第十三話 アデリアの新しい婚約者
「ははっ。ごめんね、二十八歳のオジサンから、十八歳のご令嬢に婚約の申し込みとか怖いよね。婚約というのは形だけで、本質は援助です。うん、援助の話を先にしないと。魔獣に襲われちゃったから、調子が狂っちゃったなぁ。はははっ。驚かせてごめんね、アデリア嬢」
「え? あ、はぁ」
(どちらにしても、どこから見ても、驚く以外の選択肢がないと思いますが? ハーランド公爵さま)
アデリアがそう思ったように、父でありニッケル男爵でもあるサミルも同じように驚いていた。
それに加え、責任のある立場であるサミルは、疑いの目でハーランド公爵を見た。
「援助、ですか?」
貧乏男爵家ではあるが、一応は貴族。
騙そうとして近付いてくる者への警戒心も、それなりに持っているサミルが、探るような視線でハーランド公爵を見るのは当然の務めだ。
だが、年若いアデリアに、そんな警戒心はない。
(ちょっとお父さまっ。そんな目で公爵さまを見ないで! 処されたらどうするのよ⁉)
アデリアは、自分たちよりもはるかに上の立場であるハーランド公爵に、家族が失礼なことをしないか、心配で仕方ない。
イルダは不審者を見るような目でハーランド公爵を見ているし、ライアンなんて今にも殴り掛かりそうだ。
「ははは。私は、困っている貴族を援助するのが趣味なのです。婚約は、それを成すための方便ですから安心してください」
「嘘の婚約、というわけですか?」
サミルが聞くと従者ティンドルがコクリと頷いた。
言い出しっぺのハーランド公爵は、ニコニコと説明を続けた。
「んー、手っ取り早く言うと、そうなるのかな? 一応、契約書も交わすし。手続きとしては普通の婚約と一緒です」
「でも結婚はしないと?」
「はい」
ニコニコしているハーランド公爵を見る皆の目は、未だ懐疑的だ。
皆の気持ちを知ってか知らずか、ハーランド公爵が立て板に水とばかりにサミルに向かって自分を売り込み始めた。
「こう言ってはなんですが、私は王の弟です。公爵でもあります。婚約によって箔がつくので、次の婚約にも有利です。あくまで援助のための婚約ですから、お嬢さんによい縁談が来れば婚約を解消します。また、領地経営が軌道に乗ったときにも、婚約を解消します」
「はぁ。そうですか」
戸惑いながらサミルが返事をする。
するとハーランド公爵が、ダメ押しをするように言った。
「婚約解消後は、よろしければ年齢の見合った有望なお相手探しのお手伝いや紹介もしますよ。どうですか?」
アデリアは、ハーランド公爵とサミルの顔を交互にみてから、イルダに視線を向けた。
イルダは、大きく頷いて見せた。
(まぁ、悪い話ではない、か?)
アデリアは、可愛い妹のソフィアを見た。
(援助を受ければ、ソフィアの王立学園への進学も夢ではないかも? わたしはダメだったけど、可愛くて賢いソフィアなら良い結婚相手を学園で見つけることも、王都で仕事につくこともできるはず。将来の選択肢を増やせそう)
加えて領地改革や領地経営に便宜を図ってもらえるのなら、領民のためにもなる。
(セルゲイとの婚約もあったから、今さら婚約如きで迷う必要もないか。貧乏男爵家に救いの主が現れた、ってとこね)
「分かりました。婚約しましょう」
アデリアは大きく頷いて言った。
「ああ、よかった。ここまできた甲斐があったよ」
ハーランド公爵はホッと息を吐くと、華やかな笑みを浮かべた。
パッと花が咲くような笑顔に、さすが王族、とその場にいる皆が思った。
「ふふふ。公爵さま、きれい」
ソフィアは、何が起きたのかを理解しているのか、いないのか、ご機嫌でお絵かきを続けている。
「ところで……」
ハーランド公爵は不思議そうに室内を見回しながら言った。
「なぜ、こんな粗末な屋敷に?」
「だっ、旦那さま! そんな言いかたは失礼ですよ」
主の言葉に、侍従のティンドルが慌てて言った。
しかしハーランド公爵は、心底不思議そうに言う。
「いや、だって。私を襲った魔獣を倒した見事な腕前をみれば、普段から魔獣を狩っていることは簡単に分かる。魔獣を狩っているのなら、退治した褒美として、それなりの報酬を国から受け取れるはずだろう?」
「「「「は⁉」」」」
ニッケル男爵家の大人たちは間抜けな声を上げた。
「そんな話は初めて聞きました」
ライアンは、ポカンと口を開けてハーランド公爵を見た。
「あー、そうなんだね……」
ハーランド公爵の緑色の瞳に、ちょっと可哀想なものを見るような同情の色が浮かぶ。
「ならば、魔獣の退治費用として、国に報奨金の申請をしなさい。私から王に口添えしておけば、多めに現金を支給してもらえるだろう」
「「「「現金!」」」」
ニッケル男爵家の大人たちは声を揃えて叫んだ。
「魔獣を狩って、現金が貰えるなんて!」
中でも一番驚いているのは、魔獣狩りをしている当の本人であるライアンだった。
ハーランド公爵が聞く。
「キチンと法で定められているはずだが……本当に、気付かなかったのですか?」
「食用にしていましたので」
ライアンが悔しそうにしているのを見ながら、ハーランド公爵は追加情報を伝える。
「あぁ、魔獣肉か。癖はあるけど、慣れると美味しいらしいね。その点なら大丈夫。魔獣そのものを持っていかなくても、毛皮や角など証明できるものがあれば報奨金の支給対象となるはずです。肉は今まで通り自宅消費しても、現金はもらえますよ」
「そうですかっ!」
ライアンの表情がパァァァァと輝いた。
「ティンドル。後で詳しい書類をお渡しするように」
「かしこまりました」
(あ、なんかイケル気がする)
希望の光がニッケル男爵家に差し込んだ。
ソフィアが相変わらずお絵かきに勤しんでいるなか、ニッケル男爵家の大人たちは、ニマァとした緩んだ表情になった。
アデリアの婚約がなんとなーく整ったその時。
「こんにちは~! どなたかいらっしゃいますかぁ~!」
玄関から声が響いてきた。
「今日はお客さんの多い日ね。どなたかしら?」
イルダは1人立ち上がると玄関へ向かって出ていった。