第二十二話 ハーランド公爵家別邸探訪
(うっわっ! 屋敷の中もピッカピカ!)
蜜色の瞳が零れ落ちそうなくらい目を見開いたアデリアは、キョロキョロと室内を眺めながら屋敷のなかを進んだ。
ハーランド公爵に右手をとられてエスコートされているにも関わらず、アデリアの頭の中からは王立学園で学んだマナーなど消し飛んでいた。
(内装まで、ハーランド公爵さまのイメージにピッタリ)
屋敷の中の色を問われれば白いと答えるだろうが、窓枠だけでなく柱や天井など全てに細工が施されていると、ベッタリとした白一色には見えない。
細かく入れられた彫刻などの細工によって落ちる影で立体的な印象に変わっている。
惜しみなく手の入れられた贅沢な造りの廊下は、むしろ白一色で塗られている平らな場所がアクセントとして効いているような印象だ。
(所々にペパーミントグリーンが使われているのは、ハーランド公爵さまの瞳が緑色だからかなぁ?)
細工が細かい上にペパーミントグリーンのタイルが使われていたり、細く金色の線が入っていたりと忙しいのに、全体として調和がとれていて下品な印象はない。
レリーフの飾りには金色の物もあるし、まだ廊下だというのに天井にまで計算されつくした装飾が施されている。
(お金がかかっているっ)
しかもアデリアの隣を歩く屋敷の主と同じで、華やかなのに品がある。
天井近くまである細長くて大きな窓が柱と柱の間に幾つも細かく挟まって、廊下はとても明るかった。
窓から入ってくる光で、ハーランド公爵も光り輝いている。
対して一張羅のピンク色のドレスを着ているアデリアは、軽く天然パーマのかかった紫芋色の髪を垂らし、細身で身長も低くて子どもっぽい。
屋敷のなかをキョロキョロしているので、いつもよりも更に子どもっぽくなっていた。
「こらこらアデリア。もう少し落ち着きなさい。婚約者にエスコートされている淑女というよりも、迷子にならないように手を引かれている子どもに見えるよ」
見かねたサミルが苦笑を浮かべてたしなめた。
「ふふふ。若いお嬢さんだもの。仕方ないよね」
ハーランド公爵は大人の余裕でアデリアの不作法を受け止めていた。
(流石はプレイボーイ! 女性の扱いに慣れまくっているっ!)
アデリアは赤面して軽く頭を下げつつも、ハーランド公爵の経験豊富さを感じさせる一言に心の中で感嘆の声を上げた。
それと同時に、チクリと心が痛む。
(数いる援助対象の令嬢のなかの1人にすぎないのだから、勘違いしてはダメ)
シュンとなったアデリアに、ハーランド公爵は眉をクシュッと下げた。
「アデリア嬢は、疲れちゃったのかな?」
ティンドルが頷きながら言う。
「そうですね、旦那さま。ニッケル男爵領からこの別邸までは、馬車でもかなり距離がありましたから。アデリアさま、食事前にお部屋で少しお休みになったらいかがでしょうか? それとも、お部屋のほうに軽食をお持ちしましょうか?」
「アデリア嬢。そのほうがよいかな?」
ハーランド公爵の綺麗な顔が、アデリアを気づかわし気に覗き込んだ。
(もうっ、ハーランド公爵さま。近すぎっ。ドキドキしちゃう)
「いえ。せっかくですから、ハーランド公爵さまと、食事をご一緒したいですわ」
「ふふ、そうかい? 嬉しいな」
(そんな本当に嬉しそうな顔をされたら、本気にしちゃいますよ?)
アデリアはドキドキして視線を逸らした。
「部屋で少し休ませてもらったらどうかな? アデリア」
「それがいいですよね。私はニッケル男爵と話すことがあるので遠慮はいりませんよ」
「……はい、ではそうさせていただきます」
アデリアは父と別行動になり、メイドに今日の宿となる部屋へと案内された。
中庭の見える廊下を抜けていくと、爽やかな青が目の前に広がった。
「うわぁ……」
波を打つようなデザインの入り口を抜けると、青で塗られた廊下が現れる。
漆喰で作られた仕切りには扉は付いておらず、縁がゆらゆらとした波の形になっていて、その曲線を邪魔することなく続く装飾には様々な青が使われていた。
メイドが金色の装飾が美しい扉の1つを開けると、その向こうには広い客室があった。
馬車に積んできた荷物は既に届いていて、部屋の隅に見慣れた小さなトランクが置かれている。
中身は整理されて、それぞれの場所に収納されていた。
持ってきた服は、クローゼットにかけられていた。
だがアデリアには見覚えのない上質そうなドレスもたくさんかかっていた。
「あの……こちらの物は、わたしのものではありませんけど。この部屋は、どなたかのお部屋なのですか?」
「いえ、ちがいます。そちらは旦那さまが用意されたものです」
「まぁ!」
驚くアデリアに、メイドがフフフと笑いながら説明を加える。
「そちらは歴代の婚約者さまもお召しになったドレスですので、貸衣装のようなものです。サイズは調整いたしますね。もちろん、お嬢さまのためのドレスもご用意いたします。業者が来る手配もしてありますので、ご安心ください」
「まぁ……それは、お金がかかりそうね」
「費用は旦那さま持ちですから、気にする必要はございませんよ。お嬢さまは、初めての夜会ですよね? 私どもが出来る限りのサポートをいたしますので、不安なことは何でもおっしゃってくださいね。では、ごゆっくり」
メイドが静かに出ていくと、アデリアは室内を見まわしてハァーと溜息を吐いた。
「わたし……こんなゴージャスな屋敷を別邸として持っている方の婚約者として、夜会に出るのね……」
(ちょっと荷が重いな。嫉妬とか、凄いんじゃない? わー気が重い~)
アデリアは靴を履いた足先をベッドの下に置いて座ったまま、上半身をパフンとふかふかのマットレスへと寝そべらせた。
(でもメイドの様子から察するに、いつものことだから心配ないか。わたしはゴシップとか興味なかったから、その辺の知識がなーい。ま、いいや。なるようになるでしょ)
アデリアはウーンと唸ると、少しでも休もうと目を閉じた。