアデリアは気付きはじめていた。


(上位貴族って、肌や髪のお手入れからして違うのよねぇ。夜会の日だけどうにかすればいいってわけじゃないから……わたし、大丈夫かなぁ?)


 18歳という若さで何とか乗り切れると思っていたが、兄とハーランド公爵を見比べると気になってくる。

 ライアンは27歳。

 ハーランド公爵は28歳。

 年齢で言えばライアンのほうが若いが、肌や髪の艶は明らかにハーランド公爵のほうが若々しい。


(若さだけでは無理かも)

 

 アデリアも別邸に来てからは、それなりにお手入れをしてもらっている。

 二晩だけではあるが、しっかりお手入れして睡眠もとった18歳の肌は、それなりに好ましい反応をみせていた。


(夜会まで、あと七日。どうにかなるかなぁ?)


 アデリアが柄にもなく美容のことに悩んでいる前で、ライアンは黒い子犬のような魔獣を抱き上げてご機嫌だ。

 撫でたり、覗き込んだり、ひっくり返して「オスか」と呟いたりと忙しい。


「どうかしら?」

「そうだな~。この子は、ケルベロスと野犬のハーフってとこかな。頭が1つしかないから、ケルベロスの血は相当薄まってる。頭も良さそうだし……うん、いい子だ」


 魔獣は昨日捕獲されたとは思えないほど、大人しくライアンに抱かれている。

 可愛らしく「くぅーん」とか声を出しながら子犬のように甘えてくる魔獣に、ライアンはメロメロだ。


「あぁ、コイツ可愛いっ!」


 魔獣を抱きしめると体を左右にクネクネさせながら歓喜の雄叫びを上げた。

 アデリアは、そんな兄へ冷静に声をかける。


「お兄さま、気を付けてね。その子、火を吹くわよ」

「ああ、わかってるって。尻尾をブンブン振ってご機嫌な時には大丈夫だよ。あと気を付けなきゃいけないのは、ゲップの時だな」


 ライアンがアデリアのほうを向いて話している間に、魔獣はあくびをするかゲップをするか迷っているように口を開けた。

 

「おおっと、危ない」


 ポンッと上がった炎を避けながら、ライアンは慌てて魔獣を抱きなおした。


「大丈夫そうですか?」


 魔獣の引き渡しに立ち会っていたティンドルが聞くと、ライアンは右手で拳を作ると親指を上に向けて笑顔を浮かべた。


(ハーランド公爵さまの姿はないわね。やはり魔獣が苦手なのかしら? でも、ラヴァには平気で乗ってたような気もするし……忙しいだけかも?)


 アデリアがハーランド公爵のことで頭を悩ませていると、ライアンが話しかけてきた。


「お前も大丈夫そうだよな、アデリア?」

「ん~。自信はない」


 ライアンに言われて、アデリアは眉を情けなくクシュッと下げた。


「ははっ。大丈夫たって。今日のドレスも似合っているよ」

「ありがとう、お兄さま」


 今日のドレスもハーランド公爵が用意したものだ。

 白地に金色があちらこちらに散っている生地多めのふんわりドレスは、普段使いにするには少し派手で重たい。

 レナに、夜会の時に着るような重たいドレスにも慣れておかないと本番で躓く、と言われて仕方なく着ているのだ。

 

「オレは夜会なんて出たことないから分からないけど、充分可愛いぞ」

「ははっ」


 アデリアは兄の褒め言葉に笑って見せて誤魔化した。


(不安は不安なのよねぇ~。きっとハーランド公爵さまのファンが嫉妬の目を向けてくるだろうから。上手くやりたいけど、無理ぃ~)


 そんなアデリアの不安を知ってか知らずか、ライアンは揶揄うように言う。


「援助はもう受けちゃってるわけだから。詐欺って言われないように頑張って」

「お兄さまってばっ」


 ハッハッハッと明るく笑うライアンを、アデリアは睨んだ。


「オレの妹はホントに可愛いなぁ。お前もそう思うだろ?」


 ライアンは、抱いていた魔獣を覗き込む。

 魔獣はケホッと炎混じりの息を吐いた。


「おお、お前賢いな? もう火の調整を始めているのか。ん~、名前を考えてやらなきゃいけないな。どうしようか」

「お間抜けだから、グーフィーとか?」


 ライアンは怪訝そうな表情を浮かべて言う。


「ん? どうして、この子が間抜けなんだ?」

「だって、お母さんとはぐれて迷子になって、この屋敷に入ってきちゃったんでしょ? 自分から捕まるために来ちゃったようなものじゃない」

「酷い言いがかりだな?」


 アデリアが口をとがらせて言うのを見て、ライアンは噴き出した。

 話題の中心であるはずの魔獣は、キョトンとした表情を浮かべて、アデリアとライアンの顔をキョロキョロと見比べていた。


「でも悪い意味の名前をつけると、逆の性格になるという場合もあるから。仮の名前は、ステューピッドにしようか」

「ふふ。ステューピッドか」


 頭の悪いや愚かな、などを意味する言葉だと理解できたように、魔獣は黒い瞳でライアンをジトッと見た。


「ははっ。そんな不満そうな顔をするなよ、ステューピッド。家に帰ったら、ソフィアあたりがもっといい名前を考えてくれるさ。ソフィアはオレの可愛い妹だ。そっちの妹と違って優しいぞ」

「お兄さまったらっ」

「ああ怖い怖い。怖いお姉さんがいるから帰ろうか。ねぇ、ステューピッド」


 ライアンは、ひとしきりアデリアをからかうと、大喜びで魔獣を引き取って帰っていった。

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