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第二十五話 魔獣乱入?

 侍女というとメイド寄りの役割を期待する場合も多いが、レナは違った。

 夕食後、部屋にやってきた彼女は、ベッドの端に腰かけるアデリアへ向かって自己紹介をした。


「ハーランド公爵さまの歴代婚約者さまのお世話をしてきたレナと申します。伯爵家の娘ですが、その辺は慣れておりますので、お気になさらず頼ってくださいませ」

「はい、お願いします」


 アデリアは、素直にレナを頼ることに決めた。

 赤い髪をキッチリ結いまとめ、地味な色のドレスを着てシュッと背筋を伸ばして話すレナに隙はない。

 態度や表情はもちろん、赤い瞳からも感情を読み取ることができないような冷静な伯爵令嬢を、アデリアは初めてみた。


「普段は王宮で王妃さまの身の回りのお世話などもしております。私は貴族方の顔や名前もキチンと記憶していますし、力関係などにも詳しいです。ですから、無用なイザコザに巻きまれないようアドバイスすることができますので、ご安心ください」

「はぁ……」


 伯爵は上位貴族のなかでは下位にあたるし、王宮とはいえ勤め人であるレナは、高い地位にいるとはいえない。

 だが、醸し出す雰囲気が二十五歳の独身女性のものではない、妙な迫力があった。

 侍女には、令嬢を誘惑や嫌がらせから守る、という役割もある。

 

(モテ男であるハーランド公爵さまの婚約者に相応しい侍女ね)


 アデリアは、レナの迫力に感服した。

 有能な侍女であるレナは、サミルが帰っていった後、すぐに仕事へと取り掛かった。

 

「アデリアさま。夜会に出るのなら礼儀作法も必要ですし、美しい所作も心掛けなければいけません。アデリアさまは王立学園出身とお聞きしましたが、ダンスは大丈夫ですか?」

「わたし、運動神経がちょっと……」

「そうですか。では……ここまで来たついでに、庭に出てダンスの練習をしてみませんか?」


 アデリアには頷くしか選択肢がなかった。

 

「ならば、私がお相手しよう」

 

 ハーランド公爵は、ノリノリでアデリアの手を取った。

 

(うーん、流石はプレイボーイ。手慣れてるぅ~)


 アデリアは薄っすら頬を赤く染めながら、キラキラ輝く公爵さまのエスコートで庭へと向かった。


「ここでいいかな」


 ハーランド公爵は芝生が綺麗に生え揃った場所を選んで立ち止まった。

 庭師の手により整えられた芝生は、踏み荒らすのが申し訳ないほど美しい。


「では、軽く踊ってみようか」

「えっ⁉」


 戸惑うアデリアの手をとって、ハーランド公爵は踊り始めた。


(うわぁ、至近距離~。眩しい~。目が潰れそう~)


 ハーランド公爵は今日も安定のキラキラぶりだ。

 足元で踏み潰されていく芝への罪悪感は、いつの間にかアデリアの中から消えていた。

 太陽光のもとでは、手入れのよく行き届いたハニーブロンドの髪がより輝く。

 白地に金モールと金刺繍をたっぷり使った貴族服も、キラキラと輝いている。

 だが、なんといっても顔が良い。

 甘い笑みを浮かべている整った顔が近くにありすぎて、アデリアの目はチカチカした。

 緑色の瞳は新緑の色。

 スラリとして見える体は、抱き寄せられれば、かなりしっかりと筋肉がついているのが分かる。

 

(白い肌が太陽光に透けそう……いや、透けたら困るか。いいなー真っ白な肌。わたしの肌は少し黄みを帯びているから……。あっ。こんな至近距離だとハーランド公爵さまからも、わたしの顔がしっかり見えちゃうっ)


 アデリアは急に恥ずかしくなって、視線を逸らした。

 するとフフフと笑う声が上から降ってきて、アデリアはリードされるまま1回クルリと回った。

 今日のドレスはハーランド公爵が用意してくれた淡い黄色のドレスだ。

 アデリアは右手から伝わってくる体温を感じながら、ふんわりと広がって回る淡い黄色の裾を眺めた。


(ん? アレ?)


 視界の端のほうで何か動いたような気配を感じて、アデリアは顔を上げた。

 

「ん? どうしたの?」


 異変に気付いたハーランド公爵が、アデリアの視線を辿って振り返った。


「危ないっ!」


 レナの鋭い声が響いた。

 黒い影が二人に向かって飛び掛かってきたのだ。


「あっ」

「きゃっ」


 ハーランド公爵の声に釣られて、アデリアは小さな悲鳴を上げた。


(あれ? ハーランド公爵さまは、魔法が使える上に魔力量が多いはずでは?)


 チラリと見上げたハーランド公爵は、なぜか凍ったような表情をしている。

 対して、二人の上に飛び掛かってきた黒い影から感じる魔力は僅かだ。


(えっと……わたしが対処すべき?)


 アデリアはパッとハーランド公爵から離れると、影に向かって手をかざす。

 軽く集中して魔力を溜めて一気に放てば、それなりの攻撃力はあるのだ。


「キャンッ」


 アデリアの魔力を腹に受けた黒い影は小さく鳴いて地に落ちた。


(おっと。固定しないと)


 再びアデリアは魔力を放つ。

 地面に注がれた魔力はじわじわと芝の隙間から蔓状の植物を生やして、黒い影を包むようにして伸びた。


(もしかして、コレも婚約者としての役目?)


 アデリアは疑問を抱えてハーランド公爵をチラリと振り返る。

 そこには柄にもなく青ざめたハーランド公爵の姿があった。


(もしかしてコレが怖いのかなぁ? こんなに小さいのに。虫が嫌い、的な感じ?)


 アデリアが不思議に思いながらジタバタしている小さくて黒いのを捕獲処理をしていると、レナが表情を動かすことなく捕らえられた何かを覗き込んだ。


「これは……子犬?」

「いえ多分、魔獣ですね。子どもであることは確かですけど」


 黒い影は、小さな黒い獣だった。

 子犬のように見えるが、口から火を吐いている。

 口のあたりを覆っていた植物の蔓が、赤い炎で焼かれてチリチリと焦げた。

 

「悪い子ね。メッ」


 アデリアが手を伸ばすと、その手を避けるようにして蔓状の植物は魔獣から離れた。

 すかさず逃げようとする魔獣を抱き上げたアデリアは、魔法を使って蔓状の植物で手足と口元をクルクルと縛り上げた。

 黒い魔獣は、目を丸くして固まっている。

 ハーランド公爵を振り返ると、同じ表情を浮かべていた。


(ハーランド公爵さまは、魔獣が苦手なのかしら? ニッケル男爵領にいらしたときにも、魔法を使わなかったようだし……)


 アデリアは気づかわし気に問いかける。


「大丈夫ですか? ハーランド公爵さま」

「あっ……ああ。大丈夫だ」


(とても大丈夫そうには見えないけれど……)


 言葉とは裏腹に、ハーランド公爵の表情は引きつっていた。

 だが向けられた視線に感じるものがあったのか、ハーランド公爵はハッとして気を取り直したように、アデリアに問いかける。


「アデリア嬢こそ大丈夫かい?」

「はい。わたしは大丈夫です」


 アデリアの腕の中にいる魔獣はまだ幼いようで、さっきまではジタバタと暴れていたが、いまは大人しく抱かれている。

 にもかかわらず、ハーランド公爵は上半身を後ろに引いて、ビクビクと警戒しながら魔獣を見ていた。


「あー……それは、どうします? 殺しますか?」


 魔獣を眺めていたレナが聞いてきたので、アデリアは顔を横に振った。


「いえ。まだ子どものようですから、兄に育ててもらいましょう」

「ライアン殿に?」


 ハーランド公爵は驚きの表情を浮かべてアデリアを見た。


(キラキラの麗しい公爵さまも、こんな表情を浮かべるのね。驚いた顔も間抜けに見えないのは流石だけど)


 アデリアは、黒い毛皮をそっと撫でながら説明する。


「ええ。兄は魔獣を狩るのも得意ですが、育てるのも得意なのです。ラヴァ……ハーランド公爵さまは、赤いドラゴンをご覧になったことがあるでしょう?」

「ああ……」


 アデリアに慣れたのか、小さな黒い毛玉は口の端から赤い舌を伸ばして、ペロペロとアデリアの指を舐めた。


「ふふ、くすぐったい」


 クスクス笑いながら、アデリアは魔獣の子を抱え直した。


「魔獣は厄介ですけど、味方につけると役に立つのですよ。子どもの頃から育てれば、人間の役に立つようにしつけることも可能です。ドラゴンのラヴァのように」

「そう言われてみれば……あのドラゴン。そうか、そういうことなのだね」


 ハーランド公爵は、なにか他のことに気を取られていたように、少し遅れて頷いた。


(ラヴァは平気だったように見えたけど。こんな小さな魔獣に怯えるなんて、変なハーランド公爵さま)


「でも……そのままというわけにもいきませんね」


 レナが興味深そうに魔獣を覗き込みながら言うのに、アデリアは頷いた。


「ええ。檻とか、ありますでしょうか? 犬を入れておくようなもので良いのですが」

「ああ、それなら……」


 ハーランド公爵はティンドルを呼んで必要なものを手配させた。

 レナは溜息を吐きながら言う。


「今日はこれでお開きみたいですね。でも、ダンスのほうは大丈夫なようですし。ひとまずヨシとしましょう」

「はいっ」

 

 アデリアは元気に返事をして、その日は魔獣の子の世話をして過ごしたのだった。


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