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第十四話 魔石押し買い訪問

 ニッケル男爵家の玄関では、黒髪に赤い瞳の伊達男と、間抜けそうな背が低く小太りの赤毛の男が並んで立っていた。

 小太りの男が言う。


「へへへ、ロベルトのアニキ。どのくらい稼げますかね?」

「さあな。ニッケル男爵家は貧乏で有名な貴族だからな。でもな、ペコラ」


 ロベルトは、ずる賢そうな赤い瞳を光らせて言う。


「なんといっても王都のすぐ近くの領地をもらってるんだ。過去に、それなりの功績を上げたはず。それなら、お宝を持っていても不思議じゃない。価値に気付かず、ほったらかしになっている先祖伝来のお宝とかな」


 ロベルトの言葉に、ペコラも茶色の瞳を輝かせた。


「実は、お宝がっぽりとか?」

「それは屋敷のなかに入ってからのお楽しみだ。でも貴族ってぇのは、先祖伝来の宝とか隠し持っていたりするもんだからな、期待はできるぞ。それに警備の者どころか門すらないセキュリティの緩さだ。チャレンジしてみる価値はあるだろう」

「へッへッへッ、楽しみですねぇ」

 

 信頼するアニキの言葉に、手下であるペコラの期待も高まる。

 この二人は、魔石を押し買いするためにニッケル男爵家までやってきたのだ。

 押し買いとは、言葉巧みに、あるいは強引に屋敷の中に入り込み、その家にある金目の物を自分たちの言い値で買い取る商売のことを言う。

 依頼されているわけではないから、相手の不意を突くことでペースを乱し、自分たちの有利に商談を進めることができる商法だ。

 だから、適正な値段をつける必要はないし、売るつもりなどない価値のあるものを強引に持ち去ることもできる。

 詐欺のような、泥棒を合法で行うような、グレーゾーンのやり方だ。


「それにしても、アニキが地道に商売をするようになるとは思いませんでした」

「ははは。これでも俺さまは、コンケット商会の跡取りだからな」


 コンケット商会は、地上げ屋商会とも呼ばれている悪徳商会だ。

 だが、ロベルトは地上げではなく、美しい見た目と洗練されたスマートな対応で、女性の心を翻弄するジゴロを生業としていた。


「俺さまも四十代になったことだし、そろそろ女を転がして金を引き出す商売から卒業しないとな。もっとも、この美貌は、商会の仕事にも活かせるだろ?」

「そうですねぇ、アニキ」


 そうこうしている間に、イルダが玄関に出てきた。


(金の瞳に、サラサラストレート紫色の髪か。地味な赤茶色の擦り切れたドレスを着ているけど、見た目はそれなりに貴族っぽい。これは奥にお宝が期待できるか?)


 すかさずロベルトから声をかける。


「あたくし、コンケット商会のロベルトとと申します」

「はい。それで、何の御用でしょうか?」

「あたくしどもは、魔石など価値ある物の買い取りをしておりまして……」


 ロベルトは話しながら、玄関の中へと入っていく。


「あっ、ちょっと待ってください」

「奥さん、玄関は開けたら入るものでしょう?」


 ズカズカと階段下まで入り込んだロベルトが、クルッと振り返って笑みを浮かべた。


「そうですよ、玄関ですからね」


 ペコラも続いて入り込む。

 イルダは二人の間へ挟まれる形になった。


「ちょっと、なんですか! 貴方たち! 私は入ることを許可なんてしていませんっ!」


 イルダが毅然と抗議するも、ロベルトは女性に評判の良い蠱惑的な笑みを浮かべ、彼女の手をとった。


「奥さん。安心してください。あたくしどもは商会の者です。見れば経済的にお困りの様子。何かお宅にある物から見繕って、現金化しませんか?」

「えっ? 何を言って……」


 戸惑うイルダを無視して、ロベルトは部下に声をかけた。


「ペコラ」

「はい、アニキ」


 ペコラは、すかさず持っていたトランクを開けて見せた。


「まぁ」


 イルダの目が驚きに見開かれる。

 トランクの中には、たくさんの金貨が入っていたからだ。


「我々は、品物を現金に換える商売をしております。不要な物を売っていただければ、この場で現金をお渡ししますよ?」


(フフフ。魔石にしても、宝石にしても、日常生活には不要なものだ。日頃使っている古ぼけた日用品以外の価値あるものなら、すぐに現金にして差し上げますよ。()()でね)


「さぁ、どうですか? 奥さん」

「え? そんなことを言われても……我が家に現金化できる不要な物なんて……」


 戸惑うイルダの前で、ロベルトがワザとらしく手を打った。


「ああ、奥さま。御自分では分からないのですね。でしたら、あたくしどものほうで、現金化できるものがないか、確認いたしますので」

「あっ、ちょっと!」

「ええ、オイラたちが見ますよ」


 ロベルトが笑顔で更に奥へと行こうとするのを、イルダは止めようとした。

 すると後ろにいたペコラが、イルダを押すようにして玄関の中へと入ってくる。


「さぁさ、案内してください。奥さま。あたくしどもが鑑定いたしますから」

「はいはい、オイラたちが鑑定しますよ」

「ちょっ、ちょっと、待って! なんなのよ、貴方たちっ⁉」


 イルダが叫ぶと、奥からヒョコっとアデリアが顔を覗かせた。


「どうしたの? お母さま」


 そして、侵入者二人と目が合った。


「なんなの、貴方たちっ⁉」


 アデリアがビックリして叫ぶと、奥からワラワラと男たちから現れた。


「なにかあった?」

「どうかされましたか?」


 そう言いながらサミルとティンドルが出てきたときには、ロベルトたちにも余裕があった。


 しかしライアンが「どうした?」と出てきた辺りでロベルトたちの顔色が悪くなり、ハーランド公爵が「どうしました?」と出てきた辺りでブルリと震えた。


 ライアンが大きいのはもちろん、狭い廊下という背景が付いた時のハーランド公爵は迫力がある。


「で、一体なに? 母さん?」

「ん、それがね、ライアン。この人たちが勝手に入ってきて、不要な物を買い取ると……」


 イルダの言葉を聞いたティンドルが、合点がいったといった様子で手を打った。


「ああ、噂の押し買いというヤツですね」

「なんだい? それは」

「悪徳商法というものです、旦那さま」

「ほぉ」


 侍従と公爵がほのぼのした雰囲気で情報のすり合わせをしているが、横で話を聞いていたアデリアはちっともほのぼのしない。


「悪徳商法ですって⁉」


 怒鳴るような大声を出したアデリアに煽られるように、ライアンはロベルトの襟元を掴んで叫ぶ。


「何をする気だったんだ⁉」


 サミルは無言のまま、愛しい妻をサッと手元に引き寄せ抱きしめた。


「あっあっ……」


(どうごまかすかっ! やっぱアレか!)


「ふっ、困るなぁ、坊ちゃん」

「坊ちゃん?」


 ロベルトに坊ちゃん呼ばわりされて眉根を寄せたライアンだったが、子ども扱いは嫌いでないので殴るのはやめておいた。


「あたくしが強引に入ったわけではなく、そちらの奥さまが、わたくしを引き入れたのです」

「「「「「「「えっ⁉」」」」」」」


 その場にいた皆が声を上げた。

 手下であるペコラまでが声を上げて驚愕の表情でロベルトを見つめている。


「ほら。あたくし、この通り男前でしょ? 商売の手前言いたくはないのですが……こんなことはしょっちゅうあるんですよ。美しすぎるのも罪、ですよね」


(ほらほら、俺さま鉄板の言い訳だ。この美しいビジュアルと共に受け取りやがれっ!)


 ライアンは、掴んでいた襟元をグイッと引き寄せ、ロベルトを覗き込んだ。


「いや……別に美しくないが?」

「そうよね、美しくないわ」


 アデリアもライアンに同意する。


「そうよ、全然私の好みじゃないし」

「そうだぞ。イルダの好みは、この私だ!」

「まぁ、嫌だわ、アナタ。こんな子どもたちの前で」


 サミルとイルダはどさくさ紛れにいちゃつき始めた。


「そうですねぇ~、美しいか、美しくないか、で言うと……至って普通ですねぇ~」


 王族を見慣れているティンドルが言った。


「うん。私のほうが圧倒的に美形だね?」

 

 美しさに自覚のあるハーランド公爵の言葉に、ロベルトを除いた一同はウンウンと頷いた。


(ちっ、ちくしょうっ! なんなんだ、コイツらはっ!)


「ま、そういうことなんで。アンタに用はない。サヨナラ」


 ライアンは掴んでいたロベルトを玄関の外へポイッと捨てた。


「さぁさ、邪魔ですよ」


 ティンドルはペコラを玄関の外へと追い出した。

 ロベルトたちの目の前で、玄関の扉がパタンと音を立てて締められる。

 手際の良さに、悪党二人は呆然と玄関を見つめた。


「……なんだコイツら」

「どうします? アニキ」

「ここはいったん、退却だ」


 当ての外れたロベルトは、すごすごと帰っていった。


「でも。このままじゃぁ、終われねぇな」


 不気味な一言を残して。

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