第二話 貧乏男爵令嬢アデリア
大広間を出た卒業生たちは馬車乗り場で、それぞれに別れを惜しんでいた。
まだ日の高い時間帯なので、使用人の姿や馬車がよく見える。
(色とりどりの豪華な馬車が沢山きてる……こんなに様々な馬車を一度に見られるのも、今日が最後かぁ)
馬車や馬、使用人の身だしなみなどから、それぞれの家の経済状態がよく分かる。
実際には家計が火の車という場合があることもアデリアは知っているが、見栄が張れるだけマシだ。
貧乏領地の男爵令嬢であるアデリアは、華やかな衣装に身を包み、美しい馬車へと乗り込んでいく令嬢や令息を眺めながら思った。
アデリアのふわっとしたピンク色のドレス、これだけを見れば、みすぼらしいものではない。
婚約者であるセルゲイの父でパレット商会代表でもあるパイクが、アデリアが恥をかかないよう、それなりのモノを用意してくれたからだ。
だが、どのイベントも同じドレスで通せば、経済状況など簡単に知られてしまう。
もっともそれを恥ずかしいとは、アデリアは思わなかった。
(貧乏なのは恥じゃない。稼ぐためのモチベよ、モチベ!)
アデリアは、家族も、領地も愛している。
だからセルゲイの父から、息子との婚約を条件に王立学園へ通うための援助の申し出があった時、ありがたく受け入れることにしたのだ。
なぜならアデリアは、桁外れの魔力量を持っている。
王立学園に通えば、この力を活かすことができるのではないか、とアデリアは考えた。
自分が魔法を上手に操れるようになれば、荒れた領地も豊かにできるのではないかとアデリアは思ったのだ。
だから学園生活を送る中でアデリアは、作物の出来をよくする魔法の研究に力を入れて取り組んでいた。
結果は……芳しくない。
魔力を上手に活かせない不器用なアデリアは、何の力も得ることができなかった。
しかし、アデリアの学園生活は終わってしまった。
そしてセルゲイとの婚約も、卒業をもって解消される。
彼女を待っているのは、貧しい領地での生活だ。
(この先は、夜会に出る予定もない。わたしは、領地が少しでも豊かになるように頑張らなきゃ)
迎えを待ちながら、アデリアはグルッと辺りを見回した。
王立学園は、主に貴族が通う学校だ。
それだけに校舎も、庭も、豪華に作られている。
本来なら、貴族とはいえ男爵位の貧乏家の娘であるアデリアが、通えるような学校ではない。
(幸運なことに、商家の跡取り息子であるセルゲイのオマケとして、ココで学ぶことができたけれど。卒業したら、貧乏男爵家の娘には縁のない場所だなぁ)
二度と足を踏み入れることもないであろう学園を、アデリアは感慨深く眺めた。
(できれば……お金持ちの貴族と結婚できたらよかったけれど。わたしじゃ、ねぇ……)
セルゲイという婚約者がいたとはいえ、そのことを除いても不器用なところがあるアデリアに、玉の輿を狙うのは無理だ。
(勉強も、魔法も頑張ったけれど。結果はイマイチ)
せめて王都で就職を、と思ったのだが。
成績優秀とは言い難いアデリアには、それも無理だった。
幸い、家族仲は良い。
自分が路頭に迷うことはないだろうと、アデリアには分かっていた。
(これからのことは……。ん。家に戻ってから、家族と相談しよう)
そんなことをつらつらと考えながら迎えを待っているアデリアの視界に、シュンと背中を丸めて力なく歩くセルゲイの姿が入ってきた。
彼女は仲良しの幼馴染へと駆け寄ると、ニマニマしながら聞いた。
「で、セルゲイ。ローレルさまとは、どうなったの?」
「ん……ふられた」
セルゲイは、そう言ってガックリと肩を落とした。
「あら残念。でも、約束の金貨はもらうわよ」
「ん……さすがアデリア。守銭奴だね」
アデリアが手を差し出すと、セルゲイは内ポケットをゴソゴソと探って金貨をだして、彼女の手のひらの上に置いた。
「へへ、ありがと。まいどありっ」
ニコニコ顔のアデリアは、持っていた小さなバッグの中に、受け取った金貨を入れた。
卒業式典での婚約破棄劇は、事前の約束があってなされたことだ。
もともとアデリアとセルゲイの婚約は、学園を卒業するまでという約束になっていた。
ローレルの気を引きたいセルゲイが、アデリアに頼み込んで金貨一枚と引き換えに、婚約破棄劇に付き合ってもらったのである。
「ああ、サヨウナラ……ぼくの青春と恋心よ……」
「だから、無理だって言ったでしょ? あの計画では、女性の気は引けないって」
アデリアにピシィィィィと言われて、セルゲイは更にショボンとして小さくなった。
「ん……ありがとう、アデリア。傷口に塩を塗ってくれて」
「ふふ。金貨一枚のサービスに付けとくわ」
そこに一陣の風が吹き、学園の馬車乗り場に悲鳴が上がった。
空に、貴族には見慣れぬ者が現れたからだ。
アデリアは空を見上げて笑顔になった。
「あ、お兄さまが来たわ」
「おーい、アデリア! 迎えにきたぞぉー!」
アデリアの兄であるライアンは、右腕をブンブン振りながら叫び、ドラゴンの背に乗って降りてきた。
魔法と魔石の国であるトピアス王国に、ドラゴンに乗る者がいても不思議ではない。
だが、珍しくはある。
ニッケル男爵家の嫡男であるライアンは、二十七歳。
野山を駆け回りながら育った逞しい貴族青年であるライアンは、美しい金髪を風になびかせて地上に降り立った。
貴族らしく整った顔立ちに青い瞳と、日に焼けた浅黒い肌で筋肉質な体を包むライアンの、野性味あふれるワイルドな雰囲気に惹かれる貴族子女は割と多く、王立学園内には秘かにファンクラブがある。
なので、恐ろしげな姿の赤いドラゴンに悲鳴を上げつつも、ライアンの姿をうっとりとして見つめている令嬢、令息は数多くいた。
ドラゴンの背に乗ったまま、ライアンはアデリアを笑顔で見下ろしながら言う。
「卒業おめでとう、アデリア」
「ありがとう、お兄さま」
アデリアは慣れた様子でドラゴンに乗ると、ライアンの前にストンと座った。
「荷物は?」
「セルゲイの馬車に、載せてもらったわ」
ライアンは、セルゲイに向かって声をかけた。
「セルゲイっ。お前も乗ってくか?」
「いえ……ぼくは馬車で、ゆっくり山越えします……」
ショボンとして2回りほど小さく見えるセルゲイは、トボトボと自分の馬車へと歩いていく。
アデリアとライアンは、セルゲイの寂しげな後ろ姿を、ドラゴンの背中から見送った。
「なんか……セルゲイは大変だったみたいだな」
「ん、まぁね。それよりも、さっさと帰りましょう」
「そうだな。ラヴァ、いくぞ」
ライアンから声をかけられたドラゴンは、咆哮を上げると羽を大きく広げて空へと飛び立った。